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15 死に戻り令嬢、皮肉を吐く

「キストハルト殿下、何故ここに?」

「『何故』とは随分だね。ここ王城は我ら王族の住居でもある。オレがいたって何の不思議もないだろう?」


 そうかもしれませんが……。

 だからって王城は広いですよ、テキトーに歩いて王太子と遭遇する可能性なんてそんなにないはずでは?


「アデリーナ嬢は帰っていったようだね、愛しい婚約者と一緒に。彼らが幸せそうで本当によかった」

「すべては殿下の御英断によるものでございます」

「そんなことはない。オレはただキミの策に便乗しただけのことだ」

「……!」


 その言葉に、取り繕っていた表情が弾け飛んで驚愕に固まった。


 王太子への礼として頭を下げていたから顔を直接見られていなかったのはよかったけど。


「……すべて知っておられたということですか?」

「キミの機転には心から感謝したい。もし本当に、彼女らが手に手を取って夜会から逃げ出していたら、王家への非礼はもはや見過ごせるものではなくオレみずから厳しい処断をしなければならなかった」

「繰り返し申し上げますが、すべてを丸く収めたのは殿下の英邁なる決定によるものでございます」


 私が指示したのは、あの公の場で二人に直訴させること。

 決闘までは策に入っていなかった。

 二人の恋路、王家の面子……あらゆる方面で一つの傷もなく完璧に解決したのは王太子の先を読み、状況を制御する能力が誰より優れていた証拠。


「それほどの筋書きを、アデリーナ嬢たちが訴えてきた数秒の間にまとめ切ったのです。殿下の思考の速さには驚嘆するばかりですわ」

「オレも繰り返そう、オレはキミの策に便乗しただけだ。あんな回りくどい仕置き、言われてすぐに思いつくわけがないだろう」


 言われてみればそうだ。

 指摘されて初めて気づくなんて。


「盗み聞きされていたのですか? あの二人の中庭での逢瀬を?」

「あの時点でキミの計画を知れたから、考えをまとめる時間を取れて計画の書き加えができた。いくらオレでも一から組み立てて、あそこまで八方丸く収まる策を考え出すことはできないよ。いわば今宵の沙汰は、オレとキミの共同作業による合作といったところだね」


 その言い方やめてもらえます?

 なんだか気持ち悪いので。


「恐れ入りました……。だったら殿下も最初から一声あってもいいものを」

「そうしたらすべてが芝居になってしまうからね。アデリーナ嬢とその恋人、とても純真で演技なんかできそうにないじゃないか。キミやオレと違ってね」


 そう言われると納得してしまう。

 今日の出来事、何事もあの二人の真剣さが重要なる成功のカギだった。


 アデリーナ嬢の恋人が鬼気迫る勢いで挑んだこそ、見守っていた他貴族たちも気圧され、あとからの王太子の決定に賛同したんだろう。


「ベレト侯爵子息が将来有望な魔法騎士になるという見立ても、その場限りのウソじゃない。彼という稀有の人材を確保し、絶対の忠誠を得られるならオレにとっても有益だ。かたやアデリーナ嬢と同等以上の王太子妃候補は何人かいるから、手放しても惜しくないと思った」

「すべて計算のうち、感服いたします」

「そして益があったのはキミもじゃないか?」


 どういうこと?

 急に私へ向いたフォーカスに、意図が読めず戸惑う。


「すべてが丸く収まったと言うならキミにとっても何かいいことがなくてはね。何しろキミはオレと同じ、今日の出来事を裏で差配した黒幕の一人なんだから」

「物騒な呼び方ですわね。あの二人が結ばれたことで私に何の得があるのでしょう?」


 前世で陥れた人たちが今世では幸せになってくれる。

 そのことで私の中にある罪悪感が一欠片消滅する。


 私にとっての有益はそれで充分だわ。


「オレが推測するに……王太子妃選びの競争相手を排除できたこと……かな?」

「はい?」

「アデリーナ嬢は大魔力量保持者。おかげで次期王太子妃の有力候補に挙がっていた。そんな彼女がいなくなればキミが王太子妃に選ばれる可能性もまた上がる」


 この王子、適当な推測を悪びれもせず語るじゃないの。

 いや、そこまで適当なわけでもない。前世での私はまさに、それを狙ってアデリーナ嬢を陥れたのだから。


 そしてだからこそ、自分の過去の悪行をあげつらわれたような気がして心が荒む。


「キミに魔力がないことは周知の事実。そんなキミが王太子妃に選ばれるには、より有力な候補を抹消していく以外にない。あの哀れなアデリーナ嬢は、キミの第一の標的だった……ということじゃないかな?」

「……」

「少なくとも彼女が身を引いたことで、キミが王太子妃の座に一歩近づいたことは事実。次は誰を引きずり落とすつもりかな?」

「ふざけないで」


 ……ダメだわ。

 あまりのことに口調が乱暴になってしまった。


 認めたくないけれど相手は王太子、形ばかりでも敬意を示さないと。


「……失礼しました。しかし殿下の御推察はあまりに的外れと思われます」

「何故?」

「『魔力なし』の私が、この国でどれだけ無価値がご存じないわけがないでしょう。先ほど『自分より選ばれる可能性のある令嬢を排除する』と仰いましたが、私がそれを完遂するためには一体何人の令嬢を排除すればいいのでしょうか? 私以外の全員では?」


 実際問題として効率が悪すぎる。不可能と言えるレベルで。

 それでも前世での私は、公爵家の権力財力でゴリ押しし寸前のところまで足をかけたんだけれども。


「それに王太子殿下は少々自信過剰ではなくて? まさか世の令嬢は誰でも無条件で、アナタのことを慕うとでもお思いでしょうか?」

「何だと?」

「だとしたら勘違いも甚だしいことです。たしかに王太子の肩書きに心惹かれる女性は多いわ。今日の夜会にやってきた貴族令嬢も何割かはそうでしょう。でも、そうじゃない女性だって多くいるのです。肩書きも財産もいらない、ただ自分のことを誠実に愛してくれる男性ならば、それ以上の相手はいない、と」


 今宵まさに王太子妃選びから身を引いたアデリーナ嬢がいい例じゃない。

 王太子であるアナタより、侯爵家の三男坊に過ぎない彼を選び取った。

 そこに愛があればこそでしょう。


「……ふふ、そうか、たしかに私は今日フラれたのだな」


 そのことに気づいていなかったのか、指摘するとすぐさま複雑気な失笑を漏らす王太子。


「だがキミもあのアデリーナ嬢と同じだというのか? 王太子妃の座にまったく興味がない?」

「王太子の肩書きにもアナタ自身にもまったく興味がありません」


 ここまで来るとさすがに不敬かとも思ったが、既にいくらか不敬なことを口走ったのでもう知ったことかの精神。

 今さら棘先を丸くしたところでもう遅い。


「そうかな? キミはオレの妃となることに大変意欲的だと思っていた」

「何故そうなるのです?」

「キミの着ているそのドレスだ」


 ドレスがどうしたというの?

 何かおかしいところがあったのかと思い、改めて自分の身体を見下ろす。


 この日のためにお父様お母様が用意してくださった最高のドレスよ。おかしいところなんてあるわけないじゃない。


「何でも国外の素材や技術をふんだんに使った最高級品だとか。他の令嬢の着ているドレスの数十倍の金がかかっているとも聞いた」

「無様だと思っています? 自分を着飾るのにそれほどの財を掛けねばならないとは」

「いや、むしろそれだけの費用をかけるに相応しい効果が出ていると思っている。事実今日の夜会では、誰もがキミの美しさに見とれていたぞ」

「私の? 美しさ?」


 何を言っているのかしら?

 たしかに会場では方々から視線を感じたけれど、あれは『魔力なし』を物珍しがっての軽侮の視線じゃなかったの?


「見目麗しさという王太子妃にとって間違いなく重要な一要素で、キミは今宵誰よりも輝いていた。それは、必ずや王太子妃の座を掴まんとするキミの決意の表れと思っていたが」

「つまらない勘違いですわね」


 貴族は何故着飾るのだと思い?

 最高級の素材や技術、それらを金にあかせて総動員し、さらには宝石のような希少品まで使いキラキラに身を飾る。

 このような無駄としか思えない行為に千金を費やす。


 何故そんなことをするのか?


「自身の財力を誇示するためですわ。『身を飾る』という無駄な行為にすら大金をつぎ込める。だとしたら軍事や建設や生産、そういった必要な分野にはさらに多くの財貨が投入されている。このドレスだって、そういうことを無言で言っているの。我がエルデンヴァルク公爵家の財力を、この機会にたっぷり見せつけておきたかったのですわ」

「私の目に留まろうという意図は一切なかったと?」

「そう思ったのなら王太子殿下の自意識過剰でしょう」


 言ってやった。

 前世では、最終的な元凶は私だったとはいえ、そんな私を一方的に追い詰めて裁いて、断罪してくれた王太子。

 この程度の小さな仕返しをしてやってもいいじゃない。


 大丈夫、本当に正しいのは彼だということはわかっている。

 頂点に立つべき彼は、私のほんの些細な嫌味なんてものともせず、新たにパートナーを選び出して正しくこの国を治めてくれることだろう。


 前世でもそうしただろうけど、死した私はそれを見届けることはできなかった。


 今回は無論死ぬつもりもないけれど、中央に割り込む気もないからせめて遠くでアナタの善政を見守らせてもらうわね。


「酷いねエルトリーデ嬢は……」


 しかし、言われた王太子はいかにも悲しそうな表情で……。


「今夜開催されたのは、オレの妃選びの第一段階。いわばオレのために開かれた夜会だ。それなのに早速フラれるわ『まったく興味がない』と言われるわ。散々じゃないか」

「うッ……!?」

「特にキミは、そんなに気合を入れて着飾っているのに。その美しさはオレに捧げてくれるものだと思っていたのだから、オレもすっかりその気になっていたのだよ?」


 いや、そんなこと言われても……!?


「だからキミのことを次の審査に進めておいたのに……」

「はぁ!?」


 なんでそんなことになっているんです!?

 私は今日の一次審査でさっさと落ちて、翌朝には王都を出て領に帰るつもりだったのよ!?


「わ、私は『魔力なし』なのですよ! それが通過するわけが……!」

「オレの妃を選ぶ催しだ。その決定にはオレの意志が優先されるのは当然だろう。第一審査ぐらいなら、鶴の一声で即決通過させられるさ」

「それで私を無理矢理通したと!? 撤回してください!」

「それはできない。いくらオレの意向が優先されるとしても、そう簡単に意見を出したり引っ込めたりしているとオレ自身の資質が疑われてしまうからな。エルトリーデ嬢には引き続き、オレの妃選びを奮闘してもらいたい」


 ……なんてことなの。

 こんな煩わしい催し、さっさと済ませて帰宅するはずが。


 この気紛れ王子のお陰でまだまだ拘束されるって言うの?


「キミにとっては自家の力をアピールする絶好の環境ということなら、どんどん利用してくれていい。もちろんこれから気が変わって、本気で王太子妃を目指すと言うなら大歓迎だがな」


 王太子キストハルト。

 この人だけは前世も今世も変わらない。

 いつだって私の思惑を粉々に粉砕していくんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ちーやんさん ダメだと思うよ一応選ばれたちゃったからね本人はめっちゃ帰りたいと思ってるけどね1回ぐらい公爵領に視察に来ればいいの清潔感のある街並みと国都を比べればいいよほんと
[一言]  もう辞退して、帰ったらだめなのかな。
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