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37 死に戻り令嬢、天敵と対峙する

 それから幾日か経って、ようやく私の身体も全快した。


 実際のところ私の負った怪我は、魔法の本威力によるものではなく余波による打撲であったため、そこまで重傷でもない。

 二週間もすれば痛みも消えて、まったくの本調子。


 治癒術師による回復魔法のおかげでもあるけれど。


「さあ、治ったからにはテキパキ動くわよ! 動けなかった分の遅れを取り戻さないと!」


 大きな目標を達成するには日々のたゆまぬ積み重ねが不可欠。


 一日の停滞が十日の遅れに繋がる……という言葉もあるし、これまでの遅れを取り戻すためにもいつもの倍の速さで動かなきゃ!


「ノーア、セリーヌ嬢への面会、打診は打っておいた!?」

「は、はい、約束は取り付けてありますが……!?」


 さすが我が侍女、働きは万全ね。


 寝ている間に固まった、これからの行動方針。

 キストハルト王太子殿下とセリーヌ辺境伯令嬢を結婚させ、新しい国づくりに邁進してもらう。


 その足掛かりとしてもまず本人にお目通りしなきゃ話にならない。


 というわけですぐさまいくわよセリーヌ嬢の下へ!!



 セリーヌ嬢の実家たるシュバリエス辺境伯家も、主君たる国王陛下へ参上する際のため王都に上屋敷を持っている。


 セリーヌ嬢本人も普段は領地にて過ごされているところへ、王太子妃選びの召集を受けて上京……上屋敷に滞在中とのこと。


「その辺は私とほぼ同じねえ」


 身分的にも公爵令嬢である私とほぼ同等といえる、初めての相手。

 これまで対してきたアデリーナ嬢やファンソワーズ嬢とはまた色んな意味で別格のお人だから、注意して掛からないと。


 ……。

 いや、何考えているの。

 私は彼女に支援を申し込みに行くのよ! 敵対するわけじゃないんだから注意なんて必要なし!

 あくまで友好を前面に打ち出していかないと!


 相手のお屋敷に着き、メイドの案内で向かった先に問題の御方が待ち受けていらしたわ。


 辺境伯令嬢セリーヌ・シュバリエス。


 軽やかさを連想させる薄色の金髪。だけど安っぽさはまったくない貴種としての風格が窺えるわ。

 今まで対してきたアデリーナ嬢やファンソワーズ嬢に比べても細身で、その分磨き上げられた無駄のない洗練さも伺える。


 先に私たちを待ち受けて紅茶を嗜む姿は、静かであると同時に近寄りがたい神聖さをも醸し出していた。


「……隙がないわね」


 さすが武門でもあるシュバリエス家のご息女とでも言うべきか。

 武術でも心得があるようで、茶会の席だというのに空気が張り詰め、威圧されそうだった。


「ようこそおいでくださいましたエルトリーデ公爵令嬢、歓迎いたしますわ」

「こちらこそ突然押しかまして。訪問を受け入れていただき心より感謝いたしますセリーヌ辺境伯令嬢」


 促されて椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合う。

 私の前にもカップが置かれ、中へ紅色の熱い液体が注がれる。


 これで対話の形は整ったわね。


「まずは快気祝いを申し上げますわ。随分寝込まれていたようで、無事回復されて何よりです」


 私の怪我のことは知っていたか。


 当然よね、私が負傷した『グレムリンの森』の現場に彼女もいたんだから。

 本来アレは王太子妃選びの第二審査。

 王太子妃候補の大本命である彼女も参加していないわけがない。


「不覚を取りまして、お恥ずかしいばかりです」

「何を仰います。アナタが傷を負われたのは、いたいけなご令嬢を庇っての名誉の負傷。それにあの日行われた陰謀にいち早く気づき、対策を打って被害を最小限に収めたことも伝わっております」

「そ、そうですか……!?」


 思ったより広く伝わっているのね。


 それでも、それらの事柄をセリーヌ嬢が称賛風に話されることに違和感があったわ。


 私ってば大抵は『魔力なし』として初対面の相手にはまず侮られるのよね。

 公爵令嬢って肩書きのお陰で黙らせられる相手もいるけど、そういうヤツも内心では嘲って見下してくる。


 ここ王都の貴族層では特にそういうヤツとの遭遇率が三百パーセントってところなのに。

 このセリーヌ辺境伯令嬢からは、侮りとか嘲りといった感情の一切を感じない。

 最初から高貴なまま。


 ……好感をもっていいのかしら?


「キストハルト殿下もとりわけアナタに気を割いているご様子ね。一部の人は認めたがらないけど、もはや王太子妃はアナタで決まりと私は思っています」

「今日の訪問の用件なのですが」


 相手の話を遮って切り出す。

 私にとっては悪い話の流れだし、強引にでも進めないと。


「まさに今仰られた次期王太子妃。私はアナタこそが相応しいと思っております」

「まあ」

「引いてはこの私個人のみに留まらず、我がエルデンヴァルク公爵家の総力を挙げてセリーヌ様の王太子妃就任を支援したく思います。どうかこの提案を受け入れていただけませんか」

「アナタご自身だけでなく公爵家全体が? ご実家に図らずそのようなことを仰られてよいのですか?」

「王都ではすべておいて私の判断に委ねる。出立の際にそう父から言付かっています」

「まあ、凄い」


 セリーヌ嬢はクスクスと笑いだす。

 その笑みに嫌味な印象はなく、やはり徹底して気品に満ち溢れている。


「私はこの王都へ発つ時、そんな許しを父から得られませんでしたわ。判断に困ったことがあれば魔法を使って、判断を仰げと」


 風属性の山彦の法や、水属性の水鏡の法など遠地と交信できる魔法はいくつかある。

 そんな便利な方法があるなら、そりゃこまめに連絡を取らせたがるでしょうね。


「アナタのお父様は、そのようなまどろっこしいことをしない。よほどの親バカか、アナタの判断力に信頼を置いているのか、どちらでしょうかね?」

「親バカ具合にかけてなら我が父は国一番を狙えますわよ」

「英邁さもね。我が国きっての俊才と謳われるエルデンヴァルク公が肉親の情に判断を狂わせるとは思えません。きっと真実アナタが有能であるから公はアナタに全権を任されたのでしょう」


 正面きって言われるとどうも……。

 実際そのお陰でサザンランダ地区の再開発や、『フェアリー・パニック』の中和剤作りで迅速に動けたんだから、お父様には感謝しかないのだけれど。


「私もまた辺境伯令嬢として厳しく育てられました。それでも身に着いたことは夜会での振舞い方とか、相手をその気にさせる微笑み方とかといったもの。……アナタのような実用的な知識や技術は備えておりません」

「……」

「そしてキストハルト様を傍らでお支えするのに、どちらの能力が有効か……。比べるまでもありませんわ」

「この国にはもう一つ、王妃に必要不可欠な能力がありますでしょう?」


 そう、魔法。

 世界で唯一魔法を扱えるスピリナル王国であるからこそ、その頂点には最高の魔法使いが君臨しなければならない。


 だからこそ今こうして大規模な王太子妃選びが行われ、身分に関わりなく魔力の高い令嬢が選び出される。


「魔法の使えない私は、何があろうと王太子妃に選出はされません。可能性があるのは知性、家柄、美貌、人格、そして魔力……すべてが備わったセリーヌ様、アナタを置いて他にありませんわ」

「本当に、バカばかりね王都は」


 ……。

 は?


 しまった、あまりに予想だにしない言葉が出てきてしまったので思考が停止してしまった。

 今セリーヌ嬢から、罵倒?……罵倒と言ってもいい語彙が出てこなかった?

 あ、空耳!?


「アナタもそう思いませんかエルトリーデ様? 王都でふんぞり返っているノータリン貴族ども。アイツら全員バカばかりだと」

「あの、その……!?」

「あらゴメンなさい。ついついお里言葉が出てしまいましたわ」


 セリーヌ嬢はクスクス笑ってから、口を洗い流すようにお茶を飲む。


「私の育ったシュバリエス辺境伯領は、土地柄もあって民の気質が荒っぽいの。国境を越えてくるのは悪いものも多いから。難民や盗賊……時には侵略の軍隊。叩き追い返すのに上品ぶってはいられませんので」

「はあ……!?」

「それで、エルトリーデ様もバカとは思いませんか? 魔法だけに価値を見出し、それ以外はゴミだとばかりにふんぞり返る中央の貴族どもを?」

「あえてコメントは控えさせていただきます……!」

「用心深い御方。やはりアナタには高貴な立場が相応しいわ」


 いや驚いた。

 セリーヌ嬢にこんな荒っぽい一面があったなんて。


 思えば前世ではほとんど接点もなく会話もしなかったのよね。

 人となりも詳しく知らず、ただ目の敵にして暗殺まで企てた……かつての私。


「私は思うのです。この国は魔法ばかりを有難がっている。たしかに魔法が使えるのは我がスピリナル王国だけ。そのことに優越感を覚え、見下すばかりで外から学ぼうとしなければ、常に移り変わりゆく世の流れから取り残されるのみ。見下しているつもりで見下されているなんて、もう既に起こっていそうではありませんか?」

「そうです! その通りです!」


 その状況を是正するためにもセリーヌ様に王太子妃となってもらい、開明的なキストハルト様の手助けをしていただきたいと思っていたの。


 まさに思惑通りの考えをセリーヌ嬢が持っていて、我が意を得たりだわ!


「うふふ、やはりエルトリーデ様も同じ考えをもっていらしたのね。エルデンヴァルク公爵領には大きな港町があると聞きましたので、きっと外の状況をよく知り、私と考えを同じくしてくれると思っていたのです」

「まさしくそうですわ!」

「ならばやはり、エルトリーデ様が王太子妃となるべきですわね」


 ええー?


「だって中央貴族どもの魔法第一主義を一掃するには、魔法を持たないエルトリーデ様が王太子妃に選ばれるのがもっとも効果的ではないですか。我が国はもう魔法だけに頼らない、そのことを率直に伝える手段ですわ」

「それは……そうかもですが……!?」

「それに肝心のキストハルト殿下がアナタ様を欲している。一番大事なところはそこではないでしょうか。誰にも知られていないと思ったら大間違いですわよ?」


 なッ、何のことでしょう?


「殿下がアナタの下まで訪ねて求婚したということ。むしろ城中はその噂でもちきりですわよ。知らない人はいないんじゃないかしら?」

「そんなッ!?」

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