32 死に戻り令嬢、闇を覗く
スピリナル王国は、魔法を失って滅びた?
私が死んだ直後に?
罪と罰だらけであった私の前世。
悪役令嬢であった私が滅んだからにはそのあとは文句なしのハッピーエンドであろうとタカを括っていたのに、なんでそんなことになっているの!?
むしろこれ以上ない最悪の終末じゃない!?
そもそも魔法って失われるモノなの?
魔法とは、遠い過去スピリナル王国の始祖が、精霊から賜ったという力。
それが失われるなんて聞いたこともないわ。
私は簡単に騙されないわよ。
かつては自分もなんとか魔法を使えるようにならないかと、それこそ血眼になって調べて魔法に関してはヒトより遥かに知識は多いんだから!
『書物に記されたことだけが、すべてではありませんよ』
闇から聞こえてくる謎の声は言う。
でも……。
もしスピリナル王国から魔法が消え去れば、滅亡の原因にはなりうるわ。
何しろ王国にとって魔法は、最大の戦力でありアイデンティティそのもの。
我が国の他に魔法を扱えるものはなく、それは他国との関係性に大きなアドバンテージとなっていた。
魔法は大きな戦力にもなる。
だからこそ他国は容易に攻め入ることもできず、スピリナル王国自身もそのことに優越を感じ、魔法以外の技術を発展させることもなかった。
そんな国から魔法を取ったら何も残らないじゃない。
それこそ攻め滅ぼすなんて、自国内の盗賊退治より簡単でしょう。
この夢のヴィジョンを見る限り、スピリナル王国は他国からの侵略によって滅ぶのだろう。
ヴィジョンに映る、王城の奥。
謁見の間と思しき広い部屋。そこには投げ捨てられたように転がった人の身体が何体も。
いずれも頭がなかった。
首なし死体。
恐らく斬り取られた頭部は、城外のよく見える場所に晒されているのだろう。
残った胴体の……豪奢な服装から察するに生前の彼らは王であり、王妃であった人……。
さらに傍らの一際若々しい死体は……王太子?
それに気づいた途端、吐き気が込み上げてきた。
夢の中だというのに。
何よ……何なのよ!?
なんでこんなことになっているのよ!?
悪役令嬢だった私が死んだあとなら理想的な結末になっているはずでしょう!? みんな笑ってハッピーエンドでしょう!?
なんだってこんな悲惨な未来になっているのよ!?
おかしいでしょう!?
『すべてはこの国から魔法が失われたゆえ。古の契約を果たせなかった者たちは精霊から見捨てられ、それゆえに生きる理由を失ったのです』
だから、どうして魔法が失われたのよ!?
古の契約って何!?
それを人間側が果たせなかったから、精霊は人を見捨てて魔法を使えなくしたってこと?
……というか、そんなことを知って語りかけているアナタ自身が……?
『それは遥かな昔……アナタたち人間にとってはそれこそ伝説的な太古。私たちは契約を結びました。無力なる人を憐れみ、精霊の力を分け与えることにした。その仕組みこそが魔法』
その辺りは、私も伝説とかで伝え聞いている。
それこそもう確認不可能なほど太古のことだから半信半疑ではあったけど。
魔法という事実がなければ空想から生み出された昔話として片付けていたかもしれないわね。
『精霊は、人々を憐れむと同時に危惧もしました。魔法という大いなる力を与えられたことで、人が傲慢になりはしないかと。力に酔い、他者を見下すようになり、人が本来持つべき謙虚の美徳を失いはしないかと』
それは……大いに正当な危惧だわ。
実際今のスピリナル貴族社会の、魔法に関する選民意識のいかに根深いことか。
『そこで精霊は、人々に一つの試練を課すことにしました。人と精霊の約束が交わされた、その出来事すら忘れ去られた遠い未来。精霊の中でも最高位の精霊に一際愛された娘が生れ落ちると』
最高位の精霊に、一際愛された娘?
『彼女は、究極の精霊に愛されるがゆえに魔法を使うことができません。ある特別な条件を満たさない限り。彼女は表向き、魔法の使えない無能の娘として扱われることでしょう』
そして差別を受け、孤立し、迫害される。
私がよく知るように……。
『精霊たちが危惧したように、人間たちが傲慢になったなら彼女にとって非常に住みにくい世の中となるでしょう。彼女に課せられた「魔法を使えるようになる条件」も満たせるはずがありません。もし彼女が魔法を使えるようになることなく生涯を閉じれば、それ即ち人間の傲慢によって力を振るう資格を失ったと判断し、精霊は人から魔法を取り上げようと……』
その結果が、今さっき見せられた惨烈なるヴィジョンだって言うの?
炎に包まれた王都。虐殺された王族。
精霊からの試練として生み落とされた『魔力なし』の娘は、顧みられることなく処罰され、それをもって人は精霊から見捨てられた。
ゆえに人々から魔法は失われ、何の力も持たなくなったスピリナル王国は他国からの侵攻に押し潰された。
つまり。
人間たちにもたらされた試練の娘とは……。
……私のことね……!?
私は、人間を試すために遣わされた精霊の道具だったというの!?
だから私は魔法が使えなかった。スピリナル王国の貴族に生まれながら。
魔法を使えない私に対してどのように振舞うかで、人間そのものを試したのね。
だとしたらこの結果は間違っている。戦争に蹂躙されて焼き尽くされる王国の終焉は。
私が愛されず、処断までされたのは、私が愚かだったからだわ!
国中の人々が断罪されなければならない謂れなんかない!
『ええ、ここまでのことになるなど精霊にとっても予想外でした。魔法という支えがなくなった途端、ここまで状況が激変するなんて』
声は、みずからを悔いるような口調になった。
もはや疑いない。
私の夢に侵入して、こうして高らかに語っている声こそ、精霊の声なのだ。
『私たちは人々の滅びなど望みません。かつてこの国の人々を憐れんだからこそ私たちは魔法を与えた。その末裔たちが魔法の消失を原因に滅びてしまうのは私たちも望むところではありません。そして、アナタに対しても……』
私?
『アナタは、私たち精霊が試練のために作り出した道具ではない。アナタもまた一人の人間であるからには幸せになる権利がある。なのにアナタの運命を歪め、本来仕えるべき魔法を使えなくしてアナタの幸せを潰したことは間違いなく我ら精霊の罪』
そんなこと今さら言われたって……。
……いえ。
だからこそ?
『私はその罪を贖うため、一度だけのやり直しを許しました。時を巻き戻し、試しの子であるアナタにのみ前世の記憶を残した。それを教訓に、今度こそ正しい道を進んでくれると信じて』
この『死に戻り』の原因……いえ元凶はアナタってこと!?
『私の期待通り、アナタは今度こそ正しい道を進んでいる。このままならばきっと誰もが幸せな結末を迎えられることでしょう。こうしてアナタが私と交感できるほど魔法に目覚めつつあるのが証拠です』
私に魔法が使えるって言うの?
今さら?
『どうかそのまま正しい道を進んでください。今、アナタとこうして話をしたのは、今ある道を迷わず進んでほしかったから。正しく進めなかった先にある結末を知り、そうならぬように。今度の生こそ、幸せになってくださいね』
勝手なこと言うな!
自分から試練だなんだのと抜かしておいて何なのよ!?
そもそも試練の合否基準になっている、私が魔法を使えるようになる条件って何よ!?
それを満たさなきゃ結局、人間から魔法は失われて国も亡びるってことでしょう!?
一番重要な件!
肝心なところだけボカして思わせぶりに去っていくつもり!?
『アナタはもうわかりかけているはず。アナタの魔法の才を花開かせるのは、光の御子からの愛。闇は、光あるところでしか存在できないのですから』
だから勝手なことを言わないで!
闇!?
闇ってまさか……!?
魔法研究家の間で、もう何十年も議論されているロスト・エレメントのこと?
魔法を使用する際に大きく分けられている五属性……地水火風、そして光に加えて『あるはずだ』『なければおかしい』と推論されている六つ目の属性。
しかし今まで一度も確認されたことのない属性。
闇。
アナタは、闇の精霊だというの?
私に力を与えたのも……!?
『精霊の中の最高位の精霊に愛された娘。それがアナタ。忘れないで。アナタへの加護は全精霊でもっとも優れたものであるということを』
それが余計だって言うのよ!
私は特別なんていらない。この国の貴族に生まれたならごく普通の魔法さえ使えればそれでよかったのよ!
それなのに余計な手回しを……!
おいコラ待て!
どうせ伝えるならこんなくだらない試練中断してからにしなさい。
いや……精霊の声が遠ざかっている?
これは意識が遠く……いや近くなっている?
意識が戻るんだわ。
眠りから目覚めるから、精霊の声が離れていって……。





