29 死に戻り令嬢、真犯人と遭遇する
私はグレムリンたちとの会話を続行する。
しかしもう雰囲気に和やかさはない。きっと今の私の表情は深刻で、とても相手を安心させるものではないと思う。
「ねえグレムリンさんたち、もしアナタたちを苦しめた相手をもう一回見たら『ソイツだ』ってすぐわかる?」
『わかるも何も、今ナカマがつけてるぜー』
何ですって?
つけてるって、尾行してるってこと?
『絶対またなんかやるって、後ろから見張ってるんだー』
『でもこえーから手を出せないでやんの。ビビりー』
『連絡とろーと思えばすぐできるぜー。妖精テレパシー!』
なんだか急展開になってきたわね。
妖精を味方につけるってことは、想像以上にことがスムーズに運ぶってことなのかもしれない。
「じゃあ、頼めば私のことを犯人のところまで案内してくれる?」
『んー、テメーの頼みじゃ仕方ねーなー。恩返ししなきゃなー』
『ほどこされたら、ほどこしがえすー』
よし、話がついたわ。
王太子妃選びに混乱をもたらそうとした……かつて己が犯した過ちを繰り返そうとする誰かを放っておけない。
そういう気持ちもあるけれど、それ以上に不気味さが際立つ。
『フェアリー・パニック』による妨害は既に失敗、目論見は潰えている。
それなのに何故まだ現場にいるの?
もしまだ王太子妃選びを潰さんとする意志を持ち続けているというなら……他にまだ何かの手段を。
「……騎士の皆様。やはり私も皆さまのことを振り回してしまうようです」
さっきまでティーカップを持って待ったりしていた騎士さんたちも、既に臨戦態勢で表情を引き締める。
「この王太子妃を選抜する厳かなる場所に、邪なる意志を持った者が紛れ込んでいるそうです。グレムリンたちが案内できるそうなので私は共に向かいます。どなたか一人護衛についてくださいませんか?」
「承知ですが……何故一人だけなのです? どのような危険が待ち受けているかわかりません。全員で向かった方が……!」
私の言うことを信じてくださるのね。
安堵する気持ちと同時に、どこか嬉しさがある。信じてもらえることの嬉しさが。
「他の方々は、森の中を散って各所で試練に挑んでいる令嬢方に危険を伝えてください。できることなら今すぐ森から出るように、と」
「注意喚起ですね、畏まった! 栄光あるスピリナル王国の魔法騎士たちよ! 御令嬢の賜った使命に各々従え!」
頼もしいわ騎士様たち。
皆さんが的確に散り、私も騎士の一人を伴って森の中を掛ける。
王太子妃選びに参加するつもりはなかったけれど、念のために動きやすさ重視の乗馬服を着て来ておいてよかったわ。
「妖精さん! その犯人はどれぐらい走れば捕まえられるのかしら!?」
『もうすぐだよ、もうすぐー』
こういう時の『もうすぐ』はあまり信用ならないのよねえ。
案の定数十分走らされる羽目になり、私も同行の騎士さんも汗だくになって息が乱れる。
「ねえ、……まだなのかしら?」
『もうすぐだよもうすぐー』
だから本当にもうすぐなんでしょうね。
『見えたよほらあそこー』
グレムリンの指さす先には、たしかに人影があった。
折り重なる木陰の向こうにチラチラと見えるその姿……見覚えがある。
「あれは……!」
あの尊大な中年男性……たしかこの王太子妃選び第二審査の差配人である侯爵では?
その姿に、ついてきてくれた騎士がまず反応する。
「ベスリン侯爵ちょうどいいところに! 姫様、僥倖ですぞ! 差配人である候にお知らせして全体に警戒を敷いてもらいましょう!」
そう言って駆け出す騎士さん。
でも待って。
グレムリンの案内に従って進んだ先に、あの男を見つけた。
『フェアリー・パニック』を巡る一連の騒動の下手人を探し求めた、その先に……。
彼がいた。
それはつまり……。
「待って! 待ちなさい!」
慌てて騎士さんを止めるが遅かった。
「聞いてくださいベスリン侯爵! この森に曲者が……ぐべッ!?」
眩い閃光と共に、いかめしい鎧をまとった大の男が宙を飛び、太い木の幹に叩きつけられた。
はたで見ていた私の下にまで衝撃が伝わってくる。
全身を強打した騎士さんは意識を失ったのだろう。口から泡を吐いてピクリとも動かない。
「アナタが……犯人だったのですね」
魔法を放った侯爵を睨みつける。
思えば昨日の時点で怪しいと思うべきだった。私たちが中和剤散布のために前日乗り込んだ、その時に鉢合わせした差配人。
一体何のために当日を前にして現場にいたのか?
下見?
それにしたってたった一人でうろついていたのはおかしいわ。
それに加えて、本来警備万全のはずの王太子妃選びの会場に不審者が潜り込めたという疑問。
その答えもわかってみれば簡単なこと、関係者こそが不審者だった。
これでは周囲で警戒してくれているガトウたちの網にも引っ掛かるはずがないわ。
「……何故なのです?」
私は充分に警戒しながら間合いを取る。
出会い頭に騎士さんが倒されてしまったのは大きな誤算だわ。攻撃魔法を浴びた騎士は死んではいないだろうが今すぐ復活といった期待は無理だろう。
私をここまで連れて来てくれたグレムリンも私の背に隠れて震える。
相手は魔法使いだもの。いくら悪妖精と恐れられるグレムリンでも敵う相手じゃないってのはわかるのね。
「何故、王家を裏切るようなマネをなさるのです? アナタは王太子妃選びの差配役という栄誉な役を賜りながら、それをぶち壊そうとしている。これはアナタ個人の進退どころかお家の存亡にかかわるほどの問題になりますわよ」
「家の存亡? そんなものどうとでもなるわ……!」
差配人の侯爵は言う。
その口調に、王太子妃候補たちを取りまとめていた時の厳かさはまったく消えて、代わりに恨みの感情らしきものが多分に交じっている。
「我が娘が王太子妃に選ばれていれば……! 我が娘にはその資格はあった! 我が娘こそこの国一番の女魔法使いと言っていい実力を備えていた!!」
「えッ!?」
まさか……。
この侯爵の主張が意味するところは、彼の御令嬢も王太子妃選びに参加していたってこと?
そしてこの侯爵の恨みぶりから見るに、既に第一審査で脱落している?
「たしかに我が娘は、魔力量においては後れを取っていたかもしれぬ。しかし魔法の制御技能に関しては、どの令嬢よりも優れていた……むしろ群を抜いていると言っていいほどだ! 総合的に見れば我が娘こそ王太子妃に相応しい!!」
「それが動機だというの?『フェアリー・パニック』を持ち込み、王太子妃選びを無茶苦茶にしようとしたことの……!?」
「こんな王太子妃選びは不正だ! 我が娘が選ばれないで、お前のような『魔力なし』が候補に残っている時点で既に選考の公正さはまったくないと言っていい! だから正してやるのだ! このベスリン侯爵アズクロが! 本当であれば『フェアリー・パニック』で第二審査に参加する小娘どもを皆殺しにする予定だった! そうすればきっとあと一歩で残れなかった我が娘が王太子に選ばれるはずだからなあ!」
何という自分勝手な。
そもそも既に選考から外れているとはいえ候補令嬢の関係者を差配人に据えるなんて、明らかな人選ミスでしょうよ。
王家は何をやっているの? 本当に魔法能力以外を採用基準に入れていないの!?
「吾輩の完璧な計画を台無しにしてくれたな『魔力なし』令嬢! そもそもお前が不当に枠を一つ奪わなければ我が娘がそこへ収まれたのだ! お前がすべての邪魔をしてくれた! 償いはしてもらうぞ!!」
「きゃッ!?」
冷たい!?
魔法をぶつけられたと思って一瞬肝を冷やしたけれど違う?
何か液体を掛けられたわ。だから冷たかった。
頭から被せられて、衣服も髪もびしょ濡れだわ。一体何故こんなことを?
……まさか?
「『フェアリー・パニック』!? まだ残っていたの!?」
「ご名答! 最後の僅かな残りをお前ごときのために使ってやる!『フェアリー・パニック』塗れになったお前は、妖精どもから見れば美味しい生肉に見えるだろうなあ! ズタズタに引き裂かれて、身の程知らずを後悔するがいい!」
『フェアリー・パニック』はすぐさま気化して、周囲にいる妖精たちの正気を奪い、凶暴な野獣に変える。
その劇薬が体に付着した私は、たしかに逃げ場がないでしょうね!
「こうなったらお前一人でも始末すれば、空いた席に我が娘が滑り込める! そうすれば必ずや王太子妃に選ばれるだろう! ふははははははは!!」
勝ちを確信したのか高らかに笑う侯爵。
私はその声にかまわず、懐からある物を取り出した。
それは香水瓶。
その中身をシュッシュと自分の体に振りかける。
「な、何をしている……!?」
「先読みが足りませんわね。アナタの渾身の一策を、先日見事に打ち砕いたのは誰だと思っていますの?」
この香水瓶の中身はそう……。
『フェアリー・パニック』の中和剤。
万が一に備えて、僅かながら携えておいて正解だったわね。
「『フェアリー・パニック』も、本当に残りわずかな分を無理矢理使ったんでしょう? アレは貴重な薬だもの。そう大量に取り寄せられたとは思えない。この森全体を効果範囲に収めるには全部使い切らないといけなかったでしょうね」
恐らく彼の手元に残されたのは、保存瓶の底にこびりついた数滴程度といったところでしょう。
それを水で無理矢理希釈して嵩増ししたんじゃないの? 頭から被った時『フェアリー・パニック』独特の異臭がしなかったし、質感も水っぽいしね。
だから僅かな中和剤で充分効いた。
「昨日私たちを止められなかった時点でアナタの計画は失敗していたのよ。その時点で身を引けばよかったのに。未練がましく計画に固執したのが破滅に繋がったわね」
引き際の潔さ。
それが陰謀を企む者に必要不可欠だとアナタにはわからなかったようね。
私も前世の失敗で学べたのだけれど。





