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20 死に戻り令嬢、スラムの主と対峙する

 というわけでこれからスラムの頭目ガトウと対面しますわ。


 そこまでの道のりがまた大変だけれども。

 何せ今世での私とガトウはまだ面識なし。赤の他人である上に、こっちは公爵令嬢であっちはゴロツキの頭目と、身分も違えば生きる世界も違う。


 そんな二人が顔を合わせるにはそれなりの段階が必要。

 場合によっては今日だけじゃ目的達成できず、日を改める可能性があるかもしれないわね。


 まあ、その時はその時ということで、まずはガトウと渡りをつけるための場所へ行きましょう。

 前世での記憶だけを頼りに……。

 ……あれ?

 思ってた景色と違うわね? 道間違えた?


 前世ぶり八年以上も離れていたからさすがに記憶が曖昧だわ。

 一旦戻って、こっちの道?

 ……そうだわ!


 ここよここ! この酒場にガトウと渡りをつける手掛かりがあるのよ!


「大丈夫なのか? 本当にここなのか?」


 同じ道を行ったり来たりさせられた王太子、すっかり疑わしい目つきになっている。

 疑惑も聞こえなかったフリをして、私は酒場に入った。


 ドレス姿のお嬢様が唐突来店。

 当然悪目立ちし、既に酒場に入り浸っている酔客たちから注目の的になる。


 この程度の視線に怯んでいるようでは公爵令嬢失格よ。


 ずかずかと店内に分け入り、一番奥のカウンターに座る。

 王太子も戸惑いつつ私の後ろに続いた。


 カウンターに立つ、この店のマスターらしき男は戸惑いの表情で……。


「お嬢さん、一体何の用かな? ここはアンタのようなお上品な人の来るところじゃ……」

「酒場に来る用は、お酒を飲むこと。違うかしら?」


 相手の戸惑いに合わせていたらいつまでも進まないので、ここは強引に押し切る。

 むしろ困惑に付け入るのがこの場の上手いやり方だわ。


「この店で一番強い酒を」

「う……」


 注文を受けて、動揺しながらも注文に従うマスター。


 一応私もデビュタントを済ませる程度の年齢なのでお酒は飲めないでもないけど……。

 しかしこのお酒は、飲むために注文するのではない。


「これがウチで一番度の高い酒だが……。文字通り飲んだら口から火を噴くぜ? お嬢ちゃん背伸びしたけりゃもっと上品な店で……」


 忠告するマスターを無視し、私は次なる行動に出た。


 出された酒を飲まず、そのグラスの中にコインを一枚、落とした。

 酒の中に沈むコイン。


「これを飲んでほしい方がいるの。持って行ってあげてくれないかしら?」

「アンタまさか……!?」


 終始戸惑いっぱなしのマスターだが、機械的にグラスを持って店の奥へと消えていった。


 何も知らない人が見たら、何をしているのかと困惑し通しだろう。

 事実私の後ろで一部始終を見守っている王太子は、何も理解できずに表情が素になっていた。


「エルトリーデ、これは何が……?」

「口出し無用とお約束したはずです。ご安心を、今のところ予定通りに運んでいます」


 ここから先もそうかはわからないけれど。


 少し待っていると、マスターが再び店の奥から顔を出す。


「お会いになるそうだ。ついてこい」

「よしなに」


 これで第一関門はクリアね。

 直接会ってからが第二関門。


 マスターの案内に従って店の奥に進むと、こんなうらぶれた酒場には不似合いの個室スペースがあった。


 そこは店の表より遥かにすえた匂いが漂っていて、食べ散らかされたテーブルの一番奥の上座に、いかにもゴロツキの親玉といった風格の男が座っている。


 三十代半ばといった精悍さで、無造作に伸ばした長い髪がワイルドさを出している。

 そして目つきはやたらと爛々としていて、心の奥底にある獰猛さを垣間見せるよう。


 この男こそがスラムの頭目ガトウ。

 人呼んで『釘抜き』のガトウ。


 部屋には彼以外にも数人の屈強な男らが卓を囲んでいた。

 お陰で女性の私一人がやたらと浮いて見えるわ。


 さらに私の後ろの王太子も、この異様な光景にはさすがに面食らっている様子。


 さて、ついに対面を果たした今回の目標ガトウだけれど。

 まず最初の一言は……。


「どこで知った?」


 前置きなしのひたすら唐突。


「店で一番強い酒に、王国銅貨……製造年号が三の倍数のものを入れて渡す。……それがこの店の本当の持ち主であるオレへ面会を求める合図だ」

「手の込んだ暗号ですわね」

「オレも敵の多い身なんでな。だからこそこの符丁は、仲間内のごくごく信頼できるヤツにしか知らせてない。アンタのような部外者が知ってちゃいかんものだ。オレが信頼するごく僅かな連中に、裏切り者がいるってことだからな」


 もちろんそんなことはない。

 私がこの符丁を知ったのは前世でのこと。

 私が王太子妃選びを非合法な方法で勝ち抜くために、裏の実働手段を求めていた私。

 そんな私の手の内に運悪く捕まったのがこのガトウだった。


 符丁はその時に教えられたもの。

 今世になって変わっている可能性がないこともなかったから、実際試してみるまでドキドキだったけれど。


 でも、試した甲斐はあった。

 正念場はここからだけど。


「安心なさい。アナタのお仲間が裏切ったわけではないから。ただこの私に、力があるというだけよ。ヒトの知られたくないことまで簡単に知ることができる程度のね」

「貴族様ってのは尊大でいけねえ。こんな小娘まで生意気になりやがるとはよ」

「あら、ご存じなくて? 貴族とは偉いのよ。偉い人間が卑屈な態度をとる方が物事が歪んで悪いことが起こりやすいの。私はあるべき者の振舞いをしているだけに過ぎないわ」

「しゃらくせぇ」


 空気が張り詰めているわね。

 彼らも、いきなり現れた私のことを計りかねて、警戒を解けないんでしょう。


 ガトウ自身も、周りの部下も少しでも隙を見つければ今にも飛びかからんばかりの臨戦態勢。

 でも私の後ろに王太子がいることで迂闊に動けずにいるんでしょうね。


 実際、この国で最強の魔法使いでもある王太子は、その気になれば一人でこのスラムを制圧することだってできるでしょう。


 彼らはそんな王太子のことを、私に付き従ってきたボディガードとでも踏んでいるんでしょうね。

 そのお陰でゴロツキたちも迂闊に動けないでいる。彼の強さを肌で感じ取っているんだわ。


 だから私も余裕をもって交渉を進められる。危険のただ中じゃそれだけで精神を削られて些細なミスを起こしかねない。


 認めたくはないけれど王太子の存在に救われているってことね。


「情報は、状況を制すために重要なもの。私も何より情報を重視しているわ。アナタたちの秘密の合図を盗み知ることができたのは、その心がけゆえと言っておきましょう」

「お貴族様が、さぞかし優秀なスパイでも飼っているんだろうな」


 疑り深いスラムのボスが勝手に推測を広げてくれている。

 真実を告げるわけにもいかないから想像してくれるのは却って助かるけれど。

 私も相手の立てた設定に乗っておく。


「でも私は、自分の情報収集能力にまだまだ満足していないの。特にここ王都では、ホームでないために細かな情報を集めるのに手間がかかってしまう」

「はッ、オレたちの中枢の情報を盗み取れれば充分だろう」

「思い上がりが酷いわね。スラムのゴロツキのから掠め取れる情報なんて、大した価値はないわよ」


 それに実際は、何らかの手段でゲットしたのではなく前世の知識の使い回しだしね。


「そこでアナタたちに仕事を頼みたいの。訪問の用件もそれよ」

「仕事だ?」

「王都全域から情報を集めて私に売ってほしいの。そういうの、アナタたち得意でしょう?」


 王都の裏社会に精通している彼らにとって、ヒトに知られたくない情報ほど回ってくるもの。


 前世での私も大いにそれを活用した。

 ガトウが拾ってくる情報は、アンダーグラウンド経由だけに玉石混交。使えないものも多く混ざっていたけどその中からピンポイントで使える情報を引き出し、有効に使うことに私は大いに長けていた。


 たとえばどこそこの貴族が不正を働いているとかいう情報、貴族本人でなくてもその妻や息子娘が何かしらやらかしたという話。


 それらをネタに脅しつければ簡単に言うことを聞かせられたし、それが王太子妃候補のライバルであればそのまま不祥事を暴露し、王太子妃選びから脱落させることもできた。


 もちろん今世での私はそんなことしないけど。


 しかし情報が重要だという事実そのものは前世だろうと今世だろうと変わらない。


 こうして王太子妃選びに本格的に巻き込まれた今、何も知らずにのほほんと過ごしていたら命に係わる危険にも気づかずにいてしまう。


 前世の知識からある程度の予測も立つけれどそれも絶対じゃない。

 そのことは既にアデリーナ嬢の一件で立証済みよ。


 だからこそ今の私には、採れたて新鮮な情報を手にする仕組みを早急に確保しないといけない。

 それに打ってつけなのが王都の裏社会を牛耳るガトウとその一味というわけ。


 今世の私に、王太子妃になろうという野望はない。


 それでも今の自分を守り抜くために最低限の自衛行動は必要だわ。


 そのためにも今ここでガトウを味方につける必要がある。

 ガトウ自身の夢のためにも。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前回は後の時期に出会うはずだったキーマンにいきなり会いに行ったと言うわけですか。 良かれと思って起こした行動が予想を裏切る面白さに期待です
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