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39 死に戻り令嬢、頼まれる

「……と、いうことがあったらしいわよ」


 シュバリエス辺境伯令嬢セリーヌ様から伝え聞く話に、私は気が遠くなった。


 話の内容は、キストハルト王太子がご両親たるスピリナル国王夫妻と繰り広げた口論と対立。

 今王室は、とある女性を迎え入れるか否かで空前の対立状態にあるのだそうな。


 その女性とは誰あろう、この私。

『魔力なし』令嬢エルトリーデ。


 そりゃ魔法第一主義で、魔力の強さこそを第一基準に選ぶ王太子妃に、魔法を使えない私を迎え入れるとなったら修羅場となるわよ。


 王城では現在、何としてでも息子を翻意させたい国王夫妻と、何としてでも我を通そうとする天才王子との間で一触即発。

 いやもう既に炸裂しているような状態だと。


 想像するだけで気が遠くなる。


「……私の療養中にそんなことになっていたなんて……!?」


 怪我を治していたんだからベッドから一歩も出られず、外の状況を知るすべがなかったの事実だけれど……。

 それでも私が渦中のこの事態。看病してくれたノーアなり治癒術師なり、見舞客なりから伝わってきてもいいはずなのに……。


 きっとキストハルト様が口止めされてたのね。

 今思えば意識不明の間に私を王城に運び込んだのも、ご自分のしようとすることに私の介入を防ぎたかったからでは?


「アナタが知れば、必ずや辞退していたでしょうからね」


 ティーカップを取りながらセリーヌ嬢が言う。


「ご両親から猛反対され、求婚相手にまで拒絶されたらさすがのキストハルト殿下だろうと八方塞がりですもの。きっとアナタの知らないうちに既成事実を作り、アナタが断れない状況まで追い込むつもりだったのでしょうね」

「だったらその目論見は失敗ですね。こうして私が起き上がれるようになった今も、膠着状態が続いているのですから」

「どうかしら? あの王太子様のことですもの。水面下で着々と事態を進めて、もうチェックメイトを指しているかもしれませんわよ?」


 う。

 本気でありそうで困る。


「ねえエルトリーデ様、どうしてそこまで王太子妃を拒みますの?」

「え?」

「王太子妃とは、未来の王妃。女の頂点ですわ。そこに座れるというのなら大抵の女性は喜ぶでしょう」

「そう思うとしたら想像力の不足です。王者と、それを支える者の義務の大きさを思えば、とても軽い気持ちで座れる場所ではありませんわ」

「それがわかっている者だからこそ権力を預けるに相応しい。少なくとも義務を果たせる実力者こそ栄冠に相応しいならば、それがアナタであることは揺るがぬ事実ではなくて?」

「私は相応しくありませんよ。少なくともこの国では」


 この国がもっとも尊ぶ魔法を持たない私では。


「話題が戻ってきましたわね。これでは堂々巡りですわ」

「能力を備えた者が相応しいのであればセリーヌ様。アナタにも充分にその資格がございますわ。家柄、美貌、知性……それに何より私にはないものをアナタは持っていらっしゃる」

「その言い方、僻みっぽくてよ。誰よりも高潔で美しいアナタには似つかわしくないわね」


 ……何よ、事実ならばしょうがないじゃない。


「でも……そうね、どうしてもアナタが賜るべきものを私に押し付けたいのなら、一つ私の願いを聞いてくれないかしら?」

「お願い?」

「実現させたい催しがあるの。非常に政治色の強い催しなので、私だけだとどう進めていいやら。……賢いとは言われても所詮私が覚えているのは茶会のマナー程度のものだし」

「それに私の手を借りたいと?」


 私にお願いがあるって言ってこの話題を出すんだから、つまりそういうことよね?


「ええ、だってアナタは王都の設備をいいものにしたり、怪しげなお薬を無力化したり、普通の令嬢が知る由もないことでもたくさんご存じじゃないですか。御令嬢というよりは、まるで辣腕の官僚といったところね。それでいて淑女の振舞いも完璧なのだから頭が下がりますわ」

「私は、まあ……。知識のつまみ食いが好きと言いますか……」


 雑食なのよ雑食。


 それよりも……政治的な催しね。

 その開催に協力することでセリーヌ嬢に借りができて、王太子妃となることに前向きになってくれるなら吝かでもないけれど。


「どのような催しか、具体的に伺っても?」

「国賓をお迎えしたいの」


 国賓。

 つまり国を挙げて歓待すべき重大なお客様。

 ってことは当然他国からやって来るお客様で、セリーヌ嬢は誰かをこの国にお呼びしたいのね。

 その他国の御方とは……。


「もしや……デスクローグ帝国ですか?」

「あら、よくおわかりになりましたわね」


 それは、まあ……。

 だってセリーヌ嬢のご実家であるシュバリエス辺境伯領は“辺境”なだけあって領土と国境が重なっている。

 他国と境界を接している。


 セリーヌ嬢の領が国境越しに接している隣国こそデスクローグ帝国。

 距離的にももっとも近い隣国であれば、セリーヌ嬢が招きたがっている相手である可能性は非常に高い。


「エルトリーデ様もご存じのことでしょうが、我が国は滅多に他国から客人を迎えません。その一番の理由は、やはり魔法にあるのですが……」

「そうですね」


 基本私たちの国は、魔法が使えるということで使えない他国を圧倒的に見下しているので評判が悪い。

 自分らを侮蔑してくる相手をどうして好きになれようか。


 そんなわけで我らがスピリナル王国は、周辺各国からハブにされているのが基本状態。

 他国から客を迎えることもなければ、こちらから訪問することもごくまれ。


 現陛下の代になられてからは、特に機会が希少になっていたはずだわ。

 それだけ今の陛下が魔法第一の選民思想家だってことでもあるけれど……。


「もし国賓の招待が現実のものとなったら、数十年ぶりの快挙となりますわね」

「そうでしょう? そんな大それたこと、いかに貴族とはいえただの一令嬢にすぎない私にはどうにもなりませんわ」

「私もただの一令嬢にすぎないんですが?」

「オホホ、素敵なご冗談ですこと」


 ギャグじゃないですが?

 私のこと陰の実力者みたいに扱うのやめてくれない?


「それで、アナタ自身ではどうにもならないことも私ならできると思っていらっしゃって?」

「もちろん助けていただければ、ご恩は決して忘れませんわ」


 ……。

 私は改めて考え込んだ、投げかけられた提案について。


 これはセリーヌ嬢に借りを作る以上にメリットの大きなことかもしれないと。


 そう思うのは、国賓招待の政治的意味合いの強さからだわ。


 もしこれが極めて成功裏に終わって、他国との友好を強くできたら政治的成果は上々。

 主導した者の名声はうなぎ上りとなる。


 この場合、賞賛の的になるのは言い出しっぺのセリーヌ嬢。


 この国に大変な益をもたらしたと大評判になることだろう。

 評判が上がれば、それだけ王太子妃に……という声も強くなる。


 現段階、王太子妃選びにおいて魔法に関する素養はほぼ測り終えたと言っていい。

 第一審査で魔力の強さ、第二審査で魔力の扱い方。


 これらを精査し終えた今、勝ち残った令嬢たちはほぼ全員王太子妃になれるだけの魔法資質を備えている。

 第三審査からはそれ以外の……家柄や美醜などの基準でより王太子妃に相応しい者が厳選されるはずだった。


 そんな状況でセリーヌ嬢が政治的成果を……それも一際大きな成果を上げたらどうなるかしら?


 やはり『セリーヌ嬢こそ王太子妃に!』という声が大きくならないかしら!?


 それこそ私の望むところ。

 よし、考えはまとまったわね。


「わかりましたセリーヌ様、このエルデンヴァルク公爵令嬢エルトリーデ。アナタに陰ながら協力させていただきますわ」


 陰ながら……!

 ……ね!


「まあ嬉しい! エルトリーデ様が助けてくだされるなら百人力ですわ!」


 その喜び方は大袈裟な……!


 とにかくこれから私が目指すべきはセリーヌ嬢とキストハルト殿下をくっつけること。

 国家安泰、臣民安息のため。


 セリーヌ様が主催する国賓招待を必ず実現、成功させてみせるわ!!


 ……。

 でも何故セリーヌ嬢は、国賓などを呼ぼうとしているの?


 ただの思い付きでもなさそうだけれど。


 聞いて素直に答えてくれる雰囲気でもないのよね。


 相手だって一筋縄ではいかない。

 仮にも私は、前世でこの人に敗北して処刑されたんだから。


 もっとも王太子妃になる可能性の高い彼女を邪魔に思い、暗殺しようとして逆に罪を暴かれた。


 返り討ちにあったとはいえ私は彼女の命を狙ったのだから、その償いのためにも協力を惜しんではいけないわ。


 彼女の思惑が読めないことは一旦横に置いておいて……。

 目指せ、王太子妃セリーヌよ!!

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