34 死に戻り令嬢、自分の役割を知る
「戯れはおやめくださいッ!!」
思わず大声で怒鳴り散らしてしまった。
そしてその瞬間に報いが訪れる。大声の反動で全身がビキビキ痛んだ。
「あこッ……!?」
「動いてはダメだ。命に係わらなくてもキミが重傷であることは変わりない。治療師の見立てでは、まだしばらく安静が必要なだそうだ」
急に動揺させることを言ったのはアナタでしょうに……!
体中がガタガタに痛むわ。
まあ、『攻撃魔法の直撃受けて死んでないとおかしい』という触れ込み通りならむしろ、これくらいの痛みでマシなのかもしれないけれど。
「殿下……正道を見誤ってはいけません」
それでも痛みに耐えて言う。
「他国はいざ知らず、このスピリナル王国において王者とは、もっとも魔法に優れた者という意味を兼ねなければいけません。王と並び立つ妃も同様。その数百年と続いてきた伝統を蔑ろにしては、国家の規範そのものが揺らぎかねません……!!」
「だから魔力を持たないキミは王妃に相応しくないと?」
キストハルト殿下が真っ直ぐ見つめ返してくる。
「何度でも言おう、魔力の優劣などより王者に必要な能力はいくらでもある。キミは王を支える女性として必要なものをすべて備えている。王妃として、あってもいいがなくてもいい、魔力を備えていないだけだ」
「ですが……」
「『魔力なし』などというくだらない理由でキミを否定する、そんな連中が生きていけなくなるようにこの国を変えていきたい。そのためにキミが必要だ。オレのために、この国のために、そしてキミ自身のために……オレに愛されてはくれないか?」
どうしよう、声が出てこない。
お諫めしなければ、臣下として主君の暴走を止めなければ。
『私ごときよりも、殿下の妃に相応しい女性はたくさんおります』と言わなきゃならないのに。
喉から空気が失われてしまったかのように声が消失してしまっている。
かつてこの新しい生を得る前に、死ぬほど恋焦がれた言葉を現実で聞くことができた。
そのことが想像以上に私を揺さぶっている……!!
「……」
私の無言が長く続き、キストハルト殿下は根負けしたようにつぶやいた。
「事を急ぎすぎたようだ。ついさっきまで意識不明なのに、起き抜けに、このような即答に困る申し出をしてすまない」
「あの……ッ!?」
「返事は急がない。体を治しながらゆっくり考えてくれ。だが必ず答えはほしい。そして『はい』以外は受け付けない」
王子が、握っていた私の手をベッドの中に戻しながら言う。
「オレにも王太子としてのプライドがある。一度決めからには必ずキミのことを手に入れてみせる。キミは余計なことなど考えず、早くオレのことを受け入れる心の準備をしておくんだ」
別れの挨拶とでも言うかのように、頬に口づけ。
それだけで顔中が赤く茹で上がるのがわかった。心臓が早鐘を打つ。
『ヒューヒュー!』
『いろおとこ! やさおとこ! やまおとこー!』
頬へのキスに反応するかのようにグレムリンたちが囃し立てる。
「お前たち、まだいたのか。エルトリーデにはこれから静かな休息が必要なのだ。騒ぐぐらいなら自分たちの森へ帰れ」
『はぁー? 失礼ぶっこくなー』
キストハルト殿下とグレムリンたちの会話はやや険悪。
一国の王子にひるまないグレムリンたちもさすが悪妖精という感じだけれど。
「……グレムリンか。お前たちも考えてみれば不可思議な妖精だ」
独り言のように殿下が言う。
「妖精は、精霊たちの下位眷属と言われている。地水火風と光、いずれかの精霊に従い、精霊力を自然に伝える媒介となっているのが妖精たち。それゆえに妖精たちは自分が従うべき主君の精霊がしっかりときまっているとか」
シルフは風の精霊に従い、ノームは土の精霊に従うと。
私もそんな話を聞いたことがあるわ。
「しかしお前たちグレムリンには、主たる精霊が誰なのかハッキリしていない。それもお前たちが異質な妖精として忌まれる理由の一つ。……まあ、エルトリーデのことを慕っているというなら大目に見てやろう。くれぐれも騒ぐなよ」
『しねあほー』
退室していくキストハルト殿下。
部屋に私とグレムリンたちだけになった時、殿下の去り際の言葉が妙に引っかかった。
「……ねえ、アナタたちの主になる精霊って……?」
『闇の精霊様だよー』
思った通りの答えにむしろ怯んだ。
まるでさっきまで見ていた夢が、やっぱりただの夢じゃなかったんだと裏付けされているようで。
『闇の精霊様は、自分のことが知られるのが嫌いなんだー』
『だからオレたちも黙ってるんだぜー。いくらオレたちでも闇の精霊様には逆らえねー』
『闇の精霊様は、精霊王だからなー』
自由奔放なグレムリンたちまでこんなに素直に従っているなんて……!?
「黙っているって……、私には話しているじゃない?」
今、まさに。
『えー? だってねーちゃんは闇の精霊様に愛されてるだろー?』
『だったら喋ってもいーじゃん?』
『闇のいとし子のねーちゃんと、闇の眷属であるオレたちじゃ、きょーだいみてーなもんだからなー』
よくわからないけれどそう言うことらしい。
闇の精霊……精霊王。
そんな存在が本当にいて、私に何かさせようとしている。
私がスピリナル貴族でありながら魔法が使えないこと。一度目の人生で失敗し時間が撒き戻ったことにも、その闇の精霊が関与している。
夢の中で精霊は言った。
私は、魔法を使う人間たちに与えられた試練なのだと。
前世では私含めたこの国の人間たちは、試練を乗り越えられず結局魔法を取り上げられてしまった。
そして滅びた。
この『死に戻り』はたった一度だけ与えられたチャンス。
人が傲慢なままならば、再びあの結末に辿りつくんだろう。
避けるには、精霊が課したという試練を今度こそクリアするしかない。
肝心の試練の内容を、精霊はまったく明言していかなかったけど。
……いや、わかっている。
明確な言葉にはしなかったけれど、私はもう何をすべきかわかっている。
あの夢で伝わってしまった。
「……私がキストハルト殿下と結ばれれば精霊は、私たちから魔法を取り上げないのね?」
『ん? そだよー』
簡単に答えるグレムリン。
『闇と光は一緒にならないとなー』
『光があることで闇は深まるんだぞー』
『二つで一つ。それが光と闇だー』
闇の精霊は言った。
『光の御子に愛されることで、闇のいとし子は魔法を使えるようになる』と。
光の御子とは推測するまでもなくキストハルト殿下のこと。
光属性の魔法を得意とするのももちろん、あの御方以上に輝く男性は他にいない。
この国でもっとも高貴、そして美しく能力もある男性。
そんなキストハルト殿下に、魔法の使えない女が愛されるはずもないだろうに。
だから試練になるのか。
王太子の結婚は、国民全員の祝福を受けなければいけない。
だからこそこの国の人々が、傲慢になっていないかを試験する絶好の機会となるんだろう。
魔法の使えない女を見下す限り、王都の結婚など到底認めるはずがないんだから。
そして前世では、見事その試験に落第した。
人の傲慢以外にも原因はあった気がするけれど。
今世でも私がキストハルト殿下の手を取らない限り同じことが起こる。
だから私も殿下の愛を受け取らなければならない。
この国のために?
前世では、認められるため悪逆非道の限りを尽くしたこの私が、どの面下げて?
いまだ痛みのやまぬ体を横たえ、休息を取ろうとするも、一向に心は休まなかった。
◆
後日。
まだまだベッドから起き上がれない私へ見舞客が訪れた。
ファンソワーズ侯爵令嬢。
いつも烈火のごとき激しさを秘めた令嬢だったが、さすがに怪我人への見舞いの席では大人しかった。
「礼を言いに来たのよ。助けられておいて何も言わないでは私のプライドが許されないから」
「何かしましたっけ?」
「アナタの! そういうところが!!」
来て早々怒鳴り散らすなんて怪我人をいたわる気持ちがあるのかしら?
とはいえ自分も大概悪い気がするので追求せずにおくわ。
「アナタが怪我したのは何故よ? 私をかばったからでしょう!? 怪我のショックで忘れちゃったの!?」
「ああ、そういやそうでしたっけ忘れてたわ」
「アナタ本当に……!?」
まだ何か言いたそうなファンソワーズ嬢だったけど、何かに押しとどめられるように口を噤んだ。
落ち着いてきたようだから、今のうちにノーアにお茶を入れてもらいましょう。
「ごめんなさい、私も自分の怪我にかかりきりで気が回っていなかったの。でもアナタが無事で、体を張った甲斐があったわ」
「誰もそんなこと頼んでいないわ! 力ある魔法使いの令嬢が、最弱の『魔力なし』に救われたなんて、こんな恥ずかしいことがありますか! 余計なお世話だったのよ!」
フフ、アナタならそう言うと思ったわよ。
感謝されないとわかっていても、つい身体が動いてしまった。
前世でアナタにしてしまった過ちを償うために、我が身を投げ出してまで守る。
結局、自分のためでしかないのよね。
だからたしかにお礼を言う必要もないのよ。
アナタの言っていることは正しいわ。
「でも……ありがとう」
「え?」
「ありがとうって言ったのよ! アナタが善意で助けてくれたんなら、その善意に対してぐらい感謝しなきゃ私が人でなしすぎるじゃない!!」





