47 死に戻り令嬢、忠節に殉じる
その日、私は王城へと呼びだされた。
前日まではむしろ登城禁止にまでされていたのに。
話にケリがついて、いよいよ私を用立てる見通しが立ったということなのだろう。
もちろん素直に従って、お城へと上がる。
すんなり通された国王謁見の間には、国王陛下と王妃陛下が並んでニコニコしていた。
「…………」
思えば私、謁見の間に足を踏み入れたのは前世から通してこれが初めてね。
『魔力なし』である私のことを、両陛下がどれだけ忌み嫌っているか想像はつく。
できる限り私を近づけたくないという意志の表れだろう、私が謁見の間に入れなかったことは。
しかしそれが今日、突然に翻った。
状況の変化を兆している。
「やあやあ、よくぞ参った公爵令嬢! お前の父のエルデンヴァルク公にはいつも助けられておるぞ」
そのよく助けてくれる忠臣を冷遇しているってことを私は知っているけれど。
位の高い公爵家に『魔力なし』が生まれたことは余程王様のお気に召さなかったらしい。
『捨てろ』だの『修道院に預けろ』だのの命令をかたくなに拒否して、結果お父様は領地に引きこもる以外の手立てがなかった。
そこまでして私を守ってくれたお父様にあらためて感謝だけれど、それは今は余談ね。
「こうして呼び出したのは他でもない! 是非ともお前に果たしてほしい役目がある!」
早速きたわね。
「デスクローグ皇太子との縁談ですわね」
「ほう、噂通り知恵が回るようじゃの。魔法が使えぬからには小賢しくなるしかないらしい」
いちいち皮肉っぽいわね。
さらに隣に座る王妃様は、王様以上に嫌悪感を隠しもしなかった。
「役立たずのお前に役目を与えるのです。我らの情け深さに泣いて感謝しなさい」
この御方もまた数々の試練を乗り越えて魔力の強さを証明し、現国王へと迎えられた。
そんな中、現王太子たるキストハルト様から求められる『魔力なし』の私がなおさら気に入らないのだろう。
自分の払った努力もなく、自分と同等の席に座ろうとする私を。
「魔法を使えぬ雑輩国家の一つとは言え、彼の帝国と誼を結べば、我が国にも多少の利益にはなるでしょう。その架け橋を務めなさい。魔法を使えぬ能無しにはちょうどいい使命です」
「はい……」
「我らスピリナル王国の選ばれし民は、精霊の祝福受けしこの地から出ると精霊の恩寵を失います。そのような不幸を可憐な令嬢たちに背負わせるわけにはいかない。アナタがちょうどいい身代わりなのです。アナタが生まれたのは、この時のためだったのかもしれないわねえ」
王妃様が勝ち誇ったような表情をする。
何故勝ち誇る? とも思ったが、きっとキストハルト様の求婚騒ぎがあの御方の耳にも届いたから、『お前の野望を打ち砕いてやったぞ』とでも思っているのかしら?
前世であれば悔しさも滲んだかもしれないわね。
前世での私は、本気で王太子妃を目指していたから。
でも今は違う。前世での愚かさを背負った私は償いのためにも、この国のためになることは何でもやるわ。
皇太子に嫁ぎ、帝国王国二つの縁を繋ぐ。
それは周囲の人たちが思っている以上に重要なことだわ。
いずれこの国を帝国が滅ぼす、かつて起こった結末をヴィジョンで垣間見た私にとっては。
私が皇太子妃となって帝国内での抑え役に回れば、帝国によるスピリナル王国侵攻は未然に防ぐことができるかもしれない。
さらには帝国の強大な武力をもって王国を擁護し、さらなる他国からの侵攻もけん制できる。
それこそ死に戻った私に与えられた使命だと思うことにしましょう。
キストハルト様と結婚できなくても戦争を避けて、この国を守っていく手段があるわ。
私がいない場所でキストハルト様にはご自分の使命を果たして、自分自身の幸せを掴んでほしい。
「…………キストハルト様はいかがなさいました?」
そこでふと私は気になった。
この場所に王太子たるあの方が立ち会っていないのはどうにも違和感。
「キストハルトは別の場所におる。あやつも忙しくての」
「『魔力なし』と雑輩国家との縁談ごとき、あの子が顔を出すまでもないのよ。身を弁えなさい、おほほほほほほほ……」
両陛下のとぼけ方がいかにもわざとらしい。
恐らく意図的に遠ざけられているのね。やはりあの方、この縁談に徹底して反対なのだわ。
でも欠席してくれるならそれがいい。王様たちがいかなる手段でキストハルト様を遠ざけているのか知らないけれど。
他の男性と結ばれるところをあの方に見守られる。
想像しただけで胸に走る痛みを、私は説明できないでいた。
◆
その日のうちに場所を移動して、皇太子と会見する。
王様や王妃様も列席して。
対面した皇太子フリード様は、なんともつまらなそうな表情をしていた。
「こちらの提案に承諾いただいたこと、心より感謝申し上げる」
と言っているけどとても感謝している顔じゃないわ。
「思ったよりつまらない女だったな、お前は」
皇太子のその言葉は誰に向けられたものだろうか?
私?
なんでいきなり半罵倒的な言葉を。
「私が嫁ぐことで両国の和平が結べるならば、喜んで帝国へとまいりますわ。アナタも、私のその覚悟が見たかったんではなくて?」
かつて彼に向って私は言った。
――『見下されようと、侮られようと、この国のためにできることがあるなら私は全力で遂行するのみです』と。
それに対して皇太子は言った。
――『では実際に試させてもらおうかな? お前が本当に、この国のためにできることなら何であろうと成し遂げられるかどうか、をな』と。
これこそまさに彼が課した私への試しだろう。
私がお国のために、身一つで他国へ嫁げるかどうか。
「お前がそう思いたいならそう思うがいい。だがな、自分を安く値踏みすることも愚かな行為だということをお前は知っておくべきだ」
何なの?
この人、私が嫁ごうっていうのにまったく嬉しそうじゃないわね?
「まあまあ! このよき日にしかめ面は似合わんぞ! もっと笑おうではないか!」
そこへウチの王様が空気も読まずに突入してくる。
「既にこちらで、同盟に関する誓約書を用意しておいたぞ! 結婚についても同書に示してある! 同盟あっての婚姻だからな、がはははは!」
王様たちにとってはあくまで重要なのは同盟。
私はそのために売り払った生贄という認識なんでしょうね。
「当方のサインはもうしてある! あとは皇太子殿がご署名いただければ、同盟婚姻、共に成立じゃ!!」
王様にとっては、これ一枚で様々な望みの叶う夢の書類。
これが皇太子のサイン一つで効力を発揮する。
皇太子フリード様は、その誓約書をうろんげに見下ろして微動だにしない。
何をしているのかしら?
サインしないの?
皇太子があまりに動かないので周囲の皆がやきもきし始めると。
「待ってもらおう」
調印式を行う一室のドアがバンと開いた。
あまりにも凄い勢いで、ドアが吹き飛ぶかというほど。
そして入室してきたのはキストハルト様……!?
「キストハルト様ッ!? 何故ッ!?」
唐突なる王太子の乱入に、誰もが驚き戸惑う。
特に両親たる国王、王妃の両陛下は一方ならぬ困惑で……。
「父上母上……。オレを舐めすぎましたな。オレを軟禁しておくならあの程度の兵力では全然足りない。魔法騎士団の全軍を投入すべきでした」
軟禁!?
王様たちは、キストハルト様を遠ざけるためにそこまでしたというの!?
「…………」
キストハルト様の視線が下へと降りる。
その先にあるのはテーブルの上に乗った、例の同盟の誓約書。
次の瞬間、ジュッと音を立てて、誓約書が消失した!?
キストハルト様が光魔法で蒸発させたのだわ!
「ああッ!?」
「何ということを!? 我が王国の安全を保障する大事な誓約書が!」
王様だけでなく、同席した高官や大臣なども悲鳴を上げた。
「ほう、いい度胸だな」
それを目の当たりにした皇太子フリード様は、何故か今日一番愉快そうだった。
「おい田舎国家の王太子。自分のしたことがどういうことかわかっているのか? あの紙切れは我が帝国と、お前たち小国との同盟を記したものだぞ。それを我が目の前で焼き捨てるとは、我が帝国との同盟など必要ないと言っているようなものだが?」
「そうだ、実際にその意図を示すために焼き捨てた」
キストハルト様が迷わずに言う。
「それでまだ伝わらないというなら、さらに言ってやろう。我がスピリナル王国は、デスクローグ帝国へ宣戦布告する」
!?
何を言いだすのキストハルト様!?





