22 死に戻り令嬢、二次審査へ進む
王都裏社会のドン、ガトウとの話は決着した。
望む限り最善の結果で。
王都での情報集めが当初の目的だったけれど結局多くの望みをここで一挙に果たしてしまった気がする。
前世で私が散々利用したガトウへの償いも。
彼は元来からして人の上に立つ才覚の持ち主であったのだろう。
それがたまたまスラムに生れ落ち、スラムで頂点を取るには大悪人になるしかなかった。
しかし、この場所が変わっていけば、それに合わせて行儀のいい人間にもなれる。
そんな柔軟さも持っている。
彼を味方に引き入れれば、これから先の王太子妃選びも無難に凌ぎ切れるものと思う。
多分。
「実に見事だったな。見惚れたよ」
用が済み、サザンランド地区から出たところでやっと王太子が口を開いた。
彼なりに律義に約束を守ってくれたということなんだろう。
「まさか王都スラムの頭目を引き入れるとは、キミは他の令嬢とはまったく発想の次元が違うようだ。いや仮に思いつけたとしても、実際に海千山千の曲者を説得できるかどうかは別問題。キミの話術がそれだけ優れていたということだな」
「そんなことはありません。すべては殿下のおかげです」
「オレの?」
交渉中の一瞬、ガトウの視線が横へずれて、私を見ていなかった。
あの一瞬彼が見ていたのは私の後方で待機していたキストハルト王太子。
王都の裏社会を牛耳り、トップとして情報の重要さをよく知るガトウが、我が国の王族の顔を知らないわけがない。
彼は気づいたのだ。私の護衛のふりをして張り付いてきたのが、この国の未来の王だということに。
そして私が提示した口約束に、王族の承認があると向こうが勝手に勘違いしてくれたのだろう。
そうすると信頼度は段違いに上がってくる。
結局この誰とも知れない小娘の言うことは、父であるエルデンヴァルク公爵と、同伴者キストハルト王太子の信頼度を借りて成就したようなもの。
みずからの不甲斐なさを痛感するわ。
まあ二十歳も迎えていない小娘では実際その程度なんでしょうけれど。
「しかし実際、キミの狙いはどこまでだったんだ?」
「と言いますと?」
「たしかにキミは、この王都で使える私的な実働能力が欲しかったのかもしれん。それにはあのゴロツキたちは最善……とは言い難いがそれなりに優秀な手駒だろう。しかしだとしてもあの報酬は法外すぎる。公爵令嬢のお小遣いではとても賄えまい」
「ご心配なく」
この件に関しては私個人ではなくエルデンヴァルク公爵家の全面出資で行われる。
その許可は既にお父様から貰っている。
計画自体は以前からコツコツ進めていたので、その準備が生きたわ。
「サザンランド地区の再開発は一切すべて、エルデンヴァルク家の出資と計画で進めさせていただきます。まああの地区は王政からも打ち捨てられていますから許可も必要ないとは思いますが」
「もし、すべてはオレの主導で行うと言ったら?」
「あら主君たる者が臣下の功を取り上げるおつもり?」
ちょっと想定外の探りに内心では動揺する。
と言うかそれはちょっと困る。ガトウには既に私との約束で進めると言ってあるし。
「全部を取り上げるつもりはないが、オレからの命令という形にしておいた方がいいだろう。それだけで横やりはだいぶ減る」
「それはたしかに、そうですが……」
「あの地区が、王都における問題だというのは誰もが認識している。それを解決したとなればキミの評価は嫌でも上がるだろう。さらにそれをオレの命で行ったとなれば、キミとオレの密接なかかわりを多くの者たちが嗅ぎ取らざるを得ない」
「は?」
何をそういうことになっていますの?
「この国の貴族連中が、魔力ありきで王太子妃を選別している横で、キミは実質的な成果で王太子妃としての素質を見せようというわけだ。本当にキミは見ていて楽しませてくれる」
違いますが。
ヒトが前世の清算を済ませようと必死になっているのに、何を独自解釈を絡ませているんでしょう?
この人がついてくると私のすることなんでも都合のいいように組み込まれてしまうわ。
こうなったら王太子妃選びの次の段階で、必ず脱落するように励まなければ!
◆
そして数日が経って。
本格的に王太子妃選びに動きがあった。
日を改めて再び王城に集められる令嬢たち。
しかしその人数はいつぞやの夜会に比べて遥かに少ない。
その数は十分の一以下。
実数は二十人程度といったところか。
この私、エルトリーデを含めて。
「ここにお集まりいただいた令嬢方。皆々様が引き続き、王太子キストハルト殿下のお妃となられる資格を引き続き有した御方たちです」
そう司会者然として言うのは、王城務めの執務者らしき人。
年齢は四十代ほどで、その口調態度には長く王家に仕える自負のようなものが窺えた。
「まず自己紹介から始めますれば吾輩はベスリン侯爵アズクロと申すもの。皆さまの第二の選抜を差配させていただきます。さて皆様は先日の夜会にて、密かに行われた魔力計測で一定の値を出し、王太子妃の資格ありと判断された方々です。……一部を除いて、ではありますが」
差配人を名乗る方から送られる露骨な視線。
その先にあるのは明確に私だわ。
魔力のない私がどの面下げてここにいるのか、と言わんばかりね。
でも文句は王太子に言ってほしいものだわ。
私の通過を認めたのは彼による鶴の一声なんでしょうから。
「一次審査で御令嬢方は魔力の大きさを示しました。しかし魔力が大きければ魔法使いとして優秀というわけではありませぬ。大きな力を適切に使えてこその一流なのです」
差配人の説明は続く。
要するに第一次では力を、第二次では技術を見せろというわけでしょう。
彼が何を言い、何をやらせたがっているかは知っている。
何しろ前世で既に経験したことだから。既に知っていることを知らないふりをし、熱心に聞くふりまでしないといけないってことは案外辛いわね。
「ということで王太子妃候補の皆様には『グレムリンの森』に入っていただきます」
『グレムリンの森』。
前世でも聞いたその地名に、私は若干の緊張を含ませる。
そこはスピリナル王国にいくつかある魔所の一つ。
邪悪な妖精の棲み処となっている。
妖精は基本正邪どちらでもなく、化外の存在ではあれども害はないとされている。
しかし中にはイタズラの度が過ぎ、ヒトに危害を加えるものして敬遠される妖精もいる。
そうした妖精の一種がグレムリン。
グレムリンたちの住む森が王都から離れすぎず近すぎずのちょうどいい位置にあり、こうした催しの際に便利使いされている。
半人前の騎士やら兵士に実戦の空気を知らせるのにグレムリンは格好の相手。
人を見れば好んで襲い掛かるが、所詮やりすぎのイタズラ程度なので怪我しようとも命に係わることはまずない。
そんな相手に魔法を使って、技量を見極めようってこと。
改めて聞くとくだらなさが倍増するわね。
こんな方法で王太子妃を決めようなんて。
「本開催は二十日後を予定しています。それまでに各自準備を怠りなきよう願います」
そして何故か開催までの期間が長い。
さっさと終わらせてさっさと帰りたいんだけど。この手透きな期間をどう過ごせばいいかと考えたけれど、どの道サザンランド地区再開発の打ち合わせが忙しないんだったわと思いだす。
だったら時を無駄にせずさっさと帰ろう……と立ち上がる矢先。
「お待ちなさい、そこの『魔力なし』」
誰かが私を呼び止めた。
『魔力なし』の貴族は私しかいないんだから私を呼び止めたという理解で問題ないわよ。
それでどなたかしら、私を呼ぶのは?
振り返るとそこには見事な赤毛の令嬢が立っていた。
まるで燃え盛る炎のような紅蓮の髪色。
その特徴に思い当たるものがあった。
侯爵令嬢ファンソワーズ・ボヌクート。
次期王太子妃を有力視される四人の令嬢の一人。
そのうちの一人のアデリーナ伯爵令嬢が、別のお相手を見つけてさっさと自主脱落してしまったので今は三人だけれども。
他の有力者セリーヌ辺境伯令嬢とシャンタル公爵令嬢も当然この第二審査に進んでいて、その姿がチラホラとある。
しかし今、目の前にデンと立ちはだかって視界全体を覆わんばかりなのは、ファンソワーズ侯爵令嬢。
見るからにろくでもない理由で私を呼び止めたのだろうが、無視して歩き去るのも貴族としての礼儀にもとる。
私は仕方なく対応に務めた。
「私に何か御用かしら? ファンソワーズ嬢」
「アナタ目障りだわ。今すぐ王太子妃選びを辞退なさい」
また率直に言ってくるわねえ。
そういえば前世でもこういう性格だったわこの娘は。
直情的というのかしら。
今世でこそ心に余裕ができてこういう生意気な態度も許容できるようになったけれど、余裕その他がまったくなかった前世では彼女の一挙手一投足に苛つかされたものだった。
だからこの二次審査で、事故を装って大怪我を負わせたのよね。





