43 死に戻り令嬢、晩餐に顔だけ出す
「何がデモンストレーションだ。これは明らかな、示威行為だ」
キストハルト様が窓から身を乗り出し、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「デスクローグの皇太子は、友好の見世物だなどとうそぶきながら完全にこちらを脅している。……『自分たちには、お前らを即座に捻り潰せるだけの力があるんだぞ』と……!」
私は答えることができなかった。
キストハルト様の言葉を否定しようとして、そのための文言が浮かばなかったから。
そりゃ否定したいわよ。
王子の言葉を肯定してしまったら、それはもう我が国はいずれ帝国に滅ぼされてしまうということなんだから。
認めたくなくても受け入れざるを得ない現実というものはある。
しかし現時点でもう我々の魔法戦力を凌駕するデスクローグ帝国側の軍事技術。
彼の国が侵略によってここまで大きくなって来たという経歴。
何より私がヴィジョンで見た、時刻を蹂躙せし軍隊が掲げていたデスクローグ軍旗……。
あの国が、我が国を粉砕する。
そうなる可能性を現在、過去、未来のすべてが示している。
「セリーヌ嬢は……一体何故このような国を引き込んで……!?」
「二国間の友好を取り持つという実績作りかとも思ったが、それなら別に他の国でもよかろう。よりにもよってあんな侵略国家とお近づきになる必要性などない」
強いて挙げれば、彼女のお父様が治める領と帝国がお隣同士……というから接近しやすかった、という利点はあったかもしれないけれど。
でもだからこそ両者は近しい。
ふと、別の可能性が脳裏をよぎった。
前世での終焉。この国はデスクローグ帝国に攻め滅ぼされた。
しかし仮にも一大国家があそこまでアッサリ簡単に滅ぼされるものだろうか。
魔法が消え去ったから?
相手側の軍事力が強大だったから?
それらの理由もあるだろうけど、私が覗いたヴィジョンには抵抗の形跡すら見受けられなかった。
私が死んで一年足らずでスピリナル王国は滅びた。
闇の精霊はそう言っていたわ。
いくら何でもと言いたくなるほどのスピード侵攻すぎる。
一年と言えば個人レベルじゃけっこうな長さだけど、国単位からしたらあまりにも短過ぎるスパンよ。
それに王国側だって、魔法が失われたとしたら隠そうとするでしょう。
自分の弱みなんだから。
この国は外とほとんど没交渉なので、隠し通すことは案外簡単ではないかと思われる。
完全なトップではないけれど国の中枢にキストハルト様のような切れ者もいることだし。
だから隠そうと思えばかなりの長期間隠し続けることができたはず。
でも侵攻の速さを考えたら、魔法が使えなくなったのとほぼ同時にバレたと考えていい。
何故そうも速攻でバレた?
……もしかしたら期せずしてバレたのではなく、意図的にバラした者がいたとしたら?
自国の致命的な損失を他国にリークし、それだけでなく率先して他国の軍を引き入れた者がいたとしたら……。
あれだけのスピード滅亡もあり得るのではないか?
そんなヤツがいるとしたら、きっとこう呼ばれることだろう。
“裏切り者”と。
その裏切り者は、侵攻者であるデスクローグ帝国と近しい間柄にある。
国境を接して物理的にも近く、だからこそ国内に軍を引き入れることは簡単。王都への適切な侵攻ルートも指示することができただろう。
シュバリエス辺境伯。
セリーヌ嬢の実家である国境を守りし貴族が、寝返って他国を引き入れた?
これは推測の域を出ないけれど、もし現実にそうだとしたら前世でのスピード滅亡に説明がつくわ。
そして前世と今世。
闇の精霊による超常的な力で巻き戻った時間。同じことを繰り返しているからには多少の誤差もあるが重なっていることも多い。
そのことを念頭に入れて、このデスクローグ皇太子の訪問を改めて見直したらキナ臭さが濃厚だわ。
セリーヌ嬢は実際のところ、何を考えて企図したの?
もしかして私、前世で彼女を暗殺しようとしたのって実は正しかったってことになりはしないわよね?
「……エルトリーデ、どうしたエルトリーデ?」
「はッ!?」
隣にいるキストハルト様から呼びかけられハッと現実に引き戻される。
「すみません……考え事に没頭してしまいまして……!」
「あの皇太子の目的は何か……ということだろう? キミが考えることを放棄しない英邁な女性だということは知っているが、オレが隣にいる時ぐらいは二人で考えることを試してほしいね。その方が答えも出やすいだろうし、それに一緒にいる意味もあるだろう?」
「すみません……!」
「キミが何を危惧しているかはわかる、辺境伯令嬢だろう?」
図星を突かれた。
本当にこの御方はすぐすべてをお見通しにする。
「帝国と隣接している領地の娘が、何を目的にして帝国を我が国に引き込んだのか? 彼女の意図をもっと真剣に考える必要があったな」
「セリーヌ様に邪心はありません。それに何も考えずに行動するような思慮の足りない御方でもないはずです」
「邪心のあるなしはともかく、考えなしではないっていう点はオレも同意だ。だからこそ警戒心が高まる。一体彼女は何をしようとしているんだ?」
キストハルト様こそ意外ね。
いつも私の考えを見抜いてきて気持ち悪いぐらいなのに、なんでセリーヌ嬢のことはわからないの?
「自分のことは何でもよく見抜くのに、なんで辺境伯令嬢に対してはそうじゃないんだって思っているだろう」
ホラまた見抜いてきた。
「オレはもうここ最近ずっと、キミのことしか考えていない。朝起きてから寝るまでの間ずっと……いや寝ている間、夢の中でもキミのことを想っている。そうしたらいつの間にか君の考えていることがわかるようになった。辺境伯令嬢についてはそうじゃない、ってだけさ」
「セリーヌ様も王太子妃候補のお一人でしょうに……」
「何度も言ったろう。オレの中で王太子妃選びはもう終わったんだ。キミというたった一人を選んでね」
だからそれを選び直してほしいと常々思っているのですが。
「ともかく対応を考えるにしても、相手の狙いを読まないことには決めようがないな。今宵の晩餐……オレとヤツらが直接会話できる機会がチャンスだ。できるだけ話を弾ませて、ヤツらが何を考えているか聞き出すとしよう」
「会話するからにはこちらも喋らねば成立しませんわ。そして相手側の皇太子も、陰謀渦巻く皇宮を生き抜いてきた猛者のはず。油断していたらこっちばかりが情報を抜き取られていたということになりかねませんわよ」
「わかっている。やはりエルトリーデのアドバイスは適切だな。オレのことを傍で支える女性はやはりキミこそが相応しい」
いちいち茶化してくるならもう助言しませんわよ。
思わぬ展開に自体が複雑化していく。
一回でもいいからアッサリ済む案件はないのかしら?
デスクローグ帝国側のド派手なデモンストレーションのあと本来予定されていたスピリナル王国側の魔法演技は開催されることがなかった。
完璧に迫力負けしてるってことがわかりきっているからだろう。
王国にとって誇りの大元と言うべき魔法が、他国の技術に後れを取るなんてことが証明されたら大惨事だわ。
それならいっそ逃げたと思われたとしても、お披露目そのものをなかったことにした方が傷は浅い。
国王陛下たちはそう判断したみたい。
◆
その代わりとばかりに晩餐の方は気合が入りまくっていた。
晩餐は、歓迎パーティを兼ねた大規模なものだった。
立食形式で関係者ばかりでなく、招待を受けた貴族たちも老若男女を問わずに入り乱れて、華やかなものになっている。
その中心に立つ異国の皇太子。
佇まいは堂々としていて、むしろこの国の国王陛下よりもなお王者の風格を放っている。
社交の場である今もなお漆黒の軍服に身を包んでいるからい質感も半端じゃないし。
存在感が桁違いだわ。
式典では欠席していたキストハルト様は、晩餐には宣言通り参加している。率先して歓待に精を出していらっしゃるわ。
外面は完璧な御方だから、傍から見る限り対応は完璧ね。
王太子と皇太子。
各々未来の国を支える新鋭同士、見るからに仲がよく将来の明るさを思わざるを得ないわ。
もちろんそんなもの互いの演じる上手さが見せている幻覚にすぎず、二国の姦計なんて状況次第でいくらでも様変わりするんだけれど。
かくいう私も、今夜は参列者の一人として晩餐に顔を出しているわ。
『魔力なし』がどの面下げて……という気もするけれど。
こういう公の場所ほど肩身が狭いのよね。
ハッキリ言ってこの国では『魔法を使えねば人にあらず』ぐらいの空気があるんだけれど、その一方で公爵令嬢の肩書きを持つ私は、非常に周囲にとって扱いづらいのよ。
見下していいのか敬っていいのかわかりづらいから。
前世ではその立場を利用して『魔力なし』を侮ってくるヤツらを罠にハメて公爵令嬢の権力でギタギタの叩きのめしたものだけれど。
業の深さを自覚した今世では目立つことは極力せず、大抵こう言った催しの間は隅っこに下がって壁の花でいるわ。
私の気配殺しも堂に入ったものでこうしておけば変なのに絡まれることなく無難に過ごせる。
でも……今夜はやたらと視線を感じるわね?
しかも『魔力なし』に対する侮蔑的な視線じゃなく、好奇?……というか困惑的な感情も視線の中に混じってくる。
何なの? と思って周囲のヒソヒソばかしに耳をそばだてたら……。
「あの『魔力なし』令嬢に王太子殿下が懸想されているって?」
「陛下の反対を押し切り王太子妃に迎えるのだとか。そんなことになったら王族に『魔力なし』が列せられることに……」
「世も末だわ。その末に『魔力なし』のお世継ぎが生まれたらどうなってしまうの?」
「王国始まって以来の惨事だぞ?」
「顔は美しいのになあ……!」
……。
急に居心地悪くなってきた。
ちょっとバルコニーにでも出て夜風に当たってこようかしら?
そうやって出たお城のバルコニーで、あの人物に遭遇しようとは。
デスクローグ帝国のフリード皇太子。





