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52 死に戻り令嬢、囮になる

 キストハルト様、退出拒否。


 どうして?


「いや、そこで戸惑うか?」


 フリード皇太子がここは第三者として、呆れ口調で口を挟む。


「愛する女が自分以外の男と、二人きりになりたいと言って承諾するわけがないだろう」

「はぁッ!?」


 別にそんな目的で二人きりになろうというつもりじゃないんですけど!?

 それに『愛する』っていっても……キストハルト様が一方的に言っているだけで私には関係ない……!


「あれだけ公に宣言させておいて『知ったことではない』は通らんだろう、かく言う私もやっとセリーヌとの仲が認められた矢先だ。私の事情としても女性と密室で二人きりなど断固として遠慮したいが、そういう意味でもキストハルト殿にはここにいてほしいな」


 さもなくば話はナシだ、と言わんばかりの口調。


 困ったわ。二国間のデリケートな話になるからこそまずはフリード皇太子のみに話をして真意を確かめようと思ったのに。


 ここにキストハルト様……当国の代表というべき御方がいては話が悪い方を向いた時、後戻りができなくなる。

 そうなった時の状況コントロールの難しさを思うと……。


「エルトリーデ、何度も言っているはずだ」

「えッ?」

「オレはキミを愛している」


 何ですいきなり?

 ヒトもいるし真面目な状況なんですけど!?


「だからオレはキミを守りたいし、キミを助けるために何でもしたい。何度もそう伝えているのに何でキミは受け取ってくれない? すべての問題をキミ一人で片づけようとする。今みたいに」

「それは……!?」

「私が今さらキミの逢引きなど疑うと思ったか?」


 いや、そんな自分が愛されてるみたいな言い方されても?


「どうせまた抜き差しならない問題でも察知してきたのだろう。ならばオレにもできることがあるはずだ。この国の王太子にして、最強の光魔法使いであるオレのことが頼りにならないとでも!?」


 キストハルト様はこのまま梃子でも動きそうでもない。


 城下では今もこの瞬間、潜伏者たちが動き続けているはずだし悠長にはしていられないわ。


 少し迷ってから、私はこのままぽつりぽつりと話し出す。


 城下に蠢く潜伏者たち、その背後に潜むデスクローグ帝国の影、そして彼らの口に上ったセリーヌ嬢暗殺の話……。


 すべてを聞き終えてから、まずフリード皇太子が言う。


「その話、信ぴょう性はどこまである? 事実無根ならばむしろこちらが王国側に抗議しなければいけないのだが……」


 フリード皇太子は懐疑的だった。

 でもそこは想定内だわ。


 ここから何としてでも説き伏せ、信用してもらう流れにもってこなくては……。


「信頼性はかなり高いぞ。このオレが保障しよう」


 ……と思うより先にキストハルト様がフォローしてくる。


「エルトリーデは個人の手勢を持っていて、そいつらは近衛や憲兵といった毛色のいい連中とはまったく逆のところから情報を持ってくる。我々がキャッチしていないからと言ってそれだけで黙殺する理由にはならない」

「むう……!?」


 キストハルト様に言われただけで納得するなんて?

 信頼度の差が……!?


「セリーヌを殺すために我が国の者がな……!」

「皇太子様とおかれましては、愛するセリーヌ嬢へ危険が迫っている上に、自国が噛んでいるなどと言われてはさぞかしご不快なことでしょう。ですが、事実確認を徹底するためにお話を伺いたいのです」

「もちろんオレは関与していない。なんで私の愛するセリーヌを私自身で手に掛けねばならんのだ?」


 だとすれば、やはりこの情報はガセ?


「しかし……国が関われば途端に事態は複雑化する。エルトリーデ嬢の言葉も一概に否定しきれないのが腹立たしい」

「帝国も、一枚岩ではないということですわね」


 私は、ここに来るまでに大雑把にまとめてみた推論を再確認する。


 王とは国の頂点。皇帝も概ね同じ。

 それはどこの国でも変わることはない。頂点の座に含まれた強大な力に惹かれる者はどこにでもいるだろう。


「王に許された権力が強大ならば、その配偶者……王妃の権力もそれに準じる。王の力のおこぼれに預かるため、自分の娘を王に嫁がせよう、などと考えるのは世の常だ」


 キストハルト様の実感のこもったお言葉。


「ましてデスクローグ帝国といえば我が国よりも強大。権力を求めた後継争いもさぞや熾烈を極めることだろうな」

「お前のところだってゴタゴタはあろうに他人事のように言いやがって……! しかしまあそうだ。エルトリーデ嬢から報告されたような動きがあって、そこに我が軍が噛んでいるとしたら十中八九……未来の皇妃としてのセリーヌが邪魔な連中の差し金だろうな」


 皇太子妃なんて望んでいる女性はいくらでもいるだろう。

 その女性の家族だって望んでいる。


 それなのに別の誰かが王太子妃となって、自分たちがなれなくなったら……。

 一度埋まった席を空けるために、人殺しすら行う?


「普通ならありえないが、何しろ血の気の多いデスクローグ帝国の倣いだ。後継争いも血を見ぬ限りは治まらなかったりするんだろうな」

「勝手に過激な想像を膨らますな!」


 と愉快な掛け合いを続ける二人。

 この人たちとみに仲良くなっていなくて?


「ともかくエルトリーデ嬢が報告してくれた危険は、なきにしもあらずといったところだ。忌々しいことにな」

「す、すみません……!」

「謝るには及ばん。このまま何の警告も受けずに不意打ちを受けてしまう方がマズい。それでセリーヌを失ったら、私は怒り狂ってスピリナル王国もデスクローグ帝国も滅ぼしてしまうかもしれんな」


 愛が重い。


 こうなると私の報告は全面的に受け入れてもらったということでいいわね?

 となると、ここから本格的にセリーヌ嬢暗殺阻止に向けて動き出すこととなるわ。


「では今、このスピリナル城下に潜伏する者たちを早速逮捕いたしますか? それが一番安全確実かと思われますが」

「いや、たしかに直面の危険は回避できるが、長い目で見た場合それはけっして成功ではない」


 その通りよね。


 まだ何もしてない状態で逮捕しても問える罪がない。結局は短い期間で釈放になってしまう。

 そして自由の身になればセリーヌ嬢暗殺に再チャレンジするだろう。結局イタチごっこにしかならない。


「実働部隊があれば後ろで指示する黒幕もいることでしょうし、そこまで抑えなければ完璧な阻止とは言えませんわ。言いわけしようもない段階まで追い詰めるためにも、一旦行動を起こさせて後戻りできなくしてから捕まえるべきでしょうね」

「その通りではあるのだが、行動を起こさせるということはセリーヌを危険にさらすということだ。あまり気のりはせんな」


 さっき言ってたみたいに、もしセリーヌ嬢に万一のことでもあれば皇太子、世界を滅ぼしそうだものね。


 セリーヌ嬢の安全のためにはセリーヌ嬢を危険にさらさないといけない。

 矛盾ではあるけれど、これが事件解決のために率直確実な方法であることは間違いない。


 フリード皇太子は、絶対に許さないが、他にいい手も浮かばず……といった悶々とした表情をしておられるけれど……。


「では、こうしたらどうでしょう?」


 私はその瞬間に浮かんだアイデアをそのまま伝えてみた。


 皇太子は聞いた途端に驚きに目を見開き、『ううん』と唸ってから、最後には私の提案を承諾した。


 キストハルト様は……。

 メチャクチャ反対していた。

 何故かって言うと……。



 その話合いから数日後。


 ついに相手側からのアクションが起こった。

 ドアが蹴破る勢いで開けられて、黒い軍服の男性たちがズカズカと雪崩れ込んでくる。


「魔女セリーヌ! 皇太子殿下を惑わし、帝国を揺るがさんとする貴様の罪を血であがなえ!」

「罪を犯しているのはアナタたちでしょう?」

「なッ?」


 あら、やっと気づいた?

 さすがにここまで近づかれたら影武者であることがわかるかしら?


「貴様は魔女セリーヌでは……ない!? 貴様は一体!?」


 はい、私はエルトリーデよ。


 私の策は、標的となっているセリーヌ嬢を隠し、代わりにニセモノを置いて本物のセリーヌ嬢のごとく振舞わせる。


 さすれば暗殺者は、標的と思ってまんまと別の人間を襲撃。

 安全を保ちつつ犯人を暴発させる最適な方法よ!!


「最適なものか!!」


 キストハルト様が叫ぶ。

 同室に隠れていたあの御方が飛び出すとともに光魔法を放ち、乱入した凶漢どもに直撃させた。

 あれを食らうと痺れて動けなくなるのよね。


「安全と言いながら結局、セリーヌ嬢への危険をキミが肩代わりしているだけじゃないか!! キミに万が一のことがあればオレの心が張り裂けるんだぞ! 何でオレまで皇太子の心配を肩代わりしてやらなきゃならないんだ!?」


 ということで大反対していたらしい。


 おかげでキストハルト様が四六時中私の傍につくとか言い出して、でもそれじゃあ囮が成立しなくて大変だったわ。

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