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03 死に戻り令嬢、愛されることを知る

 修道院に入る。


 そう決めたその日のうちに私は馬車に乗り込もうとしていた。

 決めたからには早い方がいい。


「何もこんな急に……!?」


 お父様は戸惑い気な表情で玄関前に出ていた。


 見送りしていただけるのはありがたい。このまま修道院に入れば今生の別れとなるだろうから、別れを惜しんでもらえるのね。


 玄関先にはお母様も出ていた。

 さっき部屋には訪れなかったけれど朝食の時間だったらしいから、食堂で待ってくれていたのだろうか?


「修道院に入るにしても、もっと準備に時間をかけてもいいのではないか? 子どものお前は知らないだろうが貴族令嬢を受け入れる修道院にもランクというものがある」


 知っていますわ。

 今の私は、見た目は子どもでも既に色々体験しているのですから。


 貴族令嬢の受け入れを主目的とするような修道院は一般のものと違い、豪勢な造りとなっている。そこに入った貴族の娘たちが何不自由なく過ごせるように。

 そうした施設の維持のために莫大な寄付金が必要で、当然そうしたお金は修道院に入った貴族令嬢の親たちから支払われる。


 私もそうした“特別な”修道院に入るためには、それ相応の寄付金を用意しておかなくてはならないということだ。


 世間知らずな娘は、そんなこともわからない……と思っているのだろう。


「わかっております、貴族用の修道院に入るにはそれそなりの根回しや資金が必要となるということでしょう?」

「わかっていながら……!?」

「ですが、私はお父様やお母様にもう随分ご迷惑をかけてしまいました。これ以上無駄な出費を強いて、迷惑の駆け重ねをするわけにはいきません」

「何をそんな!? ならばどうするというのだ!?」


 後ろの方で沈黙を守るばかりのお母様、最後の会話はお父様とばかり交わすことになった。


「貴族用でもない、ただの一般的な修道院に入ろうと思っています。そこなら寄付金も必要ありません。神にお仕えしようという敬虔な心さえあれば迎えてもらえます」

「バカな!」


 悲鳴を上げるようにお父様は言う。


「エルトよ……、誰がお前に吹き込んだ? たしかに貴族用の修道院などは名ばかりのものだ。贅を凝らしてわがまま放題の貴族娘を囲い込んでおくような一種の隔離施設だ。本当の、神に信奉を捧げるための修道院はわけが違う」

「そうですね、厳しい戒律によって縛られ、生きるためのあらゆる作業を自分で行わなければなりません。豪奢は悪徳とされ貧しい暮らしをしなければならず、公爵令嬢として甘やかされた私には辛い環境となるでしょう」

「すべて承知の上だというのか?」


 その通り。

 でも、どんなにつらく貧しい暮らしが待っていたとしても、ここに留まるのと大して違いはないと思うの。


 魔法の使えない貴族令嬢のまま、誰からも侮られ蔑まれ、その屈辱に耐えて生きていくことと。

 そして必死になって耐えた先には何もないということを私はもう知っていた。


 報われることのない忍耐を再び繰り返すよりは、厳しく貧しいながらも信仰に安らぎを求めて暮らしていく方が、私にはまだ希望を見出すことができた。


 いまだにどういうことか説明がつかないこの二度目の人生。

 もし神様が与えたくれたものであれば、それに感謝してい生きていくのが相応しいとも思えた。


「だから私は神様の下へまいります。お父様お母様、出来損ないの私を今まで家に置いてくれてありがとうございました」

「そのような言い方は……!」

「事実ですので」


 前世の私なら、そのようなことはけっして口にはしなかった。


 事実として知っていたが頑なに認めたくなかった。認めてしまえば自分自身を否定することになってしまう。

 それが今になってすんなりと受け入れられるのは、一度死んだからなのだろうか。


 あるいは償いたいのかもしれない。

 前世では王太子妃となるためにたくさんの人を傷つけてきた。その罪を悔いるのに修道院は打ってつけの場所なのかもしれない。


「最後の甘えとして修道院への道のりまで馬車をお借りいたします。どうかこれからは心やすらかにお過ごしください」


 私は踵を返し、馬車の入り口に足をかける。

 その刹那、背後からグイと引き寄せられた。


「ダメです!!」

「お母様?」


 お母様が私のことを搔き抱いてきた。

 お陰で身動きが取れず、馬車に乗ることもできない。


 今までずっと無言だったのに、どうしていきなり?


「エルトは私の娘です! 誰が何と言おうと私の娘です! 手放すなんて絶対にしません!!」


 そう子どものように泣いて、誰にも渡さぬとばかりに私のことを抱きしめる。


 こんな激しいお母様を一度も見たことがなくて私は困惑した。


 ……もしかして前世の処刑前夜、面会にお父様だけが来てお母様の姿がなかったのは……。

 今のように激しく泣いて、どうにもならなかったから?


「お前に魔力がないとわかった時も泣いたものだ。『自分の娘だ』『どこにもやりはしない』と」


 お父様が苦しげに言った。


「お前はまだ物心ついていなかったので覚えていないだろう。貴族でありながら魔力がないなど前代未聞。人知れぬうちに里子に出すか、それとも殺すか。お家第一に考えればそれがもっとも無難なことは誰でも思いつくことだ」


 たしかに。

 お母さまだってすぐさまその考えに至って、だから抵抗した。


 私も以前から薄々疑問に思っていた。

『魔力なし』という、この国の貴族としてはあり得ない私を勘当もせず、家に置き続けてくれたのは何故だろうか、と。


「……私は、お前の育て方を間違えたのかもしれぬ」


 お父様は言った。

 それは前世で最後に聞いたお父様の言葉と同じ。


「エルトの頑張りがあまりに痛ましすぎて、ヘタな言葉をかけることが憚られた。お前は本当に頑張る娘だ。自分が何をすべきか常に探して、見つければそこへ向かうことに躊躇がない。あまりにも懸命に駆け出してしまう」

「そんなことは……」


『ない』と言いかけて口を噤んでしまった。

 王太子妃になることが私が貴族であることを立証する唯一の道だと思い詰め、そのあまり暴走して多くの人を傷つけ、ついには自分の身まで滅ぼしてしまった。


 あれを突っ走りすぎと言われたら反論できない。


「我々はもっとお前と言葉を交わすべきだった。お前は今も自分だけで勝手に結論を出して我々の手から離れようとしている。お前はもっと親に相談すべきだ。お前はまだ子どもなのだから」

「はい」

「お前が魔法の勉強をやめると言った時、私が言いかけたことの続きを話そう」


 そう言ってお父様は膝を折って、私と同じ高さまで視線を下げる。


「領地へ帰らないか?」

「領地へ?」

「そう、ここ王都から我らエルデンヴァルク家が王家よりいただいた自領にな。王都には数多くの貴族たちが住んでいる。そんな中だから魔法の使えないお前のことは目立つし、心無い噂話の的にもなる。しかし王都から一歩でも出てしまえば、いるのはほとんど平民だ。魔法を使えるのは貴族だけ。魔法からは縁遠い平民から見れば、お前のこともそう大して珍しくはない」


 私たちが今住んでいるのは王都。


 前世での私は一生をほぼ王都から一歩も出ずに過ごした。


 貴族であれば王都に住むのが当然と思っていたし、だからこそ魔力のない私が王都に住むことすら辞めてしまったら完全に貴族でなくなると思っていた。


「本当はもっと早く自領に引っこむべきだったのかもしれん。しかしいつかお前が後天的に魔力を得るかもしれないという望みに引かれてズルズルと居残ってしまった。そうこうしているうちにお前も物心つくようになり、お前自身魔力を得ることに懸命になっていった」


 それでお父様たちは何も言えなくなってしまったのね。

 私の気持ちを汲み取って。


 言われてみれば国民のほとんどは平民で、ということは国民のほとんどは魔法が使えない。


 それでも首都というシステム上、私たちが今住んでいる王都には多くの貴族が集まって社交も活発に行われている。


 だからこそ私のような異常の存在が好奇の的になる。


「もちろんエルト一人を領地に追いやりはしない。私も母さんも一緒に行こう。家族は一緒にいるものだ。だからお前を修道院になどやりはしない」

「でもそうしたら……、お父様の王都でのお仕事が……?」

「領地の運営も立派な貴族の仕事だ。そちらに注力したところで文句を言われる筋合いはない。特に今は、私自身お城でこれといった役職ももってないしな」


 まさかお父様は……。

 いつでも私を連れて領地へ戻れるように無役でいたということ?


 貴族の中には高い官職を得るために、自分の娘を政略結婚させる人だっているというのに。


「どんな理由があろうと……子を捨てる親がおろうか」


 バカね私って……。

 前世ではそんなことにも気づかずに、ただ一人で突っ走って。


 自分が愛されていることに気づかなかった。


 もっと色んな人の話を聞けばよかったわ。

 前世の私もそうしていたら、あんなバカな暴走をせずに済んだだろうに。


 いいえ、時間は戻った。

 前世で私に傷つけられた多くの人々も、その事実自体が消え去り、人生をやり直そうとしているはず。


 その人たちが無事幸せな人生を送れるように祈ることが、時間が戻った意義ではないのだろうか。

 魔力もないのに王太子妃を目指そうとした愚かな娘ができる精一杯が、それ。


「わかりましたお父様、お母様。私、領地へ行きますわ」


 こうして私の人生は一度目から見て大きく様相を変え始めた。

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