30 死に戻り令嬢、吹っ飛ばされる
切り札さえ破ってしまえば、あとは脆いものだった。
私には、自領の騎士たちから教わった護身術がある。
いかに魔法を使う貴族相手でも、目論見が崩れて動揺した隙を突けば取り押さえるのは簡単だった。
呪文を唱える暇も与えず懐に飛び込んで、小手をひねって転がす。
杖を奪い、呪文を唱えられぬよう猿轡をしておけば魔法使いは無力化できた。
『つえー、つえー!』
『ゴリラ女、かっこえー!』
すべてが終わるとグレムリンたちが、待ってましたとばかりに出てきて拍手喝さいを挙げる。
どこに隠れていたのよ今まで?
先ほど魔法で吹っ飛ばされた騎士さんを助け起こし、怪我がないことを確認すると縛り上げた差配人を担いで運んでもらった。
森の入り口まで戻ると他の王太子妃候補令嬢たちが、それぞれの護衛騎士を伴って集合していた。既に緊急の連絡は行き渡ったのだろう。
私は、皆の前で事の経緯を説明する。
「王太子妃選びの妨害を企てていたのは、この差配人でした。彼は特殊な薬を用いて妖精を凶暴化させて、王太子妃候補に選ばれた令嬢たちに危害を加えんとしていました」
その動機は、自分の娘が王太子妃に選ばれなかった腹いせ。
あわよくば再びチャンスを巡らせようとしていたこと。
「今の発言……たしかな根拠あってのことですな?」
さすがに受け入れがたい状況なのだろう。
他の令嬢に付いていた騎士の一人が尋ねてくる。
「『フェアリー・パニック』という薬品については、既に王太子殿下へ報告が上がっています。その上で首謀者がこの侯爵であることは、この森の妖精たちが証人となってくれるでしょう」
『そうだ、そうだー』『オレたちが証言してやるぜー!』
いつの間にか私、グレムリンたちにすっかり懐かれてるわ。
悪妖精などと言われて、他の妖精より一層粗悪でイタズラ好きという話だったのに。
「ベスリン侯爵の身柄を引き渡します。沙汰は、王家に委ねますわ」
「承知した。とりあえず王城へ連行し、しっかりとした取り調べの上で正しい裁きが下されることだろう」
騎士さんの中で一際偉そうな人が、侯爵を縛った縄先を受け取る。
「しかし、こんな事態になっては王太子妃選びは……?」
「延期するしかありませんでしょう。この件が完全に処理されたあと、今度こそまったく利害関係のない貴族を差配人に選び直して、試験をやり直すのですわ」
「そうだな……それしかないな……」
皆が困惑し、先行きに不安を感じながらも処理は粛々と進められていく。
犯人の侯爵は無事引き渡しを済ませ騎士さんたちによって引っ立てられていく。
「しかしエルトリーデ嬢、こたびの活躍は実に見事なものでしたな。ほとんど被害をゼロに抑えられたのはアナタの尽力によるものと皆が認めるところでしょう」
そんなことを騎士の一人が言ってきたため慌てて否定する。
「様々な人たちの協力によるものですわ。私一人では何もできなかったことは論ずるまでもありません」
「そうかもしれませんが、その多くの者たちの知恵と行動をまとめて、よき方へと導いたのは間違いなくアナタです。人材を適切に使い分け事態を処理する能力もまた間違いなく王太子妃に必要なもの。この顛末はしっかりと報告に上げるつもりでいます」
ちょっと、余計なことしないでよ。
「そういえば悪妖精とまで言われたグレムリンまでも時間解決に協力させたのも驚きですな。第二審査の課題はあやつらをどうにかすることですから、手懐けて無害化したということでエルトリーデ嬢も合格ということになるのでは?」
適当に滅多なことを言わないでよ。
こっちは何事もなく不合格になってフェードアウトしていきたいのに。何より試験内容は『魔法で』なんとかすることでしょう?
なんでもありになったらそれこそ収集つかないじゃない。
騎士たちが無邪気に私を持ち上げるものだから……。
「エルデンヴァルク公爵令嬢エルトリーデ!!」
ほら、攻撃的に私の名を呼んでくる。
その相手はファンソワーズ・ボヌクート侯爵令嬢。
その気の強い性格が前面に押し出て、彼女の赤毛が本当に燃え上がっているようだわ。
「私と勝負しなさい!」
「何でよ?」
思えば彼女も、この第二審査で凶暴化した妖精に襲われて大怪我を負うはずだった。
でも今はかすり傷一つない。
私はまた一つ、不幸な過去を変えることができたのね。よかった。
「悔しいけれど、アナタの活躍は認めざるを得ないわ。大きな事故を未然に防いで、きっとアナタは王家から評価を得るでしょう。王太子選びにも有利に働く」
「そんなことはないでしょ」
「でも私は簡単には引き下がれない! 王太子妃になるのは私よ! だから今ここでアナタに勝負を申し込む! どちらが王太子妃に相応しいかを決めるのよ!」
「勝負って、もしかして魔法で?」
「他に何があるというの!?」
何言ってるの、この子は。
「そんな勝負乗るわけないでしょう。私が『魔力なし』令嬢だって何度言えばわかるの。魔法勝負なら百回やって百回アナタが勝つわよ」
「それは……そうかもだけど……!」
「今回の事件から何か学んでくれたようだけど、それを活かしきれていないわね。王太子妃は、いずれ王妃にもなる重大な立場。それに必要な資質が魔法だけじゃないということはわかってきたのじゃない?」
そもそも魔法の優劣のみで決められる今の選び方には歪みがある。
だからこそ今回暴走した差配人の侯爵も、自分の娘さんが第一審査で落とされたことを不服として、こんな危険な手段に走った。
本当なら能力の優劣……それをハッキリ決めるとすれば方法は一つしかない。
戦って勝ち負けをつける。
しかしそんな方法が王太子妃選びに採用されるわけがない。
戦って戦って戦い抜いて、最後に一人残った令嬢に王太子妃の称号を与える?
どんな蛮族国家よ?
だから曲がりなりにもスマートな方法で優劣をつけようとしても不満がまったく出ないということもなく、今日の差配人のような暴走者が出てくる。
争って物事を決めることなく平和裏に進めていく。
その仕組みが極まった先にできたのが国家のはず。
その国家の頂点に立つべき王の妃……王太子妃選びには、もっと理性的な順序でもって選ばれるべきなのかもね。
「少なくとも未来の国王であるキストハルト殿下は、この国の歪さに気づいていらっしゃるわ。そしてご自分の治世で是正したいとも考えておられる」
「……」
ファンソワーズ嬢は無言。
もう何か言い返そうという気力も失せたみたいね。それはそれでいいけれど。
「アナタが本当に王太子妃になりたいのなら魔法を極めるよりも、王太子の考えに沿うことを心掛けるべきではなくて? あの方がやろうとしている国づくりを、あの方の傍らで支える。それが王太子妃の本当の役割でしょう?」
「アナタなら……アナタならそれができると言いたいの?」
「まさか」
私は鼻で笑って受け流す。
「この国の王太子妃は、いまだ魔力の高い女性じゃなければ務まらないわ。だから少なくとも次代キストハルト殿下のパートナーは私では務まらない。務まるとすればアナタのように高い魔力と、その扱いに長けた令嬢でなければ」
私にはそれ以上に、王太子妃に相応しくない理由もあるしね。
それを明かす日は永遠に来ないだろうけれど。
「王太子妃になるためには魔法だけでなく他にも色々なものを備えていてほしいということよ。それが、いずれ来るキストハルト様の御世をよりよくすることになるわ」
「エルトリーデ……さん……」
「アナタがよき王太子妃になることをお祈りしています」
ここでの用事はすべて済んだ。
だからもう帰りましょう。王都の上屋敷ではなく、自領へと。
どの道、私に王太子妃となる資格はない。それは前世からわかっていたのだから改めて王家へお願いに上がり、候補を辞退しましょう。
王太子は未練をがましくしてくるでしょうけれど、その上にいる現国王陛下や王妃様に訴えれば、彼と違う考えで動くかもしれない。
もう王太子の都合に振り回されるのは御免こうむりたいわ。
さっさと馬車に乗り込もうとした、その瞬間。
「まだだ! まだだぁあああああッッ!!」
その凶事的な叫び声をあげたのは……差配人の侯爵?
何をしているの? 騎士たちの拘束を振りほどいて、こっちに迫ってくる!?
「こうなったら邪魔者の娘どもを一人でも排除してやる! そうすれば我が娘が……我が娘が再び王太子妃候補にぃいいいいッッ!!」
あの侯爵……杖まで持っているじゃないの!?
取り上げたはずなのになんで!?
いけない、あれでは魔法が使える。
魔法戦は基本先に呪文を唱えた方が勝ちだわ。
どんな強力な魔力持ちでも、攻撃魔法も防御魔法も先に放たれたら対処のしようがない。
ここに集められた選りすぐりの魔法令嬢だって、不意打ちされては実力を発揮できないわ!
「まずお前から死ねぇえええええッッ!!」
いけない、ヤツの狙いはファンソワーズ嬢。
彼女は不意を突かれたというだけでなく突然の修羅場に身体が固まってしまっている。
あれでは自力の対処など不可能だわ。
「危ない!」
まだあまり離れていないのが幸いした。
私だって咄嗟にできることは少ないわ。
精々ファンソワーズ嬢の前に身を投げ出して、両手を広げて盾代わりになることしか。
「なッ!? アナタ何を……!?」
「死ねぇえええええッッ!!」
目の前が閃光に包まれ、何も見えなくなった。
ほぼ同時に全身に走る衝撃。
一拍遅れて浮遊感に包まれ、体全部が叩きつけられて……。
……あとはもうわからない。
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