16 王太子、半生を振り返る
オレは王太子キストハルト。
スピリナル王国、現国王レモダニエスの息子。そしていずれは父の跡を継ぎ、オレが新たな国王となるだろう。
生まれながらに決まっていたことだ。
血統もさることながら、オレはさらに恵まれていて生まれつき保有魔力量が大きく、希少な光属性を得意としていた。
だから『百年に一度の逸材だ』などと言われて随分大切に育てられたものだ。
オレが成長して王位を継げば、きっと歴代最高の栄華を築き上げるだろうと。
子どもの頃から多くの人間が集まり、オレを中心に囲んだ。
いずれもオレにすり寄るか、崇拝するか、あわよくばうまく利用しようとするヤツばかり。
それもまた力ある王族に生まれた宿命か……と達観できるようになったのはいつ頃からか。
あちらが利用してくるなら、こちらも利用するのみ。
王にとって臣下は駒。盤上で動かすように、我が身にとって役立てればいい。
いつからかそういう風にヒトを見るようになっていった。
そんなある日のこと。オレはある少女を見かけた。
八歳か九歳ぐらいに見えた。
オレは魔法修練場を訪ねる用があって、その用事自体はすぐに終わって帰り際のことだった。
少女は必死に杖を振っているが、魔法そのものは何も出ない。
魔力も欠片も感じない。
一体何をしているんだあの少女は? 不思議に思ったオレが余程食い入るように見ていたのだろう。
付き人が解説するように言った。
『あれはエルデンヴァルク家のお嬢様ですな』と。
エルデンヴァルク家といえば代々高位魔法使いを輩出する名門で、たしか現当主も十指に入るほどの手錬であったはず。
オレがそのことを確認すると付き人は『さすが王子、よくご存じで』と見え透いた世辞を言ってから、しかしすぐに厭味ったらしい表情になり……。
『しかし、そのご令嬢は、両親の才覚をまったく受け継がなかったようで、むしろ貴族に生まれたのが間違いではないかと思えるほどまったく魔法の能力がなく、ついたあだ名が「魔力なし」令嬢と……』
と下卑た愉悦をたっぷり込めて言う。
コイツは付き人から外すべきだな……と思う一方で、いまだ何の力もない魔法杖を振り続ける少女にオレの視線はまだ引かれた。
何の成果もないのに努力し続けるというのは、一体どういう気持ちなのだろう?
オレはすべてに恵まれている。
血統も、地位も、魔力も、知識も。
努力して、その分だけ成果が上がるのは楽しい。オレは才能がある分、努力した成果がそのまま返ってくるのに慣れてしまっていた。
しかし世の中すべてがそうではない。
中には不器用な人間ともいて努力の効率が悪く、頑張っても十分の一……百分の一も返ってこない場合もある。
あの少女に限ってはまったくのゼロだ。
何故そこまで頑張ることができるのだろう?
人生で初めて湧いた疑問。
その時はそれだけだった。
いつかあの少女も自分の努力が無駄だと、悟るのだろうか。
その頃からオレの王太子擁立が具体化し、見る見る忙しさも増していく。
雑事に追われ彼女の印象もすぐに記憶の奥底に沈んでいった。
ある時ふと思い出し、手近にいた者へ彼女の動向を聞いてみたら……。
『エルデンヴァルク家のエルトリーデ嬢ですか? そう言えば最近見ておりませんな』
ソイツ自身も長らく忘れていたと言わんばかりだった。
『以前は呼んでもないのに茶会やパーティに押しかけてきてやかましいぐらいでしたからな……。「魔力なし」令嬢などどこでもお呼びでないというのに』
と苦笑交じりに言う。
『エルデンヴァルク公爵自身、領地に引っ込んでしまいましたので、きっとそれに同行したのでしょう。ま、あのような出来損ないは奥に隠してヒト様に見せない方が正解ですよ』
何度解雇してもこのように人品の汚いヤツはどこかに一人紛れ込んでくる。
こういうヤツほど身辺調査したら後ろ暗いことが必ず出てくるものだから、いつものように調べて退職に追い込もう。
そう思う一方で、ヤツから聞いた言葉に軽い衝撃を受けている自分に衝撃を受けた。
彼女は……頑張ることをやめたのか。
領地に戻り、この中央から遠ざかったということはそういうことだ。真っ当な貴族であることをやめたんだろう。
そう思い至ると何故か落胆を覚えた。
彼女にとってはその方がいい。無駄な努力などしないに越したことはない。
しかしもう、あの頑張る少女を目にすることは二度とないのか。
そしてまた数年が過ぎた。
オレも速やかに立太子を終え、よほどのことがない限りオレが次の王となることは確定となった。
そうなると次に決めるべきはオレのパートナー。
王太子妃……いずれ未来の王妃になる席を巡って周囲が俄かに熱くなり始めた。
我が国の王妃選びは独特で、何よりもまず妃となる令嬢の魔力の強さが重要視される。
むしろそれ以外重視されない。
だから階級派閥に関係なく、とにかく貴族令嬢であれば全員一旦王城に集め、その中から選抜する。
もっとも魔力が強く、魔法の圧買いが上手い令嬢を。
以前、世間話の弾みにそのことを他国の王族に話したことがある。
そうしたら彼は苦笑を浮かべて……。
『いやぁ、さすがスピリナル王国は魔法大国。国母の選び方も独特なのですなあ』と言われた。
声色には明らかな侮りがあった。
『我が国ではより速い馬を得るために、よりいい成績を残した競走馬同士を交配させるのですよ。それと同じようなものですかな?』とまで。
その頃からオレは薄々感じ取っていた。
我が国は周辺各国から見下されているのではないか? と。
魔法は我が王国にしかない。
遥かな昔、初代国王が精霊との契りを果たすことで得たという力が魔法。その力は血脈に宿り、王侯に脈々と受け継がれてきた。
我が国はそれを心から誇りに思い、だからこそ魔法を何よりも大切にする。
妃選びの基準もそれを基としているんだろうが、それが正しいのかと最近思う。
あの他国の王族の、侮蔑的な笑みを思い返すたびにそう思うのだ。
オレはいずれ王となって、この国をあるべき方向に導かなければいけない。
『あるべき方向』とはどちら向きなのだろうか?
これまで通り魔法を何より優先した体制を維持すべきなのか。
それとも外から何かしら新しいものを取り入れていくべきなのか。
そんな葛藤を表に出して、臣下に不安を覚えさせるわけにもいかない。
自分の中にある疑問を奥底に封じ込めながら、オレは王太子としての務めを淡々と果たしていった。
◆
そしてついに王太子妃選びが始まった。
初日は夜会。
王家の都合で一堂に集めた令嬢たちをもてなすという意味合いもある傍らで、真の目的は王家お抱えの審魔官によって各令嬢の魔力を計るという意味合いもあった。
こういう場合の自己申告なんてアテにならんからな。
こちら側の信頼できる人員に計らせる方が最善だ。
しかしまあ、この日を迎えたオレの心情は晴れやかではなかった。
自分の結婚相手を選ぶというのに、オレの意志は完全無視なのだな、と。
それは別に、他のどの国の王族だって同じこと。
王の妻になれば同時に小さからぬ権力をその手に得る、けして個人の感情だけで決定されていいことではない。
それはわかっている。
しかし魔力の強弱だけで決めるというのもな……。
そんな想いを抱きながら王城のテラスから城門周辺を見下ろしていた。
ここからだと訪問客を逐一確認できるのでな。
しかし我が国の令嬢たちは今夜もピカピカだな。
我が国独特の文化で魔法ドレスというヤツだ。
ドレスに魔力を流し込める仕組みになっていて。地水火風、様々な属性でドレスに輝きを灯らせる。
どの程度の輝きを持続して灯らせるかで、装着している令嬢の魔力の高さをアピールする役割も担っている。
しかしオレにとってはそこまで目に愉快なものではないがな。
そもそも光の魔力を持つオレこそがもっとも煌びやかな明かりを灯せるのだし。それに他国で見た、多くのデザイナーがしのぎを削って作り出す最先端デザインのドレスの方が洒脱さで優っているとしか思えない。
魔法こそが至高と思って疑わない、我が国の思想的問題か。
しかしそれを表立って指摘するのは王太子として許されない行為だろうな。
そうして王太子妃の座を狙う令嬢たちの列をぼんやりぼんやり眺めていると……ある一人の令嬢に目が留まった。
なんだ彼女は?
この国特有の魔法ドレスを着ていない。
それどころか彼女が着ているのは、他国の王宮舞踏会に着ていっても見劣りしない最高級品ではないか?
あの生地の色艶……最上級のシルクを、その品質が少しも落ちることなくバラのような真紅に染め上げている。
それを着ている令嬢自身も、目が覚めるほどに美しい。
このテラスの長距離からでもハッキリわかるほど。
あんな美姫がこの国いたのか?
そうだったら少しは噂に上がってもおかしくなかろうに。
クソ、さすがにテラスからでは詳しい目鼻立ちはわからない……!
もっと近くで、そう思ったらもうジッとしてはいられずに待機室を飛び出し、階段を駆け下りた。





