33 死に戻り令嬢、覚醒する
「……はッ!?」
私は……エルデンヴァルク公爵令嬢エルトリーデ。
よし、記憶に間違いはないわね。
目覚めたらベッドに横たわっていた。
そして目覚めた瞬間全身を痛みが襲った。
いたたたたたたたたたたたた……!?
骨が軋むようだわ!
おかげでもう夢の中じゃないってことが実感できた。何よりも。
『痛みは生きてる証拠』とか適当に抜かすヤツをぶん殴ってやりやくなる瞬間だわ。
そしてここは……!?
「お嬢様! お嬢様お目覚めですか!?」
枕元から響く涙交じりの声。
メイド服の女性は……ノーア?
「ノーア、なのね? 私は……」
「動かないでください! お嬢様は大怪我をなさったのですよ!……グレムリンの森で、攻撃魔法の直撃を受けて……全身を激しく打ったのです!」
「ええ、覚えているわ……」
ああノーア、こんなにやつれた顔をして。
随分心配させてしまったわね。
「お嬢様は、丸一日眠ってらっしゃったのですよ……! このまま目覚めないかと本当に心配で……!」
「気を揉ませたわね。ごめんなさいノーア」
「いいんです、お嬢様が目覚めてくれたなら……! あッ、そうだわ! 誰か! お嬢様の……エルトリーデ様の意識が回復されましたわーッ!!」
あッ。
ノーアったら部屋から飛び出して行ってしまったわ。まだ聞きたいことがあったのに、いつもながらそそっかしいわね。
引き留めようと手を伸ばしかけたが……ダメだわ、痛みでピクリとも動かない。
とりあえず、魔法で吹っ飛ばされたことは夢じゃなかったようね。
あそこからまるっと夢でも問題なかったんだけど。
夢もまたズッシリ重いものを見せられたし……。
何だったのかしらアレ?
蹂躙された王都のヴィジョン。精霊からの試練、精霊の中の精霊に愛された娘……私。
内容まるっと覚えているのが不気味すぎるわ。
『ただの夢じゃありませんでしたよ』と無言の圧を押されているようで。
とりあえず考えることはたくさんあるけれど……。
夢の中で伝えられた情報を整理することしか思い浮かばないわ。
夢の中で語りかけてきたのは精霊。
しかも精霊の中でもっとも高位にいるらしい闇の精霊。
スピリナル王国の魔法使いは大抵、五つの属性……地水火風そして光の中からもっとも得意な属性を持っている。
それは五種の精霊どれからもっとも愛されているかということでもあるんだろう。
火属性を得意とする者は、火の精霊から愛されている……という風に。
私は魔法が使えない。
それはつまり、どの精霊からも愛されていないということ?
あるいは……。
『ねーちゃんは、愛されてるぜー』
は?
その声は……。
グレムリン!?
王都の外れの森に住む悪妖精!?
気づいた瞬間、私の寝ているベッドの中から枕の下からワラワラ出てくる小人たち。
ヒィッ!? 気持ち悪い!?
気の弱い令嬢ならこの衝撃だけで失神しそう!
『ねーちゃん目が覚めてよかったぜー!』
『心配でついてきたんだぜー!』
『オレらのシマで怪我されちゃー、精霊様に顔向けできねーからなー』
この子たち、棲み処の森から付いて来たって言うの?
私の身を案じて?
いつからそんな私たちに熱い絆が?
『ねーちゃんは、精霊から愛されてないんじゃないぜ。むしろメチャクチャ愛されてるんだぜ!』
『精霊の中でもっとも高位の御方になー!』
『だからこそ他の精霊たちは遠慮してねーちゃんに近づけないんだぜ! 専属なんだぜー!』
何よそのありがた迷惑な特権は!?
もしかして、それで魔法が使えなかったってこと? 魔法とは、魔力と引き換えに行われる精霊からの助力。
精霊から助けてもらえなければ魔法は使えない……?
そこまで考えが煮詰まったところで……。
「エルトリーデ!!」
何なの今度は!?
目覚めた傍から次々と畳みかけてくるわよね!?
いや目覚めたからこそ!?
「エルトリーデ! 本当に目覚めたのか!? 無事なのか!?」
「キストハルト殿下!?」
キストハルト殿下が何故ここに!?
いや、ここがどこってことだわ!
ベッドに横たわっているから自然、上屋敷の自室で寝ているものかと思っていたんだけど、違う?
よく見渡せば内装もまったく違う、私の部屋じゃないわ。
まさか……!?
「ここって王城ですか?」
「そうだ、森で怪我したキミを運び込ませた」
なんてことしてくれるんですか?
ヒトが意識不明なのをいいことに、自分の家に連れ込んだってこと!?
「キミの言いたいことはわかるが、こっちもやるべきことを全部行った結果なんだ。政務中に、キミが大怪我したと急報を受けた時のオレの気持ちがわかるか?」
「わー、そうなんだ。……とか?」
「ふざけるな!!」
大声を出されてしまったわ。
私としてはごくごく順当な回答のつもりだったんだけど。
「恐怖で押し潰されるかと思った。キミがいなくなるかと思うとどうしようもなく恐ろしくて……! 何としてもキミの一命をとりとめるためにも最高の治療体制が必要だった。だから王城に運んだんだ。ここなら国内最高の治癒術師が付きっきりで診られるからな」
「そうですか……!」
まあ、邪な理由じゃなかったということで謝罪が必要かもしれない。
しかしそんな心配されるほど酷かったのかしら?
私自身が思うに、たしかに全身ギシギシと痛むけれど全身打撲ってところで命に係わるほどの痛みとは思えないのだけれど。
「キミは、攻撃魔法の直撃を受けたんだぞ。曲がりなりにも侯爵に列せられる者の、自暴自棄から繰り出された全力弾だ。殺傷能力がないとでも思うのか?」
た、たしかに……?
「あら? だとしたらそんなの浴びて、どうして生きてるのかしら私?」
「オレが聞きたいところだ。知らせを受けて駆け付けるまで、オレはキミの死体と対面する覚悟だったんだぞ。しかし実際見てみると息はしてるし、治療師に診せれば『命に別状ない』といわれるし……。何だったんだオレの絶望は……!?」
それはどうもお騒がせしました?
「あの殿下……。差配人の侯爵は? それと王太子妃選びはどうなりました?」
「ベスリン侯爵は逮捕済みだ。罪状は殺人未遂と危険物取扱違反。今、警務官によって厳しい取り調べが行われている。犯行に至った動機や、『フェアリーパニック』の入手経路などをな」
「あの方は権力の魅力に憑りつかれたのです。我が娘を王太子妃にできないという現実を受け入れられずに、暴走するしかなかったのです」
「迷惑な話だ」
殿下は吐き捨てるように言う。
「王太子妃の座は、貴族たちの権力欲を満たすためにあるのではない。このオレがいずれ王責を果たすために、その第一の協力者として求められるものだ。その審査をする者の席に、私欲で満たされた者が座るとは。いよいよ形骸化が隠し切れなくなったな、この習わしも……」
「あの、それで王太子妃選びは……?」
気になっていることを重ねて尋ねる。
少なくとも第二審査は差配人の妨害によってかなり最初の方から破綻していた。
あの日のために頑張ってきた令嬢たちのことを思うと、さすがに気になるわ。
「もちろん中止だ。……いや、王太子妃選び自体もう行う必要はない。あのような催しは存在自体もはや無意味だ」
「そ、それはどういう……!?」
「エルトリーデだって気づいているだろう。魔力の優劣だけで妃を決めるなどという習わしは間違っている。それよりも、いずれ王となるオレのパートナーにはもっと必要とされる能力があるはずだ。だからオレはこんな因習を無視し、自分の目で王太子妃に相応しいと思う女性に求婚する!」
あの、殿下?
そこで何でこっちを真っ直ぐ見るんですかね?
え? ちょっと待って?
「エルデンヴァルク公爵令嬢エルトリーデ。オレはキミに結婚を申し込む。英邁にして思いやりに溢れたキミこそが未来の国母に相応しい」
病床から起きられない私の手を取って言う。
はあ!?
「キミが義務を受け入れてくれるなら、オレは全身全霊を懸けてキミを愛すると誓おう。いやもうキミを愛している。どうかこの気持ちに応えてほしい。王座の後継者として、また一人の男として一世一代の願いだ」
――『アナタの魔法の才を花開かせるのは、光の御子からの愛。闇は、光あるところでしか存在できないのですから』
夢の中で聞いた言葉が何故かこの瞬間に甦ってきた。





