25 死に戻り令嬢、対抗策を練る
「残念だけど王太子に報告はできないわ」
「お嬢!? なんでです!?」
そんな見捨てられた犬みたいな表情しないでよ。
別にあの王太子とこれ以上関わりを持ちたくないとか、そんな個人的な理由は少ししか含まれていないわよ。
「私もまだ一応、王太子妃候補の一人なの。その私が選考のことに口を出せば、何か企んでいるかもと思われるわ。上手いこと言って選考を自分の有利に進めようとか……」
特に私に対してはなおさらそういう物言いがあるでしょう。
何せ『魔力なし』令嬢が第一審査を突破したというだけでも気に入らない人が多いでしょうから。
「王太子も、自分のパートナーを決める催しで一人の令嬢に露骨に肩入れしすぎたら、不公平を非難されかねないわ。最悪、王太子としての資質を問い直されることにもなりかねない」
それらのことはできるだけ避けた方がいい。
「なるほど、愛する王子の足は引っ張りたくないということですね!」
「誰が愛してるって?」
そういうのはいいから。
だから、この事態の解決には私たちの独力でするのがいい。
これ以上、王太子との関わり合いを深めたくないというのも本音だわ。さっきの発言の裏側にあるのはあくまでそれなんですからね。
大丈夫、王太子の権力に縋れなくても私には、前世での知識というまた別の強力な手札があるんだから。
「ガトウ、『フェアリー・パニック』には中和剤があると聞いたんだけど……」
「さすがお嬢、よくご存じで」
それ定型文化してない?
「仰る通り『フェアリー・パニック』は研究が進められて対抗手段がいくつか確立されています。その一つが中和剤です」
人里で凶暴化した妖精が襲ってくるのは大惨事だからねえ。
さすがに放置はしておけないか。
「月夜草というのが『フェアリー・パニック』を打ち消す効果のあることを立証されています。コイツは割とどこにでも生えている雑草の一種で、簡単に手に入るのが強みです。ここ王都でもすぐ見つかるでしょう」
「その代わり量がいるんでしょう?」
「さすがお嬢、よくご存じで。『フェアリー・パニック』小瓶一本分に、籠いっぱいの月夜草が必要と言われています。それを鍋で煮込み、染み出た成分をさらに煮立てて凝縮し、他の薬草と煎じ合わせて完成するのが中和剤です」
手間暇がかかりそうね。
でも『フェアリー・パニック』が持ち込まれたのなら最悪の事態は想定しておかないと。
最後の頼みの綱になりそうなのがその中和剤。
用意しないわけにはいかないわね。
手元にあったベルを鳴らす。
すると戸惑いもなく速やかに、我が家の執事が部屋に入ってくる。
その手には重そうな貨幣袋があった。
「とりあえずの資金を渡しておくから、これでサザンランダ地区の浮浪者たちを雇って月夜草を集めさせなさい。そして中和剤を作っておくの。二次審査の日までにできる限りよ」
「こんなにたくさん……いいんですかい?」
ガトウは、執事の手から渡された貨幣袋の中身を確認する。
よっぽど予想外の額が詰め込まれていたみたい。
「元々はアナタたちの情報集めの経費として渡すつもりだったお金よ。思わぬ突発事態でアクシデント対処の支度金に変わってしまったから、経費は後日改めてお支払するわ」
「そんな!? 既に充分すぎるほどの報酬を貰ってるのに!?」
報酬と経費は別ものでしょう。
それに早速こんな重要情報を拾ってきてくれたのだもの。頑張りには万全に報いるべきだわ。
「でも当面は中和剤作りに全力を注いで。それ並行して誰かを使いに出して頂戴」
「使い? どこへです?」
「暴れる妖精の被害が出たっていう村へよ」
『フェアリー・パニック』の被害があったという確証が欲しいわ。
そのためにも現地に行って調査は必要不可欠でしょう。
「で、でもさすがにオレらの身内にゃ薬剤の専門家なんていませんぜ? 何日も前に漏れ出した薬品の痕跡なんて……!」
「何言ってるの。本人たちに聞けばいいだけじゃない」
『フェアリー・パニック』を当てられて興奮した妖精本人に。
「ああ、そうか! 妖精は人の言葉が通じるんでしたね!」
「あの子らは人間のお菓子が大好きだから、土産にクッキーでも包んでいけば喜んで情報提供するでしょう。ウチのメイドに焼かせておくから帰り際に受け取りなさい」
妖精でも、自分が正気を失うならその前後に自覚症状でもあるでしょう。
本当に『フェアリー・パニック』による被害かどうか、それでウラは取れるわ。
「第二審査の開始は二十日後……。聞いた時はなんでそんなに日を空けるのかと不満だったけどこうなったらむしろありがたいわね」
「それだけあれば充分な中和剤が確保できます。今すぐ人を集めましょう。何、資金はあるんで問題はありませんよ」
◆
選考当日までの二十日間は瞬く間に過ぎていった。
言い渡された時は、どうやって過ごそうかと思い悩んだものだったが、まさかこんなにも忙しく動き回ることになるなんて……。
「でも慌て騒いだ甲斐はあったわね……!」
「樽三つ分の中和剤。これだけあれば無効化するには充分でしょう」
私の隣でガトウまで煤けた表情になっている。
彼にもよく働いてもらったわ。
中和剤作りと並行して、情報の裏取りもしっかりしてくれたし。私の指示に従って妖精被害に遭ったという村へ部下を派遣し、聞き取り調査を行ってくれた。
出た結果はクロ。
凶暴化したという妖精本人に話を聞けた。妖精は既に症状が消え正気を取り戻していたが、発症時に覚えた感覚はまさに『フェアリー・パニック』を服用した際に出てくるものにピッタリ合致したという。
「王都に『フェアリー・パニック』が持ち込まれた可能性は九十九パーセントと考えていいわね」
そしてその使い道は、国のこれから左右する王太子妃選びが絶好のタイミング。
上手く使えば極限まで多くの人々の未来を激変させることができるわ。
「でもそんなことは許してはいけない。国家の命運はしかるべき手続きによって紡ぎあげられるべきなのよ」
「さすがお嬢! お国のことをよく考えていらっしゃる!」
そういうのはいいのよ。
だからこそ今日、『グレムリンの森』に足を踏み入れた。
それに関して隣でガトウが不思議そうにしている。
「今日ってその……お妃候補を選ぶイベントの当日じゃないですよね?」
「そうよ」
「その前日ですよね?」
「そうよ」
『フェアリー・パニック』の効能を詳しく考えると、既に現場に撒かれている可能性が高いのよ。
『フェアリー・パニック』は揮発性の非常に高い薬品で、振り撒くとすぐさま気体となって中空を漂う。
それを吸った妖精はすぐさま正気を失い凶暴化するけれど、その効果は二~三日間は続くという。
だからもっとも高い効果を狙うには前日に撒いておくのが一番いいというわけ。
「さすがお嬢! よくご存じで!」
まあ、前世で私自身がそうやって撒かせたという経験則でもあるんだけど。
先んじて偵察に行かせたガトウの部下たちが息を切らせて戻ってくる。
命からがら這う這うの体という感じ。
「当たりです! 当たり!!」
「森の中のグレムリン! 悪魔かって思うぐらい暴れてますぜ! いくら妖精の中でも邪悪な方だからって、ありゃ怖すぎだ!」
やはりもう『フェアリー・パニック』は散布済みということね。
今この森の危険度は倍増している。
こんな中に魔法自慢なだけの戦闘経験皆無な令嬢たちが入って行ったら修羅場と化すのは間違いないわ。
「なら早速、消毒開始よ! 中和係、よろしく頼むわね!」
「「「はいッ!!」」」
ガトウが引き連れてきたゴロツキの中には背中に樽を背負っている者たちが数名いた。
しかも樽には噴霧器を繋げてある。
樽の中身は当然ながら中和剤。
これから森の中に中和剤を吹きかけ回ろうという所存よ。
「散布係は散布に専念、他の人たちはボディガードよ! 樽を攻撃されて中和剤がブチまけられたら、すべてがオジャンなんだから!」
「そうだぞ! このクスリ作るのに二十日もかけたんだからなあ!!」
「凶暴化した妖精が襲ってきたら直接薬を噴き掛ければいいわ。それで『フェアリー・パニック』も抜けるはずだから」
これから入ろうとするのは凶暴化した妖精たちの巣食う森。
街のゴロツキといえどもけっして気楽に出歩ける場所ではない。
しかし明日の王太子妃選びを無事過ごすために必要なこと、避けては通れないわ。
皆には危険手当でさらにお給金を出すからお願い、お金のために頑張って!
「野郎ども気張れ! お嬢が王妃様になるためになあああああああッッ!!」
「「「「「おおおおおおおおッッ!!」」」」」
いや、なんか互いの目的が乖離してないかしら?
ちょっと修正のために一声かけようとしたところ、それよりも先に攻撃的なダミ声が割って入る。
「貴様ら何者だ!? そこで何をしている!?」
集まる私たちの前に現れたのは、四十代ほどの年配貴族。
その姿形には見覚えがあったわ。
二十日前に出会ったばかり。
王太子妃選び第二審査の差配人……ベスリン侯爵だったかしら。
「選考当日は明日なのに……何故今日いるの?」
「それはこっちのセリフですなエルデンヴァルク公爵家の御令嬢殿。曲がりなりにも王太子妃候補の一人であるアナタが、選考実施の前日にコソコソと、何の工作の準備ですかな?」
差配人からの疑わしい目が無遠慮に送られてくる。
これは……、何か疑われている?
それもそうね、王太子妃を決める試験会場に、こんなガラの悪い人たちを連れて忍び込んでいる。
怪しまれる要素満載だわ。
これを怪しまなかったら、試験の管理者失格でしょうね。





