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54 死に戻り令嬢、自分の心を知る

「第五帝国軍を率いているのはホロベス将軍だ。私の叔父に当たる」


 フリード皇太子の説明を聞く。


 帝国軍侵攻の報を聞き、『でも皇太子であるこの人がいるなら止められるんじゃないの?』と思ったのだけれど、そう簡単にはいかないらしい。


「現皇帝の弟という立場であり、既に皇籍から抜かれているものの精力的な活動で影響力を持っている。とにかく好戦的な御方で、かつて帝国が侵略を繰り返して版図を広げていた時代を『帝国の絶頂期』と呼んではばからないお人だ」

「それは……聞くからにヤバそうな……」


 今は話を聞く立場のキストハルト様も苦笑しか漏れない。


「帝国がその勢力を内に向け、技術発展に腐心する最中も『拡大路線の再開』を繰り返し求めていた。そのたびに温和な父上に退けられて思い通りにならなかったが……これで決まりだな。ここ一連の黒幕は叔父上だ」

「セリーヌ嬢暗殺を計画し、手の者を王都に潜伏させて混乱を計り、そしてみずからは軍を率いて攻め込んできた……!」


 一体その人の目的は何なの?


「このスピリナル王国を滅ぼすことだろうな」


 そんなことをして何の得が? と思ったが、多分どこでもいいんでしょうね。

 滅ぼせるならどこでも。


 皇太子からの話を聞く限り、その将軍は、帝国を再び侵略国家へと戻したいと思っている。

 その最初の標的にスピリナル王国を選んだってことだわ。


「叔父上にとっては最後のチャンスでもあるのだろう。あの方はかねてから自分の娘を私に嫁がせようとしていた。皇弟にして次期皇帝の舅、その肩書きで権力を握り、自分の望む形へと帝国を歪めんとしていたのだ」

「それが、私の存在でご破算になってしまったのね」


 セリーヌ嬢が言う。

 彼女とフリード皇太子が結婚したら、自動的に将軍が次期皇帝の義理の父親になることはなくなる。

 現皇帝が退位したらその弟でしかない彼の影響力も薄まり、彼の夢は消え去るだろう。

 だから、そうなる前に行動に出た。


「セリーヌを暗殺し、再び皇太子妃の席を空白にすると同時に、スピリナル王国との間に決定的な亀裂を入れる。そして間髪入れずに攻め込みこの国を滅ぼせば、我が帝国は周辺各国から轟々たる非難を受けるだろう」

「同盟を持ちかけようとした相手を騙し討ちしたようなものだからな。これを許せば国際秩序は成り立たなくなる」

「帝国は孤立を深め、衰退を辿ることになるだろう。そうならないようにするためには全世界を敵に回して戦い、勝ち抜くしかない」


 それが将軍の目的。

 帝国の人々全員にそう思わせることが将軍の目的なんだわ。

『生き残るには、戦って勝つしかない』と。


「そうしてなし崩し的に帝国を、侵略国家に逆戻りさせようというのか。大胆というか姑息というか……!」

「ということは、今この国に迫っているという帝国の軍隊は……!?」


 私の疑問にフリード様は頷く。


「叔父上の独断で、現帝たる父上は許可どころか知ることすらしていないだろう。第五帝国軍は完全なる叔父上の子飼い。その活動は外からはわからない。私も甥という立場で遠慮してきたのだが、それが仇となった……!」


 帝国にも色々と問題が燻っているのね。


 でもここでのもっとも深刻な問題は……いくらこちらに皇太子であるフリード様がいるとしても、命令で軍を止めさせるのは無理っぽいということ。


「私が制止しても叔父上は止まらん。協力せざるを得ない状況に私を追い込むつもりなのだろう。あるいは、敵国になってしまったスピリナル王国内で私を孤立させ、私が始末されれば儲けものとでも思っているのか」


 協力するか、あるいは死か。

 そんな過酷な状況に皇太子を追い込む算段なのね。


「私が連れてきた銃士隊では、叔父上の軍には太刀打ちできんだろうな。さすがに数が違う」

「では、将軍とやらの思惑に乗るか? 表向きにでも恭順するフリをしておけばこの場は乗り切れるぞ?」


 キストハルト様からの問いに、皇太子はニヤリと凶悪に笑った。


「裏切り者と言われて生き延びるなどゴメンだ。いよいよとなったら貴君らと共に防衛戦に馳せ参じ、愛するセリーヌの故郷であるこの国に骨を埋めるさ」

「フリード様……!」

「すまんなセリーヌ。結婚式はあの世で挙げることになるかもしれん」


 抱き合う恋人たち。

 その寄り添う姿には悲壮感があった。


「……魔法騎士団を緊急招集。それに魔法通信の用意だ。シュバリエス辺境伯に連絡を取る」


 その一方でキストハルト様は、周りの部下たちにテキパキと指示を出している。

 戦いの準備をなさっているのだわ。


「状況から推察するに、敵軍は短期決戦を望んでいる。グズグズして自分たちの暴挙が本国に知れたら即破滅だからな。だからこそ余計な迂回をせずに隣接するシュバリエス辺境伯領を真っ直ぐ進んでくるだろう」

「我が領が戦場になるのですね……!」


 セリーヌ嬢が不安そうに言う。


「シュバリエス辺境伯には、直ちに戦闘態勢をとっていただく。その上で王都中からかき集められるだけの魔法騎士をまとめて援軍に向かわせる。指揮はオレみずからとろう。それと同時にフリード皇太子、本国へ急報をお願いしたい」

「我が隊のもっとも足の速い者にやらせよう。私自身は援軍に参加させてもらう。もちろんスピリナル王国側のな。よろしいか?」

「歴史上初の、スピリナル王国とデスクローグ帝国の同盟軍だな」

「そういう世界初なら、大変な誉れだ」


 固い握手を交わす両国の王子。

 この危機に直面し、却って隣国との絆を深めている。


 やはりキストハルト様は優秀だわ。

 魔法使いとしての優劣に関係なく、彼は将来きっといい王様になることでしょう。


 こんなところで摘まれていい才能ではない。

 私が見たあのヴィジョンの中の、首のなくなった死体のような……。


「エルトリーデ」

「は、はいッ!?」


 いきなり呼ばれてビックリしてしまった。


「どうしたんだオレのことをじっくり見て? やっとオレの魅力に気づいてくれたのかな?」

「軽口など言っている場合ですか!? もしかしたら、これが今生の別れなのかもしれないのですよ!?」

「ああ、見納めだと思ったのか? だが、これでお別れにはならないよ」


 キストハルト様はそっと私の肩を引き寄せて、抱きしめる。

 あまりに自然な流れだったので拒否する暇すらなかった。


「キミからのプロポーズの返答をまだ貰っていないからね。だからオレは死んでも戻って、キミの答えを聞かせてもらうよ」

「返答ならもう……!?」

「『YES』以外は聞かないと言ったはずだ」


 それだけ言うと、すぐにキストハルト様は私から身を離した。

 もっと抱きしめてくるかと思ったのに。


「もう既に戦闘中のようなものだからな。恋に浮かれてはいられない。安心しろ、オレは必ずや勝利を手土産に帰ってくる。そして戦勝を祝う大観衆の前で改めてキミにプロポーズしよう。さすればいくら何でも断る空気にはなれないだろうからね」

「あの……ッ!」


 踵を返し、戦場へと向かうキストハルト様。


 私はその背中に手を伸ばしたが、それだけで呼び止めることはしなかった。

 何と言って呼び止めていいかわからなかったから。


「……まだ迷ってらっしゃるの?」


 背後からかけられた女性の声に、気づくまでに時間がかかった。

 誰かと思って振り返ったらセリーヌ嬢だった。

 当たり前だわ、この場に私以外の女性は彼女だけだったのだから。


 気づけばフリード皇太子の姿もない。

 共に戦場へと駆け出して行ったのだろう。


「アナタがあまりにもグダグダしているからもうハッキリ言ってあげます。アナタ、キストハルト殿下がお好きなのでしょう?」

「ッ!?」


 図星を突かれた。

 そう思ってしまった。


 今まで意識すらしていなかった本心を射抜かれたのは想像以上の衝撃で、声も出なかった。


「なのに何故殿下の想いに応えないの? 愛する殿方に好きだと言ってもらえるのって、女の最高の幸せじゃない。その幸せを拒否してアナタに何が残るというの?」

「いきなり何を……!?」

「いきなりじゃないわ。もう何度もアナタに助言してきたつもりよ私は。お節介かもしれないと思ったけれどね」


 たしかにそうかもしれない。

 貴族令嬢らしく迂遠な言い方で、でも要点はブレずに……。


 なんでそんな私の心を的確に見抜くのよ? そしてお節介してくるわけ?

 だからアナタのことが苦手なのよ……!!


「キストハルト殿下が向かわれたのは戦場。生きて帰ってこれるかはわからない。しかもかなり部の悪い戦況よ。今想いを伝えておかなかったら、一生後悔することになるかもしれないのよ?」


 そういうアナタはフリード皇太子と充分に想いを通じ合わせていたようね。


「私はキストハルト様のお傍にいられる人間じゃないのよ……」

「どうして? 魔力がないから? そんなのどうでもいいじゃない。大切なのは相手を好きでいるかどうかじゃないの?」

「偉そうなこと言わないでよ!!」


 大声を張り上げる。

 心が制御できない。貴族令嬢としてもっとも大事なことなのに。


「アナタはいいわよ! 生まれた時からすべてに恵まれていて、望めば何でも手に入ったアナタには!! 家柄も魔力も最高で、さぞチヤホヤしてもらえたんでしょう!? 成功体験ばかりしてきたんでしょう!? 私は違うのよ! アナタとは何もかも!」


 この国の貴族にもっとも必要な魔法をもって生まれなかった私は、皆から見下されてきた。

 バカにされ、仲間外れにされ、望んでも何も手に入らなかった。


 そんな私が惨めな人生を変えられる唯一のチャンスが王太子妃になること。

 だから前世では王太子妃になろうとあらゆる汚い手段を使った。


 それでも望みは叶わなかった。

 挫折を繰り返せば人は何も望まなくなる。


 望んで叶わなかった時の心は痛いから。

 痛みから心を守る手段こそ、最初から何も望まないことだった。


「だからキストハルト様が好きだってことも必死に気づかないようにしてたんじゃない! 好きだとわかって叶わないのは苦しいのよ! もう痛い想いなんてしたくないの! だから必死に目を背けていたのにアナタもキストハルト様も、なんで突きつけてくるのよ!?」

「そんなつもりじゃ……、でも望めば……!?」

「私とアナタは違う生き物なのよ! アナタは望めば叶う人間! 私は……何を望んでも絶対に叶わない人間なの! アナタと私を一緒にしないで! 自分が幸せだからってヒトも幸せになるべきなんて勝手に思わないでよ! 結局アナタもあの帝国兵と同じよ! 他人を自分の思い通りにしたいだけじゃない!」

「……ごめんなさい」


 セリーヌ嬢は力ない声を上げた。

 彼女は何も悪くないのに。


「…………ごめんなさい」


 感情を吐き出してしまった。ずっと秘めておくべきだったモノを。

 見てしまったからにはもう二度と、見えないふりはできない。

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