51 死に戻り令嬢、暗殺計画を知る
セリーヌ辺境伯令嬢の暗殺。
それもまた前世で私が企てた悪事の一つ。
アデリーナ伯爵令嬢を陥れ、ファンソワーズ侯爵令嬢に重傷を負わせた。
それらの悪行とセリーヌ嬢の件との違いは、完遂できなかったこと。
途中で企みを暴かれ、それが前世の私の致命傷となった。
暗殺など立派な犯罪……それを明るみにされて他にも、それまでの悪行が芋づる式に引き出されて、総合で死罪が決まった。
セリーヌ嬢の暗殺が失敗したのは、標的当人が一枚上手だったのもさることながら、それまでの悪行もさすがに形跡が降り積もっていたのもある。
キストハルト殿下からもその頃には充分怪しまれていた。
ということで私が死刑になったのは完璧な自業自得。
前世で処刑されたのはセリーヌ嬢のせいなどと逆恨みもしていない。
……それはそれとしてセリーヌ嬢本人由来の苦手意識は永遠に消え去らないんだろうけれどね……。
そして今世。
前世で行われそうになった暗殺が再びセリーヌ嬢を標的に動いているという。
その情報を持ってきたのは、王都ゴロツキの元締めガトウ。
「アナタが持ってくる情報はいつでものっぴきならないわね……!」
「その分お役に立ちますでしょう?」
まったくその通りだけどね!
彼を味方につけられなかったらどれだけの血が流れていたことか。想像するだけでゾッとするわ。
持つべきものはゴロツキの手下ね。
「……詳しく話して。確信的な根拠はあるの?」
王城での騒ぎで精神的に疲れ切っていたが、聞かないわけにはいかない。
ガトウに報告の続きを促す。
「オレらも、お嬢からのご恩に応えるため王都各所に網を張り巡らせています。情報っていう魚がいつ引っかかるかわかりませんので」
「ハイそれで?」
「それでわかったことですが、最近やたらと外から流れ込んできたヤツらが多いんです。行商人、浮浪者、ただの旅人。色んな姿に扮していますが元をたどれば皆同じところからやってきている」
「どこから?」
「デスクローグ帝国です」
……一気にきな臭くなってきたわね。
皇太子の訪問に合わせて、同国から不審者が流れ込んできているというの?
それも多数?
フリード皇太子はこのことを知っているの? まさか当人の指示じゃないでしょうね?
「あからさまに怪しいってんで、ウチの手の者につけさせました。相手の意図なり目的がわかればと思いまして」
「いいわね、ナイス判断よ」
「そしたらアイツら、合流しだしたんです。バラバラに入ってはいましたけどやっぱり組織だった行動でした」
一人ずつを装って王都に入ってきたけれど、結局は示し合わせて現地で集団になっていた。
そんなことをする理由は一つ、よからぬことを企んでいて、それを誰かに感づかれないため。
「しかもそれだけに飽き足らず、金をバラ撒いて人を集め出したんですよ。サザンランダ地区でも大金大盤振る舞いでゴロツキやチンピラどもを大量に雇い入れています。表向きは何やら力仕事の人足確保ってことらしいですが……」
「チンピラやゴロツキ……腕に覚えのある人たちを集めているってことね?」
「そのお陰で、ウチの者を潜り込ませるのも楽でした。今は十人ぐらいが雇われたフリをして内情を探らせています」
迅速でかつ的確な対応をしてくる。
頼りになるわねガトウは。
「それで、スパイさせている者の一人が聞いた話が……」
セリーヌ嬢の暗殺。
「潜伏者どもが言い争っているのを戸板越しに盗み聞きしたそうです。内容的には怖気づいたヤツと、強行しようとするヤツらの押し問答だったってことらしいですが……」
――『おい、本当にやるのか?』
――『当たり前だ! でなきゃ何のためにここまで来たかわからんだろう!!』
という感じの会話だったらしい、むしろ言い争い?
「連中の間でも意見がまとまっていないわけで。しかし目指すところが決まっている」
それがセリーヌ嬢の暗殺。
でも何故? セリーヌ嬢は皇太子フリード様が見初めて、国を動かしてまで得ようとした想い人なのよ?
それを同国が暗殺の標的としている?
暗殺は前世でもあったけど、それとは大きく様相が異なっているわね。
そもそも何故、私の前世での悪行がどれもこれも再現されているの?
アデリーナ嬢の件もそうだし、ファンソワーズ嬢の件もそうだわ。
私が改心して悪行をやめれば何もこらないはずなのに。他の人が奮起しすぎる。
前世で私主導の暗殺は失敗したけれど、だからといって今回も安心とは言えないわね。
ここまで様相が違っては結果だって変わってくるかもしれないんだから。
少なくとも阻止のための行動を何もしないわけにはいかないわね。
「ガトウ、アナタは潜伏中の人員に指示を出して、さらに情報を集めさせて。それとは別に、帝国からの潜伏者が人を多く集めているのが気になるわ」
普通、暗殺を決行するとなったら人員は逆に絞り込むでしょうに。
秘密は、知る者が多いほど漏れやすいいんだから。
「それをあえて手数を増やそうとしているのが不審だわ。こっちも大人数を揃え、何かあった際にも速やかに対応できるように体勢を整えて。資金はこっちが持つから」
「数には数でしか対抗できませんからね」
ある程度まとまった人の数はそれだけで脅威だわ。
ガトウの手下も、他のチンピラよりは選りすぐられた腕自慢だろうけれど、多人数で取り囲まれたら意味もなくなる。
相手の意図を挫くため、私たちのために働いてくれる人々の安全確保のためにも、惜しむべき手間はないわ。
「城下のことはアナタに任せるわガトウ。私は王城に上がる」
セリーヌ嬢は、フリード皇太子との縁談を詰めるためまだ王城にいるはず。
暗殺を防ぎたいならまず本人に通達して警戒を促すのが一番だわ。
「それはわかりますが、素直に信じてくれますかねえ……!」
ガトウが不安に鳴き声を上げる。
「暗殺なんてそもそも突拍子もない話……。それに情報源がオレらのようなゴロツキじゃ益々ガセかと思われるんじゃ……?」
そうかもしれないわね。
でも。
「それを信じさせるのが私の仕事よ」
ガトウ、アナタが私との契約を守って獲得してくれた情報だもの。
その信頼に応えるためにも、この情報の価値最大限に高めてみせるわ。
「お嬢、さすがです……!」
たった今帰って来たばかりだというのに、また王城に上がらねばならないわね。
これをとんぼ返りって言うのかしら?
いや、帰ったのにまた出かけるんだからとんぼ出勤?
◆
王城に上がって……私は考えないといけなかった。
まず最初に誰に会うか?
もちろん暗殺の標的と目されるセリーヌ嬢へ注意を促すのも大事だろう。
しかし私はその前に確かめたいことがあった。
そのためにフリード皇太子に会いに行く。
ただの公爵令嬢に過ぎない私が王城内を自由に闊歩するのは差し障りがあるはずだけど、意外と誰も咎めてこない。
お陰で目標までスムーズに辿りつくことができた。
「フリード皇太子、ここにおいでと聞きました!」
応接室に入ると、たしかにいた皇太子。
そしてもう一人いた王太子。
キストハルト様までどうしているの?
この二人、なごやかにチェスなど指していやがられる仲よしか。
「おおエルトリーデ嬢。随分早い再会だな、一度城から下がったのではないかね?」
軽い調子で挨拶してくる皇太子殿下に、しかし私は付き合っていられない。
「キストハルト様、席をお外しくださいませんか?」
「は?」
ますは図らずも居合わせていたキストハルト様に退出を促す。
「何故キストハルト殿を追い出す? 逆ではないか普通は?」
「余人に聞かれたくない話なのです。フリード殿下、願わくば私たちのみでお話を……」
これから話すのは、場合によっては国際問題になりかねないデリケートなもの。
セリーヌ様の縁談を守るためにもまずは一対一で、フリード様の真意を確かめておきたいわ。
だからキストハルト様には申し訳ないけれど、ここは席を外して……。
「嫌だ」
「えッ?」





