23 死に戻り令嬢、ナマイキ令嬢と対決する
ファンソワーズ・ボヌクート。
侯爵令嬢。
侯爵家としてはそれなりに歴史深いボヌクート家の娘に生まれ、歴代の中でも特に高い魔力を有している。
文句なしに王太子妃になる水準の魔力の持ち主だわ。
ただその事実が幼少期からの人格形成に大きな影響を及ぼしたのか、その性格は苛烈にして高慢。
自分より魔力が低い者に対してはただ見下し、自分と魔力が同等あるいはより高い者に対してはライバル心剥き出しで噛みついてくる。
まして魔力のない私などは彼女の目から見れば虫けらみたいなものだろう。
前世でもことあるごとに噛みつかれたことを思い出す。
ちょうど今のようにね。
「アナタ恥ずかしくないの? 貴族に生まれながら魔力がないなんて何の意味もないってことじゃない。私だったら恥ずかしさのあまり即刻自殺して来世にチャンスを懸けるところだわ!」
ホントこういうことを言う子なのよ、この子は。
今でこそ軽く聞き流せるけど、前世で何より魔力が使えないことを悩んでいた当時の私は彼女と顔を合わせるたびにどこかの血管がブチギレるかと思った。
「そんな無意味なアナタがこともあろうか王太子妃候補に名を連ねようなんて。いい、スピリナル王国の王太子妃は、もっとも強い魔法令嬢がなるべきものよ。私たちはその栄誉を巡って競い合っている。その中に魔力のないアナタが紛れ込んでいいわけがないわ!」
前世でもそんなこと言われたわよねえ……。
その時のリアクションはどうだったかって?
ビンタ一発かましてそこから大ゲンカだったわね。
若気の至りだったわ、あの頃は。
「それがわかったらさっさと辞退の旨を出しなさい。神聖なる王太子妃選びにアナタのような汚点は必要ないのよ!」
「私だって自分の存在は弁えてますが……」
ただ今の私は昔の私とはまた違う。
繰り返しの人生でもそれなりに積み重ねられた経験。かつての失敗を糧に、今日の成功を手繰り寄せてみせるわ。
「私がこの席にいることは私が決めたことではありません。すべて王家の決定によるもの。私ごときに逆らう権限などありません」
「うッ?」
それは貴族令嬢であるアナタなら百も承知していることでしょう?
していなかったら魔法が使えないこと以上にヤバいわよ。
「私から王家に異を唱えるなんてとてもとても……。ですので願わくばアナタから訴えてはいただけませんか?」
「ハァ!? なんで私が!?」
「ファンソワーズ嬢は同年代の中でも屈指の魔力量の持ち主。そんなアナタの主張なら王家も重く受け止めて下されるやもしれませんわ」
まあ、実際そんなことはないでしょうけどね。
いちいち王家の意向に盾突くような令嬢だと、どんなに能力面で優れていても王太子妃にはふさわしくない。
まして能力面でも彼女と同等以上があと二人いるんだから、王家側も遠慮なく切り捨てられることでしょうね。
「ファンソワーズ嬢」
「何よ?」
「アナタの言うことに間違いはありません。所詮私は魔力のない木っ端令嬢。アナタがいちいち目くじらを立てずとも、正式に王太子妃が決まるまでのどこかで自然と脱落したしましょう」
だから、いずれ消える者のことなど眼中に入れる価値などないのですよ。
「それよりもアナタはアナタ自身にもっと意識を向けなければいけません」
「わ、私……!?」
「アナタはたしかのこの中でも一、二を争う魔力量の持ち主。王太子妃に選ばれる可能性は高いでしょう。しかし確実に選ばれるかといわれればそうではありません。候補の中にはアナタと遜色ない魔力量の持ち主がいて、しかもその人たちはアナタより家格が上なのですから」
そう言われた瞬間ファンソワーズ嬢の視線が左右を走る。
セリーヌ辺境伯令嬢とシャンタル公爵令嬢を探しているのだろう。
「ファンソワーズ嬢。アナタが本当に王太子妃となりたいのであれば私ごときに気を割いている時間はありませんよ。もっとご自身に集中なさい。王太子妃として殿下のために何ができるか、民のためにどうあるべきか、真剣に考えなければキストハルト殿下の隣に立つ資格はありませんわよ」
返ってこない反論。
周囲にいる他の令嬢まで言葉を失い、場に気まずい静寂が漂った。
私そこまで大したこと言いましたか?
沈黙に気まずくなってしまったのでさっさと立ち去ろうかと思ったが、その前に沈黙を破る能天気な声が。
「エルトリーデ!」
「殿下……!?」
たった今話題に出ていた王太子キストハルトではないの?
第二審査の説明が終わったあとに登場するという、なんともタイミング外し。
「エルトリーデよ、王太子妃選びの説明もそろそろ終わった頃だろう? ならここからは心置きなくオレに付き合えるな!」
「いいえ、普通に屋敷に帰りますけれども」
王太子妃になることを望んでここに集まった十余名の令嬢たちも、王太子本人の登場に俄かにざわつく。
「そうつれないことを言わないでくれ、キミが主導してくれたサザンランダ地区の再開発計画、キミの父上からも正式な協力を得られた。こういう時魔法通信は便利だな!」
「魔法でも工業でも使えるものは有効利用すべきです」
「ただこれを機に王都全体に下水施設を完備させようと思ったが、キミの父上に難色を示された。キミはどう思う?」
「それはそうでしょう。一地区の整備なら慈善か興業で済まされますけれども、王都丸ごと一つを巻き込もうというなら一貴族には荷が重すぎます。そこまでさせるなら父のことを工部大臣にでも任じてくださらないと……」
「巨大な事業を扱うにはそれに似合った巨大な権力が必要ということか。そして巨大な権力を扱うにはそれに似合った肩書が必要。……いっそのことキミが王太子妃になってキミの主導で行うというのはどうだ?」
「お戯れを」
「戯れではないのだがなあ」
いくら冗談でもこの場で言うことじゃないわ。
王太子妃を巡ってしのぎを削り合う令嬢たちが一堂に会するこの場所で。
「なんで殿下は『魔力なし』をあんなにも甘やかすの?」
「王太子妃と言った……!? あの『魔力なし』を?」
「一体殿下は何をお考えなの?」
いいえ、王太子の思惑は何となく読めてきている。
サザンランダ地区からの帰り道辺りから。
王太子は、魔法だけで回そうとするこの国の政道に不満を感じていらっしゃるのだ。
他国では様々な新しい技術が生まれている。
なのに我が国では魔法ばかりに頼って少しも進歩が起こらない。これでは我が国だけが立ち遅れてしまう。
そのことに危機感を感じるキストハルト殿下は英明であらせられるのだと思う。
魔法ばかりに気をやる自国の貴族たちを意識改革するために、わざと彼らの見える場所で『魔力なし』の私を称揚しているのだろう。
今になって考えてみたら前世の私が王太子妃になれる寸前まで行けたのも、王太子のそんな思惑が絡んでいたからなのかもしれない。
前世も今世も優秀なのだわあの人は。
本当に王太子妃に娶ることはなくても一、二を争うところにまで食い込めれば貴族たちも『魔法だけが価値ではない』と考え直すことだろう。
そんな王太子の思惑も見抜けずに暴走しまくった挙句断罪されたのが前世の私なのだけれど。
同じ間違いを繰り返すわけにはいかないわね。
私は王太子からのお茶の誘いをやんわり断り、他令嬢たちからの怨嗟の視線を極力気づかないふりしながら王城を辞去した。
◆
というわけで一旦上屋敷へと戻ってきた私。
気疲れしたわね。
二十日後にはまた嫌でも顔合わせしないと、と思うとしんどいわ。
「情けねえこと言わないでくださいよ、お嬢。お嬢ならスパッとクリアして王妃様にチェックメイトでさぁ」
「誰がお嬢よ?」
屋敷では予想外の客人が私の帰りを待っていた。
サザンランダ地区の元締めガトウ。
王都の裏社会を牛耳る彼が、こないだの話し合いから数日経たずにもう向こうから訪ねてきた。
「まずは礼をと思いましてね」
「お礼?」
「サザンランダ地区に下水を通すために、もうエルデンヴァルク領から工人が送られてきてね。その監督とかいうヤツがまた癖のあるヤツで……」
「うふふ、面食らったでしょう?」
私も領地では面識のあった人なので、その性格の濃さを思い出す。
「ええ、顔を合わせるなり『臭いなここは!』ですよ。しかし二言目には『こういう臭い場所にこそ下水施設がいる』『やりがいのある仕事になりそうだ』と」
「彼の仕事には間違いないわ。安心して任せて、一刻も早く工事を完成させましょう」
「やけに急かしますね?」
実際急ぐ理由がありからね。
短い時間で終わらせればそれだけ横紙破りされる隙が短くなるということ。
魔法至上主義であるこの国で、工業技術を利用した下水施設はまだまだ受け入れづらいのよ。
だから妨害が始まる前に、さっさと終わらせてしまわないとね。
「別にそう深刻にならずともいいんじゃないですか? お嬢が王妃様になりさえすりゃあ、この国も変わるでしょう?」
「ありえないことを前提においても現実は添ってくれないわよ」
王太子が浮かれるせいで多くの人があらぬ誤解をしていく。
これはできる限り次の選考で脱落すべきね。
人数が絞れてくれば王太子一人の意志で通すにも限界が出てくることだろうし。
「理想を語るのはこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょうかね」
ガトウが言う。
あれ? 今のが本題じゃなかったの?
「でっかい報酬を先払いでいただいていますんで、全力尽くさなきゃあゴロツキの矜持が廃ります」
そんな矜持は持たなくていいから、もっと別種のプライドを養いなさい。
「ご依頼通り、王都中の情報を集めてまいりました。その中でいささか気になることがありましてね。これはいの一番でお嬢に知らせるべきかと」
「一体何よ?」
やけに勿体つけた言い方をするのね?
「この王都に、『フェアリー・パニック』が入り込んだ形跡があります」





