46 死に戻り令嬢、翻弄される
ここ数日、なんとも言えない日が続いているわ。
隣国の皇太子フリードが提案した同盟は、この国出身の妃を迎える政略結婚までが一セット。
あれから王宮は、誰をデスクローグ帝国へと送り出すかで紛糾している。
大本命と目されているのがエルデンヴァルク公爵令嬢エルトリーデ。
他でもないこの私よ。
それも納得、私は魔法の使えない『魔力なし』令嬢なのだから。
この国でも私の価値はほぼゼロ。
それを国外にやっても痛くもなんともない。
引き換えに強力なる帝国と同盟関係を結び、後ろ盾となってもらえるなら破格の利益。
紙くずと引き換えに金塊を貰えるようなものだわ。
だから貴族たちの大半も、私を帝国へ嫁がせようという意見に賛成している。
皇太子が訪問した初日に打ったデモンストレーションも大きく効いているのでしょう。
日頃から『魔法最強!』とのたまっている貴族王族たちもアレには度肝を抜かれた。
帝国が誇示する銃や大砲、その威力性能は明らかに魔法を上回っていた。
もし帝国と戦争でもすることになったら……。
そんな想像をして脂汗をかいた人は少なくないはず。
帝国と同盟を組んで、少なくとも帝国を敵に回す危険が除かれれば万々歳。
鼻つまみ者『魔力なし』令嬢なんて喜んで差し上げましょう……ってことだった。
ただ一人その流れに反対しているのは我が国の王太子キストハルト様。
今も両陛下とバチバチに対立して内戦一歩手前という感じらしい。
私は渦中の人ということで一旦距離をとって王城から下がり、上屋敷で久々の一人を満喫している。
その間も王城で泥沼のやりとりが行われたようだが、私の耳にまでは伝わってこなかった。
そのための隔離であるわけだし。
きっと結果だけ言い渡されるんでしょうね。
『エルトリーデ嬢、デスクローグ帝国のフリード皇太子との結婚が決まりました』という結果だけ。
私に拒否権はない。
公爵令嬢であっても王命を使われたら逆らえようがないもの。
その時はきっと、素直に『はい』と言って従うのだと思うわ。
◆
「抗いはしないの?」
その日。
エルデンヴァルク家の上屋敷には意外な来客を迎えていた。
シュバリエス辺境伯令嬢セリーヌ。
……いや意外でも何でもない?
何しろ今回一連の騒動の始まりと言っていいのだし。
「逆に聞きますけれど、抗ってどうにかなるものでしょうか?」
セリーヌ嬢を客間に迎え、共に茶を嗜む。
最初は私がセリーヌ嬢の下を訪ねてお茶を飲んだのだから、逆になったわね。
「ことは国と国とのやり取り、それに王命が加われば一貴族の意思なんて何の意味もないでしょう。国のためとなれば何も言わずに従う。それが貴族のあるべき姿ですわ」
「それでもキストハルト殿下が全力で抵抗なさっているのでしょう。プロポーズしたアナタのために。アナタを失いたくないのよ」
あの方も健気なものね。
前世ではそんな素振り一度も見せてくださらなかったのに。
「……アナタ、そんなことを言うためにいらしたの?」
私はセリーヌ嬢に向き合う。
いつも通り、晴れた日の風のように透明な表情の御方。
「アナタが何を考えているか、いまだにわからないわ。デスクローグの皇太子を呼ぶと最初に言い出したのもアナタだったし。ということはここまでの状況すべてあなたの筋書きの通りと言うこと?」
「こんなことになって私に何か得があるのかしら? 謀って、企んだ人が得をするためのものでしょう?」
たしかに。
私が帝国に嫁入りして、彼女が得をするとしたら……。
「ライバルの排除? 私がデスクローグ皇太子と結婚したら、キストハルト様の妃行為補が一人減ってアナタが選ばれる確率が高くなる……とか?」
「アナタって、案外おバカさんなのね」
「何ですって!?」
いやいや……!
これは、認めたくはないけれどセリーヌ嬢の言う通りだわ。
この国の尺度では、どれだけ魔法を上手く使えるかが優劣の第一事項。
その上で魔法が使えない私が、セリーヌ嬢と向こうを張ること自体おこがましい。
むしろ排除するために画策しないといけないのは私の方。
実際前世ではそうしたわけだし。
「……認めるわよ愚かな想像だったってことは。でもそれぐらいしか思い当たる可能性がないじゃない。アナタ本当に何を考えているの?」
「頭脳明晰と言われる人間も、ちょっと分野を違えるとまるで別人のように愚かになってしまう。今のアナタを見ていると実感があるわ」
「だから何よ!?」
もしや私がバカだって話題まだ引きずっている!?
「もう少し物事を単純に捉えた方がいいわ。キストハルト様は真実アナタのことを愛してらっしゃる。しかも情熱に流されるだけでなく、あの方がなさりたい国作りにアナタを必要としているのよ。気持ちだけでなく能力も、様々な意味で求められるって素敵なことだと思わない?」
「……」
私は答えられなかった。
本当の気持ちを述べるわけにはいかなかったから。
「それでも私は、王命が下ればそれに従うわ。それが貴族の務めだから。それにやっぱり、私以外の令嬢を国外に追いやるわけにはいかないでしょう?」
「何故?」
何故って……!
スピリナル王国に生まれた令嬢にとって国を出るということは、一番大切なものを失うということ。
「アナタだって知っているでしょう? スピリナル王国を一歩でも出たら、魔法が使えなくなってしまうのよ」
どういうわけか魔法の使用は、場所の制限を受ける。
魔法が使えるのはスピリナル王国の中だけ。定められた国境から一歩でも出てしまえば、精霊の力を貸し与えられたはずのスピリナル王族貴族はその力の一切を失う。
それは女性だけでなく男性もそう。
スピリナルの国土に戻ればまた魔法を使えるようになるらしいけれど。
過去にも、他国へ嫁入り婿入りなどして祖国を去っていたスピリナル貴族は何人かいたが、例外なく出国と共に魔法を失い、二度と使うことはなかったらしい。
そしてそんな出国貴族の血を受け継いだ子孫もきっと何人もいることだろうが、それらの末裔たちが魔法を使えるようになったという話も聞かない。
「まあ、そうでなかったらいつまでも魔法使いが我が国にしかいないのもおかしい話だから。魔法使いの血統を狙って人さらいが横行してもおかしくないのに、一切ないのはそうした仕組みのお陰ね」
他人事のように言うセリーヌ嬢。
この人は何と言ったら少しは慌てるのかしら。
「子どもの頃から使い慣れた魔法を失うのは悲しいわ。それなら最初から魔法を持たない私が嫁げば、最初から変わらないでしょう?」
「だから自分が出ていくというの? 他の人の代わりに犠牲になると?」
犠牲……というほど悲壮な決意はないけれど。
でも、私が皇太子に言った『この国のためにできることがあれば全力で行う』の言葉にウソはないわ。
皇太子が発端になって、その覚悟を見せる機会を得た。私は粛々と遂行するだけ。
「……可哀想な人ね」
そんな私にセリーヌ嬢が言った。
「何故私が可哀想なのかしら?」
「アナタじゃないわ。アナタのことをあんなにも愛しながら、少しも伝わることがないキストハルト殿下が可哀想だって言ったのよ」
ああ。
そうですか……。
「でも可哀想と言われてすぐさま自分が言われたのだと思う辺り、アナタは自分が可哀想だと思っているのかしら?」
「はあッ!?」
「それは、好きでもない相手に無理矢理嫁がされるから可哀想だと?」
ち、違うわよ!
大体私たち二人しかいない席で、相手が『可哀想』とか言い出したら自分のことかと思うでしょうが!
「とにかくエルトリーデ様、アナタはもっと素直に気持ちに従ってみることをお勧めしますわ」
セリーヌ嬢が席から立つ。
あ、お帰り?
「私たちはたしかに貴族ですが、その前に一人の人間ですもの。愛する人と添い遂げたいという気持ちは持っていても責められません。アナタが後悔のない決断をされることをお祈りいたしますわ」
相変わらず彼女は何が言いたいのかとんとわからなかったけれど。
言いたいことだけ言って去っていった。
◆
それからさらに数日後。
正式に王宮から使いがやってきた。
使者が告げる国王からの勅命は、予想通りのこと。
――『デスクローグ帝国の皇太子と結婚せよ』
私がこの国のために何かできるなら、喜んで。





