14 死に戻り令嬢は、決闘を見守る
そうと決まれば展開は速やかだった。
夜会の席は決闘場に。
王城の使用人は仕事も手早く、晩餐のテーブルやら料理やらをすぐに片付け、広大なスペースが広がる。
格闘には打ってつけというわけ。
そこで即座に二人の紳士がぶつかり合う。
「ふッ! はぁッ!!」
この国の貴族が行うからには繰り広げられるのは魔法戦。
闖入者であるアデリーナ嬢の恋人は、火蓋が切られると同時に怒涛の攻めを見せつける。
彼が放つのは風の魔法。
斬り裂く透明の刃は無防備に受ければ皮膚を裂き、肉を断つ。同じく魔法で防御しなければ大怪我になりかねない。
王太子は守勢に回り、今のところ反撃の糸口を見つけられない。
キストハルト王太子を追い込むなんて、案外強い?
「ベレト様は頑張り屋なのです。お兄様たちがいて、お家を継ぐことが決まっています。自分が日の目を見ることはないと、あの人はずっと以前から悟っていたのです」
いつの間にかアデリーナ嬢が私の隣に並んでいたわ。
そして解説役に収まっている?
「報われなくても頑張って魔法の力を磨いている。そんな直向きさに私も引かれたんです……! 私もお父様に言われるままに魔法を勉強して、何のために頑張っているかわからなかったから……!」
ホント隙あらば惚気る。
……とりあえず、このナイフはもう必要なさそうね。状況が完璧に私のコントロールから離れてしまったわ。
本当にいつだって私の思惑をメチャクチャにするんだから、あの王子は!
「なんと王太子殿下を追い込んでいるぞ?」
「シレビトン家の三男坊にはあれほどの実力があったのか。いずれ当主を継がれるご嫡男ばかり目立っていたが……!」
「国一番の魔法使いであられるキストハルト殿下と実力伯仲とは……!?」
期せず決闘の立会人となった夜会の出席者……他の王太子妃候補、麗しき貴族令嬢にその付き添いの親族たちは、意外に手に汗握る決闘に釘付けとなっている。
見応えがあるわね……。
ただし、その戦況は長くは続かなかった。
果敢に攻め続けて疲れが出たのだろう、魔法は元々精神力を消耗するらしいから。
スタミナ切れで攻勢に陰りが見えると、その時を待ちかまえていたとばかりに逆襲が始まる。
王太子の杖から放たれる閃光。
彼の得意魔法は光属性。
束ねて集中した光は熱を持ち、目標を高熱で焼き切る。
もちろん焼き切られるわけにはいかないのでアデリーナ嬢の恋人は必死でガードするけれどギリギリで、攻撃を重ねられるたびに際どくなってしまう。
そしてついにはカバーしきれない大きな隙を作り、一瞬のうちに突き崩されてしまった。
「うわああああああッッ!?」
「これで決着だ」
王太子の杖の先が、倒れたアデリーナ嬢の鼻先に突きつけられる。
これで勝敗は決した。
やはり国一番の魔法使いである王太子に勝つことは不可能だったわね。
でもそれではどうなってしまうの?
決闘に敗北した以上、賞品であるアデリーナ嬢は勝者……キストハルト王太子のものになって二人は引き裂かれてしまう。
どうするの?
こうなったら最初の打ち合わせ通りに私が罪を被って……。
……と思った瞬間、体が固まった。
王太子と目が合った。
彼が私のことを見ている? まるで『動くな』と言っているかのようだわ?
「これでキミは、アデリーナ嬢と結婚する資格を失った。彼女は以前オレの婚約者候補だ」
「うう……」
「しかしながらオレは、キミの戦いぶりがいたく気に入った」
ん?
王太子の一言で、何やら流れが変わるわ。
「恋する女性を得ようと気が急いたのが仇になったが、心を制御できるようになればさらに手強い相手となっただろう。キミのような才能豊かな魔法使いは、いずれこの国に役立つ人材となるに違いない」
「一体何のおつもりですか……?」
「そんなキミに貸しを作っておくのも統治者として賢い選択だと思ってね。キミが望むなら私の婚約者候補、キミに下げ渡してもいい」
それは、やっぱり……。
アデリーナ伯爵令嬢のこと?
「アデリーナ嬢との結婚を認めようではないか。その見返りは有能な魔法使いであるベレトくんの生涯の忠誠だ。すべての貴族が義務として捧げる以上の。……どうかね?」
「ち、誓います!!」
アデリーナ嬢の恋人が跪き、手に持つ杖を王太子に掲げる。
あれはこの国の貴族が行う、絶対忠誠を示す仕草。
「この大恩、決して忘れません。王太子の御ため、あらゆる敵と戦いましょう!」
「わ、私も夫を支えることで殿下に尽くしますわ!!」
アデリーナ嬢も恋人と並んで忠誠を捧げる。
その様子を呆然と眺めるしかない周囲の人間たちだった。
私も含めて。
「ことは相成った。このオレ……王太子キストハルトは、若者たちの恋を成就させることで、優秀なる魔法使いの絶対的忠誠を得る。国家は王者一人で回すものではない。有能で忠実な臣下は一人でも多い方がよく、そして忠誠は黙って捧げられるのものではない。アデリーナ嬢は美しい人だが、オレも国中の女性すべてを娶れるわけではない。なれば相思相愛の夫婦を取り持つことで人の和を得ることがよき統治者の判断だと思う」
さらに王太子の視線が別の方へ向く。
「フワンゼ伯爵」
「はいッ!?」
名を呼ばれ、飛び上がる小太りの中年。
フワンゼ伯爵ということは……アデリーナ・フワンゼ嬢のお父上?
「アデリーナ嬢は自慢の娘だろう、王太子妃の座を得ようと意気揚々この夜会に送り出したに違いない」
「は、はい……!」
「しかし王太子妃だけが栄冠ではない。ベレト・シレビトン侯爵子息は出色の若手魔法使いで、将来は国内屈指の魔法騎士となるだろう。貴家に婿入りすればきっと家格を上げることは間違いない」
「はい……!」
「私の判断を尊重してくれるな伯爵?」
「……はい」
王太子から直接言われて、抗える胆力はあのオジサンにはなさそうね。
これで決着はついた。
晴れてアデリーナ嬢は、意中の御方と結ばれるわ。
しかも世間的に何のペナルティもなしに。それどころかベレト侯爵子息は、この決闘を経て『王太子の御気に入り』という評価を得て、これからの出世に大きく有利になったわ。
王太子自身だってただ二人を許して結婚させるより、決闘で自身の能力を見せつけたあと、あえて『下げ渡す』という形を取って度量を示した。
すべてにとっていいこと尽くめの振舞いだわ。
……ん?
するとここまでの流れ一切合切、王太子の思惑通り?
◆
想定外のトラブルを経てなお、夜会は無事終わった。
前世での同会では、最悪の形で暴露された二人は仲を引き裂かれただけでなく、破滅までしてしまったのだから。
それに比べれば、ちゃんと恋が成就し、貴族としての立場も見通しが明るい上々。
最高の結果だわ。
夜会が解散し、多くの貴族たちが帰途につく中で私が呆然と立っていると、駆け寄ってくる二つの人影があった。
アデリーナ嬢とその恋人。
「ありがとうございます! アナタのお陰ですべてが上手くいきましたわ!」
お礼を言いに来てくれたというの?
律義な人ね。
「私は何もしていません。すべては王太子様の英明なる判断によるものですわ」
「その前にアナタが諫めてくださらなければ、私たちは王太子の御前に出ることもなく間違った道をひた走るところでした。アナタが私たちを王太子様のところまで導いてくださったのですわ」
そんなに純真さ全開で言われると、却って心が痛いわ。
私のしたことは、かつての自分の罪滅ぼしでしかないのに。
それに私が提示した唯一の解決法は、結局最後にアナタの顔を傷つけるものだった。
すべてにおいて完璧な解決をしてみせた王太子こそ格が違う。
「アナタと王太子殿下、お二人の判断で我々は救われたのです。アナタこそまさに才媛というべき御方」
「そうですわ、アナタのような御方が王太子妃となれば、キストハルト殿下をお支えして、よき治世を作り出すことでしょう。私はこれで王太子妃選びから去りますが、アナタが選ばれるように陰ながら応援いたしますわ」
恋人……いえもうアデリーナ嬢の婚約者というべきかしら?
一緒になって持ち上げてくるけれど、とんでもない見当違いだわ。
「私は王太子妃にはなれません。それは最初から決まっていることです」
「そんなまさか!? アナタのように賢明な御方が……!?」
「私には、あの方の妃になるためにもっとも必要なものが欠けていますから。アナタたちも聞いたことがおありでは、『魔力なし』令嬢の名を?」
そのあだ名を出すと途端に二人は虚を突かれた表情になり、何事か言いだそうとモゴモゴさせていたが、結局押し黙った。
「あの……それでもアナタが私たちを助けてくれたことに変わりありません。このご恩は一生忘れませんわ」
「よしなに」
それを最後に二人は連れ立って去っていった。
何度も振り返り頭を下げながら。
もうほとんどの貴族が夜会から去って行ったが、私はしばらく歩きだす気にならずその場に立ち尽くしていると……
「恩人を敬う心は残ったようだな。キミが『魔力なし』だと知って途端に態度を変えるようなら、やはり婚約の許しは撤回してやろうと思っていたが」
「!?」
背後から声を掛けられビックリする。
振り返ると、そこにいたのは輝くような麗容の……。
「キストハルト殿下……!?」





