42 死に戻り令嬢、帝国の脅威を知る
私がヴィジョンで見た、私の前世の死後。
言い方にかなりのおかしさを感じたが、とにかく私の前の人生で、私が処刑されたあと、我が祖国スピリナルは滅び去った。
滅びの原因は、ヴィジョンの様子から察するに他国からの侵略。
精霊の試練によって私が王太子と結婚することなく死んだあと、あの国から魔法は失われた。
魔法だけを頼みにしていたこの国から魔法さえ消え去れば、この国を攻め滅ぼすなど大抵の国にとって朝飯前だろう。
それを実行した軍隊がヴィジョンには映っていた。
その軍隊が掲げていた旗と、今我が国を訪問しているデスクローグ帝国の掲げる旗は同じもの。
その共通が示すことは……。
前世でこの国を滅ぼしたのは、帝国……!?
今、我が国を訪ねてきたあの軍隊が、未来に我が国を滅ぼすというの?
一瞬信じがたいと思ったが、すぐに違う考えになった。
充分あり得るわ……!
予備知識にもあるようにデスクローグ帝国はそもそも侵略と併呑によって巨大化した戦争国家。
ここ最近は内政に力を入れて大人しかったが、いつ元来の戦闘本能を思い出し食らいついてくるかわからない。
そんな野獣のような帝国が、魔法を失い完全無防備となったスピリナル王国を目の前にしたら、たとえ眠っていた本能だって目覚めだすでしょう。
そして攻め滅ぼされたというの?
前世では?
「……どうしたエルトリーデ?」
ふと呼びかけられて、意識が現実に戻った。
考え事の末に気が遠くなってしまっていたわ。
それを心配そうに覗き込んでくるキストハルト様。
「心ここにあらずとはキミらしくないな。もしや体の具合でも悪いのか?」
「いえ、そういうことではないのですが……」
私を気遣ってくださるのかしら?
「ならばまさか、あの皇太子に見とれていたなどとは言わないよな? オレの方がずっとカッコいいぞ」
「やめてください」
そしてすぐ茶化すんだから。
……ともかく、あのヴィジョンが現実になるとしても、そのためには『スピリナル王国が魔法を失う』という条件をクリアしないといけない。
その未来さえ変えてしまえば、続く絶望の結末も回避できるはず。
だからこそ様々な解決方法を模索しているのよ。
そうよ、襲ってくるのがデスクローグ帝国とわかったのは却って好都合。
ここで彼らの手の内や考えを覗き見ることができれば対策を立てやすくなるわ。
「歓迎式典はここから、スピリナル王国側のデモンストレーションだな。魔法の素晴らしさを余所者に見せつけてやろうと、ご苦労なことだ」
キストハルト様は言う。
そうね。
この日のために選りすぐられた魔法騎士団が、それぞれ得意の魔法を放ち、威力と美しさを見せつける。
それを目の当たりにした客人たちは震え上がり、魔法王国への畏怖を新たにするだろう……という筋書きとのこと。
そう上手く行くかしらね。
式典会場中央にいる国王陛下が言う。
「さてまずは歓迎の意を込めて、我が国の誇る魔法騎士団の……」
「お待ちください」
それを制する皇太子。
一体何?
「スピリナル王よ、我々帝国はこたびの招待に心から感謝しております」
「う、うむ?」
「貴国は長きこと他国からの使者を迎えず、また国王自身他国へ遊説することもなく、ほとんど国交はないも同じ。それを門を広げ、我らとの交わりの機会を持ってくださったこと英断と存ずる」
「うむ! 精霊に愛された我々の神聖さを、少しは理解してもらおうと思ってなあ!」
ノリで適当なことを言っている。
今回セリーヌ嬢やキストハルト様の度重なる説得でやっと国賓を受け入れたというのに。
「その感謝を態度で示すため、まずは我らの方から見世物を披露いたしましょう。武骨なるもので恐縮ながら、雅なスピリナルの方々に目新しく映れば幸いかと」
そう言って皇太子、手を上げて挨拶すると、後ろに控えていた軍隊の中から幾人かが規則正しく整列して前に出る。
彼らは全員が、不思議なものを持って並んでいた。
黒くて長い、筒のような?
「スピリナル王国の方々は弩というものを御存じか?」
「いし、ゆみ……?」
国王陛下、意味がわからずポカンとしている。
「機械的機構を伴わせた弓矢のことで、威力射程距離が格段に向上している。攻城戦には特に威力を発揮し、敵側の矢が届かぬ距離から、城壁を飛び越えて敵兵を射殺すことができるのだ」
段々物騒な話に、式典の出席者たちが動揺し始める。
いきなり戦争だの城攻めだの言いだしたら、そりゃこんな友好ムード丸出しの式典には似つかわしくないけれど……!?
「しかし技術は日々進歩している。こたび帝国は、その弩を超える性能を持った武器の開発に成功した。これがその……銃だ」
皇太子の説明に、背後でかまえる兵士たちが一斉に反応する。
「かまえ!」
小隊長らしき人の号令と共に、兵士たちがあの謎の黒い筒をかまえる。
筒の後ろを頭に寄せて……あの緊迫の仕方は、まるで弓矢を引き絞るのに似ていた。
「この銃というものは、最近開発に成功した火薬というものを基礎に開発された武器だ。火をつけると猛烈な勢いで燃焼する薬で、その時に激しい空気の膨張も発生させる。その勢いでもって弾丸を撃ち出す道具なのだが……」
「放てぇーッ!!」
号令と共にパンッ、パパパパパパパンッッ!! と轟音が成り散らす。
あまりにも大きな音で若い令嬢たちの悲鳴が上がり、式典会場の観衆にも動揺が広がる。
遠く王城の窓越しから覗く私たちにすら大きな音として聞こえたのだから、すぐ近くにいる人には耳鳴りに残るほどだろう。
「……ああ、失礼。慣れぬ者には、この発砲音は驚かされるな」
飄々と言う皇太子。
今頃ではあるが、彼の朗々とした声はよく通り、どこにいようともちゃんと聞き取れる。
聞く者を引き込む王者の声。
「今は演習のため空に向けて放ったが、実戦では当然敵に向かって狙い定めて放つ。弾が届く距離は弩のそれを遥かに超え、もはや城郭による防護が無意味になるほどだろう、加えて……」
皇太子がさらに合図すると、今度はやたら大きくて重たげなものが出てきた。
黒い鉄の塊?
車輪がついて、数人の兵士たちに引っ張らせて……。
よく見ればそれは銃によく似ているが、それより遥かに大きくて太い。
「これも基本的に、先に紹介した銃と同じ類のものだ。“大砲”と名付けた」
「たい、ほう……!?」
「要するに、大きくした分より大きな砲弾を、より多くの火薬で派手に飛ばそうというシロモノだ。まだまだ試作品ゆえ数は少ないが、新しい友人となるスピリナル王国の人々を驚かせたいと思い持ってきた」
本当に驚くわね。
先に披露された銃の何倍の大きさ……? 威力がそれに比例するならいったいどれほどの……!?
「皇太子殿下! 試射標的の準備が整いました!」
「よし」
気づけばいつの間にか、広場の一角に何かが積み上がっていた。
レンガ造りの……!? レンガを何百も積み上げて作ったブロック!?
「珪石煉瓦で即興に作った疑似城壁だ。獣の時のように空へ向けて放っただけでは詰まらぬからな。この大砲の試射は、コイツに向けて撃ってみようではないか」
既に巨大な黒筒の口は、レンガの塊に向けられている。
「……放て」
皇太子の号令と共にすさまじい轟音が上がった。
さっきの銃の比じゃない。
そしてその轟音に肝を潰す暇もなく、さらなる轟音と共にレンガの塊が木っ端みじんに砕け散る。
たまげて上がった令嬢たちの悲鳴も掻き消える、凄まじい限りの爆音。
「跡形も残らない……!?」
大砲の威力は恐ろしいほどだった。
アレと同じ威力を生み出せる火炎魔法は、ない。
「ふむ、なかなか派手に弾け飛んだな。試射目標の厚さは、この国の城壁と同じ程度にしておいたのだが」
皇太子が言う。
その視線の奥には明らかに、獲物の狙うオオカミの獰猛さが輝いていた。
「いかがだろうか? 魔法を使えるスピリナル王国の方々には少々物足りぬかもしれぬが、これこそ我らデスクローグ帝国が培ってきた軍事力の先端。土産話の種にでもなれば幸いだ」





