48 死に戻り令嬢、対決を見守る
何を考えているのキストハルト様は!?
今、折角帝国との和平が結ばれそうなこのタイミングで宣戦布告なんて!
戦争になるってことよ!?
それがどういうことかわかっているの!?
「……フッ、クククククククククク……!」
挑戦状を叩きつけられた形となる皇太子フリード。
その返答は笑い声だった。
「ククッ、クハハハハハ……! ハーッハハハハハッ!!」
笑い声は段々とけたたましくなり、調印式の室内にこだまする。
「ハハハハハ……! いいぞ田舎王子! 今日は笑えん冗談ばかりを聞かせられてきたが、やっとここ一番笑えるものをくれたな!」
「オレの言葉が冗談だと?」
そうであってほしいと思うばかりだわ。
帝国へ向かって宣戦布告だなんて。
「そうです! 冗談ですぞ!」
慌てて介入してきたのはスピリナル国王陛下。
「失礼いたした皇太子! 我が息子は体調を崩しておってな、大事をとって寝かせておいたのだが、熱か何かで言葉がおかしくなっておる様子! これから友好を結ぼうという国に宣戦など……!」
「そういうことを言っているのではない、小国の田舎王よ」
「しょッ!? いな……ッ!?」
さっきから皇太子も歯に衣着せぬ言葉遣いだわ。
薄々察してはいたけれど、皇太子は心の底では思いきりスピリナル王国を見下している。
「お前たちは随分と自己肯定が強いが……実際のところスピリナル王国など辺境の小国というのが真っ当な評価だ。見るべきところもないし、誇れるところもない。有象無象の国家群の一つ……と言ったところだな」
「ぶッ、無礼な! 他国にはない魔法を使い、精霊に愛されし我が国を……!」
元々プライドの高い国王陛下は、皇太子からの評価に顔を真っ赤にして過剰反応する。
「魔法? そんなものに何の価値がある? 幾百年前から進化を止めたカビ臭い技など、既に帝国の軍事技術が遥かに凌駕していると初日に教えてやったろう?」
「うぐ……ッ?」
「そしてその魔法とやらに依存しすぎたお前たちは他の文明を発展させることを怠り、魔法を取ったら何もない国に成り果ててしまった。そしてその魔法もクソの役にも立たないなら真実何もない国家。『役立たず』とは貴国のためにある言葉だ」
皇太子の口ぶりに遠慮が一切ないわ……!
もはや同盟、和平といった雰囲気は欠片もない、いまにも感情が爆発しそう。
「そんな中で、敵うはずのない我が国へ健気にも宣戦布告する身の程知らずな王子がいる。その向こう見ずな勇猛ぶりに笑ってやったのだ」
「お前たちと戦えば、我々が必ず負けると?」
再びキストハルト様が口を開く。
「そうだが? 他に解釈のしようがあったかな?」
「いや、ない」
王太子の返答に、益々困惑が広がる。
「所詮魔法など、貴国の軍事力の前には容易く粉砕されるだろうな。我が国は一日のうちに下り、王族は残らず市中に首を並べられることだろう」
英邁で知られるキストハルト様からの言葉で、居合わせた王妃様なども顔を青ざめる。
「しかし、それでも戦わねばならない時もある。愛する女性を有無も言わさず連れ去られようとしているときなどがな」
「それは言いがかりだな。エルトリーデは貴国が勝手に差し出そうとしてきたものだぞ?」
「それでも女一人と引き換えに同盟を結ぼうなどと人身御供めいた取引には遺憾を表する。特にエルトリーデはオレが妃にと公に宣言した女性だ。それを奪われるなど『スピリナル次期国王は、安全のために妻を差し出した』と誹謗の下にもなりかねん」
そんなことになれば王国の権威は地に落ち、周辺各国からの侮蔑を受けることになる。
結局、受ける害は計り知れない。
「ふーん、一応王族として言いわけも持ち合わせているようだな。色恋に狂っての暴走ではないと言いたいか?」
「もちろんエルトリーデを愛しているがゆえでもある。彼女はオレの女だ、誰にも渡さん。奪おうとするヤツは叩き潰すだけだ」
キストハルト様……!
そんな、皆がいるところで……!
「その勇ましさは心地よい。しかし、気持ちが現実に伴うかどうかは別の話だ」
フリード皇太子は言う。
さっきまでと打って変わり、キストハルト様が乱入してからの彼は常に愉快そう。
「王国の魔法では、帝国の軍事力に太刀打ちできない。それはお前自身認めたところだ。我を通すにしろ、思う通りの結果にならなければ意味もない。このまま戦えば王国は滅ぼされ、お前の女も帝国に奪われるぞ。そのようにせず、国と女を守り抜くためにお前はどうするつもりだ?」
「たしかに我が王国は帝国に負けるだろう。しかしお前一人であればどうだ?」
キストハルト様の身体から、瞬時に殺気が立ち上る。
「万軍を指揮する皇太子の立場であるお前も、今は我がスピリナルの王城にただ一人。生殺与奪は我々が握っていると言っていい」
「私を虜囚にするというのか?」
「同盟の条件をすべて白紙に戻すというなら、こちらも先の宣戦布告を取り下げてやってもいい」
「舐められたものだ」
フリード皇太子、笑いながら立ち上がる。
「まさかこの私を囲い込んだつもりでいるとは。いかに敵地で孤立無援といえども、それだけで身柄を自由にできるデスクローグ帝国の皇族ではないぞ」
そして懐から短い……鋼鉄の筒のようなものを取り出す。
あれは……銃!?
でも初日のデモンストレーションで見たものよりずっと短くて小さいわ?
「不用心に丸腰で出歩いていると思ったか? 銃の小型化にはある程度成功している。バレルを切り詰めることで懐にも忍ばせられるようになった。“拳銃”と名付けられた兵器だ」
拳銃……!?
それを皇太子、キストハルト様の目と鼻の先に突きつけて……。
「バレルを短くしたことで威力や命中精度は落ちたが、この近距離であれば充分。護身用にもってこいの武器というわけだ。さあどうする、魔法の国の王子様よ?」
「…………」
「お前たちが魔法を使うのに“詠唱”とかいうものが必要になるのだろう? 魔法を放つ準備のためにクドクド長々呪文を唱える。そんな悠長をしている間に何発鉛玉を撃ち込めるか、実験してみるのも一興よな」
キストハルト様は突きつけられた拳銃を睨んだまま、無言。
フリード皇太子の言うことは正しいわ。
キストハルト様が呪文を唱え終わるよりも確実に、あの拳銃から弾丸が飛び出す方が速い。
しかしキストハルト様は……。
「……軍事帝国の皇太子も存外、間抜けのようだな」
「なんだと!?」
『間抜け』と言われたのが余程意外だったのか、注意が乱れる。
その一瞬を見逃さなかったのはキストハルト様。
突きつけられた拳銃を即座に握り、奪い取ろうと引っ張る。
しかし相手の皇太子も負けず劣らず、すぐさま散った注意力を元に戻し対応する。
発砲したもののその時には充分体勢を崩され、放たれた弾丸はキストハルト様をかすりもせず、あらぬ方向へ飛んでいく。
その間も二人はもみ合いになりながら、調印式のための椅子やテーブルを蹴散らして室内を暴れ回る。
「そこまでだ」
揉み合いが終わって、二人の身体が停止する。
その時にはキストハルト様、抜き取った杖を皇太子の頭部に突きつけていた。まるで銃を突きつけられた仕返しとばかりに。
「素人のお前でもわかるだろうが、既にこの杖には臨界寸前の魔力が込められている。あとはオレが念じるだけで魔力が放たれ、お前の頭を跡形もなく抹消するぞ」
「……魔法には、詠唱が必要ではないのか?」
「研究不足だな。たしかに魔法に詠唱は不可欠だ。詠唱こそ、魔法の源泉である精霊たちへ捧げられる祈りの言葉だからだ」
魔法とは、精霊が人間へと与えてくれたもの。
魔法発動のためにはその精霊への祈りが必要で、祈りの言葉こそが詠唱ということ。
「ヒトにものを頼む時にも、挨拶やお願いの言葉は必要だ。それを抜きに魔法を発動させるなど、ヒトに対して無言で指示して何かさせようとするようなもの。そんな無礼者の頼みなど、人も精霊も聞きたくはないだろうよ」
「なるほどな。しかしお前がいましてみせたことこそ、その無礼な振る舞いではないのか?」
「魔法も日々研究がなされている。オレが今使った小手先の技は『無言詠唱』と呼ばれる」
『無言詠唱』。
詠唱は通常、口に出して唱えられる祈りの言葉だが『無言詠唱』は心の中で祈りを唱える。
精霊は物質を超越した存在なので、心の中で念じたことも充分に届く。
そうして詠唱を破棄して魔法を発動させることも可能なのよ。
「無論、心の中で念じるよりハッキリ声に出した方がイメージが強く、精霊にも伝わりやすい。無言詠唱で魔法を発動させられるのは一握りの上級者のみだ」
「お前がその上級者ということか。拳銃を奪おうとした体捌きも見事だった。体術の訓練も欠かしていないらしいな」
「魔法の弱点など、使い手である我ら自身が先刻承知。至近での即応性を高めるため体術もある程度修めている。それに加えて『無言詠唱』などの詠唱省略のための技。近づけばそれだけで魔法使いを無効化できると思うのは短慮だぞ」
実際、皇太子は組み伏せられて、すぐさま殲滅の烈光を放つであろう魔法の杖を頭に突きつけられているんだから。
「どうやら我が命運は尽きたらしいな。この状況から独力で、お前をはねのけ生き延びる方法が思いつかん」
フリード皇太子、意外にも神妙に敗北を認めるが……。
「しかし命運尽きるのはお前たちも同様だ。デスクローグ帝国の第一後継者を殺すのだ。帝国本土からの報復は不可避、帝国の全力をもってスピリナル王国は地上から消え去るだろう」
「オレの要求をお前が飲めばいいことだ。それだけでお前は五体無事なまま故国へ帰れる」
同盟の条件を白紙に戻す。
私とフリード皇太子との縁談をもご破算にして、すべては元の木阿弥に……!?
「魅力的な提案だが、飲めんな。小国の田舎王子に脅されて要求を飲んだと知られたら私の権威もガタ落ちだ。帝国に帰れば他の後継者候補に突き上げられ、皇太子の座を追われるだろう」
「それはお前の都合だ。同盟条件を白紙に戻すか否か。今ここで決めるのはそれだけだ」
フリード皇太子は引く気がない。無論キストハルト様も。
このまま平行線が続いたら、どちらかが痺れを切らせて暴発しかねない。
どうすればいいの……!? と私が混乱してばかりいると……!
「お待ちください」
私以外の誰かが介入してきた。
それはセリーヌ嬢。
シュバリエス辺境伯令嬢セリーヌ。





