44 死に戻り令嬢、二人目の狩人に遭遇する
国賓歓迎の晩餐が開かれているのは当然、王城。
その一角にあるパーティ用のホールは、かついて王太子妃選びの第一審査会場としても使われていた。
公式行事の現場としての最上級の空間であるために今宵の国賓歓迎の舞台にも選ばれた。
私はそれに息苦しくなって出てきちゃったのだけれど。
設えられたバルコニーに出ると、満点の星々輝く夜空が見渡せてなかなか素晴らしい眺め。
さすがは王城、どこにいても目にする景色は一級品。
資格ある者しか上がることのできない場所だわ。
「はー、気分転換にはもってこいね……!」
さすがにあんなに注目を受けながらホールに居座り続けることなんてできない。
自分の置かれた状況はわかっているつもりだったが、あんなにも噂の的になっていたなんてね。
「王子の気紛れにも困ったものだわ」
前世ではあんなにもアプローチをかけながら少しも靡かなかったくせに。
改心して距離を取ろうとした途端に追いかけてくるなんて、あまりにもありがちだわ。
あの御方にはしっかりとこの国を背負って、存続させていってもらいたい。
そのためにもちゃんとした妃を娶ってほしいのに。
「いい夜空だな」
ホラ来た。
私が人ゴミから離れていったのを見つけて追いかけてきたのかしら?
二人きりになるチャンスだと思って?
昼間も散々二人きりだっというのにまだ足りないのかしら?
少しは政務に身を入れていただかないと……!
「殿下、フケるには早うございますよ。ご自分のお勤めはキッチリ果たしてくださいませ」
「ほう、手厳しい令嬢だな。初対面でそこまで言われるとは」
!?
声だけでなく、姿を視認して私はすっかり慌てる。
殿下は殿下でも、この国の王太子殿下キストハルト様ではない。
最初の声で聴き分けるべきだった。
このバルコニーで、私と二人きりで向かい合っているのは……デスクローグ帝国の皇太子殿下フリード様だった!?
「ご、ご無礼をば! まさか皇太子殿下だとは思わず……!」
「その割には『殿下』と呼んでいたが、それで私とは思わなかったと?」
「うぐッ!?」
それはあの……。
“殿下”にも色々種類がございますというか……!
「まあいいさ、どの『殿下』と間違ったかはこの際不問としておこう。勤めがダルくてフケた……という指摘に間違いはないのだからな」
「はあ……!?」
「本当に社交というのは煩わしい。鳥肌立つような世辞と作り笑顔で、腹の探り合いだ。卑しい本心を必死で隠しながらな。こんなものより戦いの方が潔いとは思わんか? みずから本性を剥き出しに、目的に向かってひた走る戦闘の方がよっぽど清々しいと?」
「お言葉ながら……」
私はすぐさま反論を述べる。
「この世に戦争ほど非効率なものはありませんわ。勝つにしろ負けるにしろ、必ず大きな損害を出し、それを取り戻すのに大きな時間を要します」
その非効率を避けるために人々は話し合いを設け、条約だの同盟だので妥協点を探し出す。
そんな面倒なことをするのは最低でも戦争よりは払う犠牲が少なくて済むから。
「それら損害回避のために用意された約束事が国というもの。その国を束ねる立場にある皇太子が交渉事を否定するのはみずからのお立場を否定するも同じ。すべてを荒事で片づけることをよしとするなら、その長は山賊の頭目程度で務まりますわ」
「この私が山賊の親玉だと?……フッ、悪くないな」
悪くないんかーい。
「お前のことは伝え聞いているエルトリーデ公爵令嬢。魔法以外に取り立てて見るべきものもない田舎国家で、数少ない例外……この国きっての才媛だと」
「誰ですかそんな空言を皇太子殿下に吹き込んだのは?」
「空言か? この交わした二言三言程度で、情報はたしかだったと確信を持てたのだがな? お前は戦争の本質を見事に掴んでいる。戦争は非効率、まさしくその通りだ」
皇太子はクツクツと笑っている。
黒い軍服と黒髪が闇夜に溶け込むかのようだった。
金髪煌めくキストハルト様とは、なんだか真逆ね。
「かねてからお前とは話をしてみたかった。私の耳にはかねてから、お前のいい評判ばかりが入ってくるのでな」
へへぇ。
なかなかポンコツな耳をお持ちのようで。
「交易盛んな港町にて育った公爵令嬢。それゆえに備えた知識は豊富、思考も開明的でマナー典礼に留まらず歴史、経済、法律、軍事に至るまであらゆる分野に明るい。それでいて鮮花もひれ伏す美貌まで持ち合わせているのだから、海の向こうから婚約の申し込みが引きも切らぬという。お前の父の公爵は、日々雪崩れ込む求婚を捌くのに四苦八苦していると聞いたぞ」
「え? そうなんですか?」
私自身は聞いていないけれど?
お父様、私まで話が行くのをシャットアウトしたのかもしれないわね。
私は、前世での償いを何としてでも果たしたかったから、それまで結婚なんて考えられない。
そんな私の気持ちを見透かして、私のために防波堤になってくれていたのかも。
そんな私の物思いの横で、皇太子は以前として喋くっている。
「今この国では、王太子妃選びなる頭のイカれた祭りが開催中らしいが、まったく理解不能だな。この国にお前がいる以上、いちいち選考する必要もない。一番賢く、一番美しい公爵令嬢。知性、美貌、身分のすべてを最高水準まで兼ね備えた女がいて、他に誰を選ぶというのだ?」
「私には魔力がありませんので……」
そしてこの国ではそれこそがもっとも重要な要素なのだから。
他のすべてが最高点だったとしても、肝心の一つを持ち合わせない私が選ばれるはずもない。
「それがわからんと言う。魔法など、もはやカビ臭い大道芸といったところだろう。知性身分はもちろんのこと、美貌と比べても魔法の価値など一歩どころか十歩は下がる。そんなどうでもいい要素でお前のような賢女を退けるなど、この国自体の愚昧を体現しているようなものだ」
「いや、それは……!」
「お前ならばここ以外の、いかなる国の妃も務まろう。そんなお前が蔑ろにされて腹は立たんのか? 自分の価値を認めないこの国を見返してやりたいとは思わんのか?」
この皇太子は何が言いたいんだろう?
さっきからやたらと私を誉めそやし、このスピリナル王国をこき下ろすような口調になっているけれど。
私にどう応えてほしいのかわからないが、それに対する私のリアクションはたった一つしかない。
「恐れながら、お黙りください」
「何?」
「私はエルデンヴァルク公爵令嬢、この国の貴族ですわ。だからこそこの国に対する罵倒誹謗、この耳に入ったからには許すわけにはいきません。たとえ国賓の口から出た言葉だとしても」
「これは驚いた。お前は従順な犬か? それとも奴隷か? 自分を認めないこの国に忠義を払ったところで何の見返りもない忠義損であろうに?」
私の反応は、皇太子の望んだものではなかったのだろう。あからさまな落胆が漂ってきた。
「忠誠に見返りなどあってはいけませんよ。貴族に必要なものは愛国心……愛国心あってこその貴族です。貴族は、この国によって身分を保障されて偉そうにして、日々贅沢をできているのですから見返りなどそれで充分ではないですか。あとは与えてもらった俸禄に応えるため、全力で国に尽くすのみ」
私も公爵令嬢に生まれた以上、その時点で見返りは貰っている。
あとは自分の生まれながらの義務を果たすのみ。
「見下されようと、侮られようと、この国のためにできることがあるなら私は全力で遂行するのみです」
それが私の贖罪にもなるならばなおさら。
その私の主張を聞いて、皇太子の失望に満ちていた表情が途端喜色に満ちる。
「面白い女だなお前は。いや貴族としても面白い。そこまで殊勝な心掛けを持った貴族は、我が帝国にもおらぬだろうよ」
「それは頂点たる皇族の方々の訓戒不足では?」
「フッ、歯に衣着せぬ物言い益々気に入った。では実際に試させてもらおうかな?」
試す?
何を?
というか私自身兼ねてから王太子妃選びで毎日試されまくりなんですけどまだ試されるんですか?
「お前が本当に、この国のためにできることなら何であろうと成し遂げられるかどうか、をな」
そう言うと皇太子は踵を返し、バルコニーから去っていた。
案外話し込んでしまったわ。
あの皇太子、今宵の主賓だというのに長く退席して本当にやる気あるのかしら?
戻ったらちゃんと歓待を受けてほしいものだわ。
◆
しかし、ホールに戻ったフリード皇太子は、爆弾発言によって周囲を大混乱に陥れた。
まずパーティの席で、スピリナル王国とデスクローグ帝国との間に同盟を結ぼうと正式な意思表明をしたという。
そりゃわざわざ国を代表して訪問までしたんだから、ただ遊びに来たということはあるまい。
必ず何かしらの実績は必要で、この場合二国間に何らかの取り決めをすること。条約、同盟もその一つだろう。
しかしそのあとに皇太子が放った一言がなおさら衝撃的だった。
「引いては、二国の友好の証としてこの私……皇太子フリードの妃となるべき令嬢をこの国からもらい受けたい。この国でもっとも賢く、もっとも気品高い令嬢をデスクローグ帝国の皇太子妃として迎え入れよう」
そしてスピリナル王国側が選出した政略結婚のお相手は……。
この私。
エルデンヴァルク公爵令嬢エルトリーデ。





