53 死に戻り令嬢、論破する
セリーヌ嬢とフリード皇太子は、私が囮をしている間エルデンヴァルク家の上屋敷に滞在してもらうこととなっていた。
私の王都での活動拠点。
私がセリーヌ嬢を演じているのだから、代わりにセリーヌ嬢が私の屋敷にこもって私がいる気配を醸し出してくれた方が都合がいいので。
一緒に皇太子までこもるのはどうなの? と思ったけれども、成功裏に終わったからにはよしとしますか。
そんな皇太子カップルが吉報受けてお城に戻ってくると、いよいよお白州が始まりますわ。
「ジブローディオ、ムルジュア……貴様たちだったか」
皇太子は駆けつけ一番、下手人たちを見ていった。
私のことをセリーヌ嬢と勘違いして襲ってきた暴漢たちはすでに全員、縛についている。
ここまで雁字搦めにしたら、まあ動くことは無理でしょう。
「犯人たちを御存じで?」
「私の部下だ。一緒に連れてきた部隊がいたろう。あの中の一人だ」
ああ。
初日のデモンストレーションで、銃撃ったり大砲ぶっ放したりしてた人たちね。
「では、皇太子率いる大隊の中に暗殺者が交じっていたということですか?」
それが彼らの作戦ということね。
旅人を装ってスピリナル国内に入ってきた人たちはあくまで陽動。
現地人などを使って城下に混乱を起こし、兵士たちが出動する隙を狙っていたのね。
暗殺の実行者は既に城の中にいて、爪を研ぎ澄ましていたというのに。
でも、そうして暗殺成功率を高くしようとした陽動の準備で動きを悟られて対策されたんだから準備万端も考え物だけれど。
そういえば、城下で陽動を行う方の連中はどうしたのかしら?
皇太子が答えて言う。
「ここへ向かう中途で確認してきたが、街の自警団たちが速やかに制圧して被害は最小限で済んでいるようだ。ここの国民は意識が高いな」
ガトウたちが上手くやってくれているようね。
彼が率いるゴロツキたちは自警団なんてとても呼べないガラの悪さだけど、つい先日キストハルト様直々に自衛許可を与えられて、不審者を拘束する権利を得たの。
お陰で今回とても自由に動けたようね。
相手側としては城下の混乱でできる限り兵士を外に出させたかったようだけど、彼らのお陰で城内は鉄壁の警備を保てたわ。
あとでガトウたちに何らかの褒章を与えるように掛け合わないとね。
それはそれとして……。
「こうなった以上は認めるほかないな。私の愛しいセリーヌを脅かしたのは、私に忠誠を誓っているはずのデスクローグ帝国兵であった」
「……」
皇太子から投げ下ろされる氷の視線に、犯人たる兵士たちは何も言えない。
緊張で体が凍り、口も動かないんだわ。
「言いわけぐらいは聞いておこうか。私も主君として、臣下が何故不忠に走ったのか理由を知っておかねばならん」
「不忠ではありません……!」
捕まっている兵士さんの一人が言う。
「我々は今なお、帝国と皇太子殿下への忠義いささかも揺るぎません。我らの忠義こそ、他の誰にも負けぬものと思っております!」
「たわけが。忠士がどうして主君に刃を向ける?」
「刃を向けたのは主君にではありません。主君を惑わす毒婦に対してです!」
兵士さんの鋭い視線が横に向く。
その先にいるのはセリーヌ嬢。
「私……!?」
「殿下! 目をお覚ましください! 大陸最強たる我らデスクローグ帝国の皇帝は、その妻にも相応しい格式が求められます! こんな小国の……しかも王族ですらない田舎貴族の娘など不適格です!!」
それが動機ってこと。
セリーヌ嬢が気に入らないから暗殺しようってことはわかっていたけれど、そんな理由で気に入らなかったのね。
「このような小国と対等な同盟関係を結んでまで娶ろうなど、そんな弱腰な姿勢では次期皇帝の資質を疑われますぞ! 我らはフリード殿下に、真に我らの主君たるに相応しい強さを取り戻してもらおうと、魔女を排除する作戦に立ち上がったのです! これこそまさに忠誠の表れ!」
「……」
「殿下に置かれましても一時は不興となられるかもしれませんが、しかし強き皇帝となるためには必要なことときっとわかってくれるはずです。殿下ならば我々の忠誠がきっと届くはず!」
「黙りなさい不忠者」
思わず口を挟んでしまった。
私の声が鋭かったのか、自分に酔って語り続ける兵士も虚を突かれてこちらを向く。
「アナタたちは忠義の士などではありません。アナタたちに忠誠心など一片もありません。自分たちの思い通りに主君を動かそうとすることの、どこが忠誠心ですか?」
「なッ!? 女が、知った風な口を利くな!」
「女ですら理解できている忠誠心の正体を、アナタたちはわかっていないと言っているのです」
そのことを大いに恥じなさい。
「アナタたちは自分の理想を主君に押し付けているだけ。その理想から外れたら、力づくで型に押し戻そうとするなんて、相手の人格を否定する行為です。忠誠云々以前に、ただの身勝手というのです!」
「だ、黙れ黙れ! 強き帝国の規範も知らない他国人が……!」
「国の規範とは国王が作るものでしょう。臣下が勝手に決めていいものではありません!」
勝手に決めるとしたら、それはただの反逆。
忠誠と真逆の行いだわ。
そもそも主君を諫めるというのなら儀礼に則って謁見し、命を懸けて注進するのが筋でしょうに。
いきなり言葉を飛び越えて謀殺などと、犯罪以外に何と呼べばいいの!?
「アナタたちがしているのは、ただの我がまま! しかも自分が仕えるべき主君に対してなんて最低最悪の我がままじゃない! その行いの醜さを『忠誠』なんて綺麗な言葉で誤魔化そうとするなんて卑怯者だわ!」
「違う……私は忠義を……! 皇太子殿下への忠誠を……!」
相手はうわごとを繰り返すばかりで、まともな受け答えもできなくなっていた。
少しはお説教が堪えたということかしら?
「そのくらいにしてやってくれエルトリーデ嬢。……まったく犬の躾を他家にされてしまうとは飼い主失格だな」
フリード皇太子殿下が苦笑気味だった。
「殿下……、人を犬呼ばわりはさすがに……?」
「飼い主に吠えかかる阿呆など“犬”で充分だ。……いや、犬だって弁えているから、むしろ犬の方に失礼だな」
なんだかよくわからない自己完結をする皇太子。
「何しろ、忠誠を謳いながら主君を危険に晒したのだから。他国への訪問中に、その貴族を手にかけて、この私が無事帰されると思っていたのか?」
「あッ」
たしかにそうよね。
彼らの犯行は、自分たちのものだと隠そうとする気すらなかった。
陽動といった多少の工夫はしたけれど、もしあのままセリーヌ嬢暗殺を完遂させていたら、帝国兵の仕業とすぐさまバレて、皇太子を含めた全員が拘束されていたに違いないわ。
スピリナル王国側だって自分たちの面子に懸けて、訪問中に凶行を働いた人たちを生かして帰すわけにはいかないし。
彼らの暴挙はセリーヌ嬢だけでなく、自分たちの主の皇太子まで殺そうとしていたの。
「大した忠義の士たちだな。我が国にはここまでのバカはいないと思いたい」
キストハルト様が皮肉っぽく言う。
すべてが未然に防がれて被害ゼロの今だからこそ彼にとってはまったくの他人事なんでしょう。
「とにかくキストハルト殿。こやつらは訪問国で許されざる暴挙を行った。正式な謝罪は後日改めてさせてもらうが、とりあえずこの阿呆どもはこの国の法律で厳正に裁いていただきたい。それを看過することが我々の側からの最初の誠意と思っていただきたい」
「煮るなり焼くなり好きにしろ、ということですかな?」
彼らは死刑で決まりでしょうね。
両国の懸け橋となるべき重要な立場で、暗殺などと企てたのだから。
前世で同じく暗殺失敗した私も死刑になったのだから確信は強いわ。
可哀想だと思うのは私が甘いのか。それともかつての自分の立場に同情を催しているのか。
「フッ、フフフフフフフフ……!」
もはや暗殺実行者たちが笑い出す。
絶望でおかしくなったのかしら?
「愚かなる小国の王子よ。お前はわかっていない、帝国の恐ろしさを。我々がそんなに短慮で動くと思っていたのか?」
「なんだと?」
「そもそも城下を荒らして陽動を行う必要性があると思うのか? あんな小娘一人殺すのにそんな大げさな細工は必要ないともわかっていたし、殺したあとに我々が窮地に置かれることもわかっていた。……その続きのことを、我々が考えていないとでも思ったか!?」
この口調まさか……。
彼らの計画はまだ終わっていない。策は残っているということ?
「殿下! フリード皇太子殿下!」
もはや狂気を孕んだ帝国兵の目に、皇太子も鼻白む。
「今こそ強き帝国復活の時です! ただ今第五帝国軍が進軍しています! ここへ向かって!」
「何だと!?」
「我らの決行と呼応しているのです! さあ殿下お下知を! こんなカビの生えた小国、帝国の軍事力を持って一気に攻め潰すのです! そこから覇業は再び開かれ! 帝国は全世界の主となるでしょう!!」
帝国軍が攻め寄せて来てるってこと!?
どういうことなの!?
思った以上の大スケールな展開になってきた。
前世での暗殺の因縁は断ち切れたと思ったのに……。
今度は敗戦滅亡のヴィジョンが現実になろうというの!?





