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02 死に戻り令嬢、改心する

 私はまだ、ベッドに座りながら物思いを続けている。


 そもそも私が王太子妃を望んだ理由は。

 魔力がなくても自分がちゃんとした貴族令嬢であることを示したかったから。

 私のことをバカにする連中がぐうの音も出ないほど決定的な形で。


 すべての貴族の頂点に立つ国王。

 その国王にいずれなる王太子の妃となれば、誰もが私に跪くしかない。どんなに私をバカにしようとも。


 魔力のない私は、それ以外に自分の価値を示す方法がなかった。


 でも結局、王太子妃になるという願いも叶わなかった。

 私に価値を示すことなどできない。だって最初から価値などないのだから。


 私の一度目の人生は、そのことを思い知るためのものだった。


 じゃあこの二度目の人生は何?

 普通ならありえないはずのこの死に戻りは、何のために再開されたものなの?


 今度こそ上手く王太子妃になるため?

 王太子の目を完全に欺き、他のお妃候補を消し去って自分だけが選ばれることを今度こそ完遂するため?


 くだらない。


 それが必ず失敗に終わること、何の意味もなさないことは一度目の人生で嫌というほど味わったじゃない。


 結局魔力のない私は何者になることもできない。

 何かになろうとしてもその分、害を広めるだけ。


 それが何もなしに生まれてきた者の運命だったのよ。


 でもそれなら、何故私の生は巻き戻ったの?


 何もない私なら、一度目の人生であのまま死んでしまってよかっただろうに。

 このあり得るはずのない二度目の人生は何?


 何をするために私はやり直すの?


 ここまで考えると頭が煮詰まってきたように思えてくる。

 そんなタイミングで、再びノック音が鳴った。


 またノーアが様子を見に来たのかと思ったが、こちらの返事も待たずにドアが開いて、違うと悟る。


 使用人なら私の返答も待たずに入室するなど、そんな失礼なことはしない。

 それができるのは、この家で私より偉い人。

 娘より偉いのは、それはもちろん……。


「お父様」


 開いたドアの向こうに立っている三十代前半ほどの男性。

 着ている衣装はピッシリしたスーツではあるものの、表情はどこか暗い。


 こうして見ると若いわね、十年前に遡っているから当たり前だけど。


 前世で最後に見たお父様は処刑前日だったけれど、今目の前にいるお父様に比べればずっと老け込んでいたわ。

 十年どころか二十年、三十年の隔たりがあるように思える。


 アレは実年齢以上の老け込みだったわけね。

 きっと心身を通常以上に疲労させる理由があったんだわ……と思ってすぐに苦笑した。

 そうだ、お父様の心労の理由は私自身だったんだわ。


 そんな私の苦笑を見咎めて、お父様は不機嫌そうに言う。


「エルト」


 私の名を呼ぶお父様。

『エルト』は私『エルトリーデ・エルデンヴァルク』の愛称。肉親であるからには愛称で呼ばれる方が自然だわ。


「体調が悪いと聞いたが、元気そうだな。寝もせずにボンヤリと座って、笑みまで浮かべるとは」


 お父様の声には多分にトゲが交じっている。


 それも仕方ない、お父様が私を疎んじているのは考えるまでもなくわかる。

 公爵として順風満帆であったはずのお父様の貴族人生が、私が生まれたことで大きく狂ったのだから。


「いつまで寝間着でいるつもりだ? もう朝食ができている。病気でないなら早く食べて準備を整えなくては、魔法の教師がきてしまうぞ」


 そうだった。

 十歳頃の私はまだ屋敷に教師を招いて、魔法の勉強をしていたのだったわね。


 まだ現実を受け入れられずに、血を吐くほどの努力をすれば魔法が使えるようになると思っていた。


 だからこの国一番の魔法教師をあてがってもらっていた。


 この頃は一日も欠かさず魔法の訓練を受けて、風邪を引こうが熱を出そうが絶対に休むことはなかった。

 その末に得た結論は『世の中には無駄な努力がある』ということだったけれど。


「どうした? 何も言わないのか? だったら今日の魔法の授業は中止にするか? いっそのこともう中止ではなく廃止にしてしまった方がいいかもしれんがな」


 何も答えない私に、お父様が一方的に喋り続けるだけの構図となっている。


 お父様も、私の存在に随分悩まされてきたことでしょうね。


 国内指折りの有力貴族であるはずのエルデンヴァルク公爵家。歴史も古く、過去数多くの大魔法使いを輩出してきた名家から、まったく魔力のない私が生まれてきたことは恥以外の何物でもない。


 私がいるせいで他の貴族からも爪弾きにされ、公の場に出るたびに笑いものにされる。

 そんな屈辱を私は自分自身だけでなく家族にも与えてきたのだわ。


 前の生……処刑前日の牢屋越しに私と父は最後の面会をした。

 今目の前にいるよりずっと老け込み、やつれた父親はポツリと言った。


 ――『お前の育て方を誤った』と。


 王太子から直々に裁かれて極刑を言い渡されるとなったら、そんな言葉ぐらい出てくるだろう。


 言われた当初はショックを受けたものだった。

 結局この人も、最後まで私を認めてくれなかったのか、と。


 しかし十歳に戻って、気持ちまで改まったのか今は違う心情であの言葉を吟味できる。


 私こそが両親を苦しめていたのだと。


 私のような出来損ないさえ生まれていなければ、お父様もお母様も健やかな人生を過ごせたはず。


 今、両親の仲は冷めきっているはず。

 私という『魔力なし』が生まれてきたことで母親は浮気を疑われ、それでも貴族の体面のために離婚もできず形ばかりの夫婦を演じている。


 魔法が使えなくても王太子妃にまで登り詰めれば両親の誇れる娘になれるのではないかと前世では思った。

 しかしそれもまた両親を苦しめるだけに留まった。


 あの夜の鉄格子から垣間見た、悲痛な表情を思い出している間も若いお父様は何かツラツラと喋っている。


「どうした? 何故答えない?……どうやら本当に調子が悪いのか? ならやはり魔法の授業は中止に……!」

「そうですね、もうやめにしましょう」

「うッ?」


 唐突に喋り出した私に面食らったのか、お父様は言葉を飲み込む。


「今日だけではありません。明日以降も魔法の先生には来ていただかなくてけっこうです。……自分に魔力がないことはもう充分にわかりましたので」

「ど、どうしたのだいきなり?」


 私の方針転換がよほど意外だったのか、お父様の語調が揺れる。


「本当に魔法の授業をやめてしまうのか? どんなことをしてでも必ず魔法が使えるようになると意気込んでいたではないか?」


 お父様としても娘が、魔法が使えるようになればそれが一番丸く収める方法ですからね。


 でも私には期待に応えることができません。

 それを前の人生で思い知っているのです。


「できないことは何をしてもできない、……ということを遅まきながら気づきましたので」

「ぬ、そうか……!?」


 いまだ展開についていけず、言葉が続かぬお父様。


 しかし公爵としていつまでも動揺せず、やがて気を取り直して……。


「……わかった、お前のすることだからお前の希望に沿うのがよかろう。教師殿には私から断りの連絡をしておく」


 心のどこかではホッとしているのでしょうね。


 そもそも魔力のない私がどんなに訓練しようと魔法が使えるわけがないのですから。

 家の恥を広めないためにも、できるかぎり無様な振る舞いはしてほしくないと願っているはず。


「しかしエルトリーデ、お前もエルデンヴァルク公爵家に生まれたからには貴族の務めをわかっているはずだ。この国では魔法が使えなければ貴族とは認められない」

「はい、わかっております」

「お前はどういうわけか我が家に生まれながら魔法が使えない。魔法を使えるようになる努力も断つからには、それ相応の生き方を決めていかねばならない」


 わかっていますわ。


 本当なら私のような『魔力なし』が貴族の家から生まれていたら、わかり次第処分されていたっておかしくないことは。


 それでも今日まで、疎まれながらもちゃんと娘として育てていただいたことには感謝すべきなんでしょうね。

 いえ、今日までじゃないわ。

 お父様とお母様はこれから十年後まで……私が間違いを犯して、その報いとして命を失うまで私の親であることをやめなかった。


 私が苦しめていたということね。

 私が諦めなかったから。


「魔法の使えない娘に貴族の資格なし。わかっておりますわ。早急に出ていきますわ」

「なッ?」


 何か言いかけようとしていたお父様が固まった。


「何を言い出すんだ!? 何故そうなる!? たしかに魔法の使えない貴族を、他の貴族たちは認めないだろう、だからこそ……!」

「私は、この家にいる資格はありません。いえエルデンヴァルク公爵家に……というべきでしょう。今まで置いていただいてこと自体おかしかったのです」

「そんなことは……、いや、家を出てどうするというんだ!? お前のような子どもが一人で生きていけるほど世の中は甘くないぞ!」

「修道院へ入ります」


 神の信徒が集う修道院の中には、問題のある貴族を引き取り隔離することを目的とした場所もいくつかある。


 私も貴族の端くれ。そして魔法が使えないという大問題もある。

 話を通せば受け入れてくれるところもあるでしょう。


 愚かな私は一度死ぬまで気づかなかった。

 私がすべきことは、どんな手を使ってでも自分を貴族として認めさせることじゃない。

 私を認めないこの世界から早急に去ることだったんだって。

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