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55 王太子、戦場に臨む

 オレは王太子キストハルト。


 現在国境にて戦闘の真っただ中。


 王都にて魔法騎士団の精鋭をかき集め、王太子みずから率いて出兵。

 会敵場所と予測されたシュバリエス辺境伯領に到着した時には、既に敵の大軍は目視できるところまで迫っていた。


 宣戦布告もない完璧な奇襲。

 国際的儀礼を打ち破った卑怯者の行いだった。


 敵軍は予想した通りデスクローグ帝国軍。

 フリード皇太子が情報提供してくれた第五軍……ホロベス将軍なる者が率いる軍だった。


 帝国の中でのいくつかに割った軍の一つ……とは言うがその規模は優に数万といったところ。

 しかも御多分に漏れず、皇太子が散々見せびらかしてきた近代装備を、ヤツらも潤沢に保有していた。


 現在戦闘は、シュバリエス辺境伯領に建てられた城壁を挟んでのにらみ合いになっているが、我らの攻撃魔法が届かない距離から銃というものを射かけられて圧倒的不利。


 下手に城壁の上から頭でも出そうものなら狙い撃ちされかねない。

 というわけで防戦一方の我々ではあったが、かといって容易く敗北するわけにもいかない。


 現状は、オレが操る光魔法で五分の均衡状態に持ち込んでいる、といったところだ。


「クソッ、やっぱり眩しくて狙いがつけられん!」

「撃て撃て! 適当でも撃ちまくれば当たるかもしれん!!」


 眩い閃光の向こうから、敵らしい帝国たちの苛立ちの声が聞こえる。


 銃……たしかに恐ろしい武器だ。

 剣や槍はもちろん、弓矢や魔法ですら届かない距離から致命的な攻撃を叩き込んでくるのだから。

 弾丸の威力は、オレも既に確認済み。あんなものが頭か胸にでも当たれば確実に死ぬだろう。

 そんな恐ろしい攻撃を、こっちからの攻撃は届かない安全な場所から繰り出せるんだから、これからの戦争は銃を持っているかどうかで勝敗が決まるだろう。


 しかしデスクローグ帝国に銃あるなら、我らスピリナル王国には魔法あり。


 たしかに銃と同等以上の射程を持った攻撃魔法はないが、ただ当てて砕くだけが魔法の恐ろしさじゃない。

 状況に応じて様々な効果を発揮する柔軟性も、魔法の強みだと知れ。


 それを証明するために今、オレが展開している『晦まし魔法』が戦況を五分へと支えている切り札になっていた。


 凄まじいばかりの烈光を放つ、小さな太陽というべきものがオレの背後に浮かんでいた。


 もちろんオレが光魔法で作り出したもので、あまりに眩い光に直視することができない。

 無理して直視し続ければ目が潰れてしまうだろう。


 そのために敵兵は目がくらみ、銃を撃つ前に狙いを定めることができない……というわけだった。


 いかに必殺の威力を持とうとも当たらなければ意味がない。

 そういうわけで今のところ、オレたちは敵戦力の無意味化に成功している。


「思った以上に便利なものだな、魔法とは」


 城壁の上で敵の様子を窺うオレ、その隣にフリード皇太子が立っている。

 もちろん共に戦う味方として。


「目くらまし……たしかに直接攻撃の手段がない現状、もっとも有効な手段ではある。これほどの強い光に当てられて正確に狙い定めるなど無理だ。だがその一方で我々の側は光の影響を受けずに正確に敵を見定めて狙い打てる。これは一体どういう状況だ?」


 通常の戦いでも『太陽を背にする有利』は常道だが、我が『晦まし魔法』は光源を背にする味方側にとってはまったく影響を及ぼさない。

 魔法とはそういうものだ。自然とは別の、人の生み出せしものだからある程度は人の都合のいいように調節できる。

 だから味方側は陽を背にする以上に光の影響を受けず、何とか城壁に取りつこうとする敵兵を撃って近づけずにできている。


「烈光の下、銃が役に立たない状況で次に考えるのは城壁に取りつくことだからな。その点、魔法よりも長い射程でけん制してくれるフリード殿の銃士隊には助かっている」

「我が国が仕出かした不始末だからな。償いのためにも全力で共闘するのは当然のこと。もし城壁破られることがあれば、我らも共に命を散らそう」

「オレは死ぬ気はないぞ。戻って、今度こそ本気でエルトリーデを口説き落とさねばならん」


 王都から出立の間際、オレを見詰めるエルトリーデの瞳は潤んでいた。

 あんなに感情のこもった見詰め方をしてくれるのだから、やっぱりオレに惚れているのは間違いない。


 なのに何故オレを受け入れない?


 いや、理由などどうでもいい。

 大事なのはオレと彼女が愛し合っているかどうかだ。

 どうしてもエルトリーデがオレを受け入れないというなら断腸の思いで身を引こうが、少しでも望みが残っているなら諦めることなどできない。


 必ず彼女を手に入れる。


 我ながらここまで粘着質な男だったのかと呆れるが、この戦いに勝って功績を立てれば、男ぶりも上がるだろう。

 これをもってエルトリーデをもっとオレに惚れさせて、求婚にも断れないようにしてやる。


「戦場で女のことを考えていると死ぬぞ。生きて女の心を得たければ目の前に集中するんだな」


 皇太子に窘められた。

 たしかにそうかもしれん、さすが戦闘に関しては一日の長があるな。


「まあそれでも現状はけっして悪くない。何しろこの戦い、時間が完全なる味方だからな」

「キミの叔父上が、皇帝の許可もなく軍を動かしたというのは間違いないんだろうな?」

「当然だ。跡取り息子が訪問中の国を攻めるバカがどこにいる? 臣下の一人が暴走していると考える方がよっぽど自然だろう」

「それが叔父殿ということか」


 それが事実だということを前提に戦いを進めている。


「叔父上としては、皇帝が気づく前に何としてでもこの国に攻め入り、既成事実を作りたいところだろう。さもなくば反逆者として自分こそが討伐対象だ。叔父上にとってこの戦い、皇帝に気づかれるまでの時間との勝負……!」


 皇太子が既に本国へ向けて急使を飛ばしたから、タイムアップは思った以上に早く訪れる。

 敵もそのことに気づいているから、焦りはこちらにまで伝わってくるほどだ。


「こうして均衡状態を保っているだけでも、いずれ事態を察した父上が送り込んだ討伐軍に背後を突かれ、正面の我らとも合わさって挟み撃ちに陥るだろう。そうなれば破滅は必至。叔父上としてはそうなる前にここを突破し、スピリナル王都を突かなければとやきもきしているに違いない」

「好きなだけやきもきしていればいいさ。たしかにこちらから有効な攻撃を加えることはできないが、この防衛線を突破させることは一年経とうと叶わん」

「そんなにか? 貴殿の光魔法……大いに助かっているが、魔法とは魔力というものを消費するんだろう、そんなに長くもたせられるものなのか?」


 今展開中の『晦まし魔法』のことか。

 たしかのこの強光のお陰で敵側は銃を使用不可能になり、何とか均衡を保てているのだから、その持続可能時間は心配になるか。


「所詮攻撃力のない弱い魔法だからな。この程度なら眠りながらでも、それこそ一年以上は展開可能だ」

「す、凄いのだな魔法使いというのは……!?」


 皇太子は素直に褒め称えてくれるが、そこまでの芸当ができるのは莫大な魔力を備えたオレぐらいのものだ。


 だが今こそオレの王太子としての力の振るいどころ。

 オレの魔法で無限にもヤツらの時間を浪費させ、破滅へと導いてくれる。


 セコい陰謀に我が国を巻き込んだこと、たっぷり後悔するがいい。


「……ん? 待て、何か様子が変わったぞ?」


 フリード皇太子の言う通り、敵側の動きがにわかに変わり始める。


 敵陣の中から、何やらあからさまに毛色の違う男が出てきた。

 歳を重ねているようで、老人になりつつある壮年といった面構えだ。


「叔父上……!」

「えッ、あれが!?」


 皇帝の弟、ホロベス将軍。

 ではあれがこの一連の騒動の黒幕。

 我が国を滅ぼし帝国を侵略国家へと逆戻りさせようとする諸悪の根源……!?


 その巨悪が声を張り上げて言う。

 こんな離れた距離にまでしっかり届くほどよく通る声というのは、将軍の位は伊達ではないか。


「皇太子フリードよ! 我が甥よ! そこにいるのはわかっている!! 我が呼びかけに応えよ!」


 皇太子、一旦こちらへ視線を向ける。

 オレが頷いたので、そこで改めて返答する。


「何か用かな叔父上!? 生憎と私はデスクローグ帝国皇太子として、反逆者の言葉へ傾ける耳を持ち合わせていない!!」


 反逆者。

 皇太子の口からハッキリと出た“反逆者”の言葉に、相手側へ動揺が広がる。


「はッ、ハハハハハハ!! 何を言うのだフリード、誰が反逆者だと言う!? 我々は自国を憂い立ち上がった愛国の士であるぞ!!」

「他国へ攻め込み滅ぼすことが愛国か!? 我が父、皇帝ビルグナツは負担大きい外征を取りやめ、内政に集中することが国を富ませると決められた。臣下である叔父上が、その決定に逆らうというのか!?」

「何を言う!? 我は皇帝の弟であるぞ!」

「弟であろうと臣下は臣下! 私もまた皇太子である今は皇帝陛下のしもべにすぎん! 皇位継承権を持ち、いずれ皇帝となる予定を持った私ですらそうなのだから、既に皇籍から離れて一臣下へと下った叔父上に、皇帝以上の権限があるはずがない!!」

「んぐッ!?」


 堂々と持論を述べ、相手の正義を封殺していく。


 この戦場でここまで堂々と胸を張れるのは、並外れた胆力をもってでなければ不可能だ。

 皇太子フリード。

 オレは図らずもなかなか大した友だちを作ってしまったようだな。

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