11 死に戻り令嬢、前世の罪を気にする
……。
思い出すたびに眩暈がするわ、自分の邪悪さに。
自分の望みを叶えるためにあらゆる手段を模索する、そこまではいいわよ。
でもそのためにヒトを陥れるのは許されないでしょう!
しかも必要以上に叩きのめして人生をぶち壊しにしてもいけないでしょう!?
アデリーナ嬢が私に何をしたというのよ!?
たしかに彼女は生まれついて多くの魔力量を保持していた。ある意味私と正反対ね。
だからと言って彼女に私から恨まれる所以なんて少しもないでしょう。
彼女だって魔力量に恵まれたおかげで幸せになれたわけじゃない。却って親からの過剰な期待を呼んで、望む男性と結ばれないという悩みを持っていたわ。
その悩みを利用して王太子妃候補から脱落して……。
そして望む男性とも結局結婚できなかった。
わざわざ王太子妃選びの会場で密会現場を押さえられた二人は、不埒だとして女性の方は修道院行き、男性の方は勘当からの行方知れずとなってしまった。
それも全部この私が、最悪のタイミングをあえて狙ったから。
ホントなんて邪悪だったのかしら前世での私は?
そもそも年頃の貴族令嬢ならば全員参加が義務の王太子妃選び。
それに対して唯一辞退の許される理由が、既に他の男性と結婚……最低でも婚約しているということだったはず。
さすがに他人の種が交じっているかもしれない女を王家に迎えるわけにもいかない。
それでも王国の長い歴史の中では大きすぎる保有魔力量から、無理矢理離縁させられたバツイチ王妃のケースもあったと言うが。
今の時代は、各人の魔力絶対量も明確に予測する手法が確立されていて、二~三歳頃から発生し始める魔力に、成長ペースを計って十歳程度までのデータを取れば、大体最終的にどれほどまでの魔力保有量に達するかわかるようになっている。
それによって王家が注目するまでもないと判断された令嬢は、届け出によって婚約を承認されるシステムになった。
私?
私は生まれてから今日までずっと魔力量ゼロよ。一番簡単なペース予測だったでしょうよ。
問題のアデリーナ嬢も幼少のみぎりから有望さを見せつけ、国内屈指の魔力保有者となることは速いうちから判明していた。
だからこそ彼女の親も大きく期待し、誰かとの婚約を申し出たとしても王家からの許可は下りなかっただろう。
そんなアデリーナ嬢が、自分の置かれた状況に息苦しさを感じたとしても無理のないことだろう。
それゆえに侯爵家の三男という、彼女とは違う意味で状況に囚われた男性と惹かれ合うのは無理のないことかもしれない。
今世では、あの二人を陥れる悪魔は存在しない。
修道院行き、行方不明という悲惨な結末は迎えずに済むだろう。
でも、それだけ?
私の悪巧みはなくなったとしても、それで二人の恋路が成就することはない。
相変わらずアデリーナ嬢は親の期待に強いられて望んでもいない王太子妃の座を目指し続けるだろう。
恋人の男性は、そんな彼女を見守るしかなく悩み苦しむに違いない。
「……」
物思いにふけっていたら気になってきたわ。
恋人の男性はともかくアデリーナ伯爵令嬢は、この夜会に参加しているはず。
今世では絶対彼女を陥れないと誓った私だが、ちらっと様子を窺うぐらいなら大丈夫でしょう。
そう思って彼女の姿を探すことにした。
◆
程なくしてアデリーナ伯爵令嬢を発見。
うん、前世で見た通りのお姿だわ。
麦の稲穂に近い色の金髪で、それを肩のラインで短く切り揃えている。
顔立ちはあどけなさが残り他の令嬢に比べたらやや華々しさが不足しているかもしれない。
まあ美貌なんて魔力の保有量に比べたらあってもなくてもいいぐらいの王太子妃における判断基準だけど。
着ているドレスも魔法装飾が施されているけれど、他の令嬢より地味ね。
彼女の生まれたフワンゼ伯爵家は、同等伯爵位の貴族の中でもそこまで裕福でないと聞いたわ。
それなのに愛娘のアデリーナ嬢へ過大な期待をし、少ない家財を切り詰めて魔法力を鍛えるための教育を施した。
その結果が修道院行き(前世)じゃ、彼女の親も報われないわね。
見たところアデリーナ嬢も元気そうだし様子見という目的は果たせたけれど……。
ここからどうしようかしら?
今世でも彼女を陥れるなんて絶対にないから、できる限り私は距離を置いた方がいいのだと思う。
でもどうしても気になるのよね……。
何がって?
アデリーナ嬢がどこかへ向かっているのよ。
夜会の会場から外れた別の場所に。
「まさか……」
関わるべきではないと頭ではわかりながらも足を速めて、彼女の背中を追ってしまう。
アデリーナ嬢はズンズン進み、ついに夜会の会場から出て行ってしまう。
「どこに行こうというの? 夜会にいなければ王太子の目に留まることもないのよ?」
いくら高い魔力量を誇っても、それだけで獲れるほど王太子妃の座は甘くはない。
単純に魔力量でも彼女に比肩する令嬢があと三人はいるのだし、その方たちと競い合って勝つためにも、やはり王太子本人の気に入られるように色目を使っておくことぐらいは必要。
今日の夜会はその絶好の機会でもある。
「戦いはもう始まっているのよ……!」
本気で頂点に寄り添うことを望むなら。
……ああ、彼女は別に望んでないわね。
今世の私もそうだけど、前世の私は何よりも王太子妃となることを望んでいた。自分の価値を証明するために。
この歯がゆさは、その名残なんでしょうけれど……。
自分の中で起こる心境に戸惑いつつも、迷わずどこかへ歩いていくアデリーナ嬢に何かしら予感がしだした。
私としては悪い予感が。
アデリーナ嬢はとうとう王城の建物からも出て、夜空の下へと身を投げ出す。
ここは、王城内の中庭ね。
庭師によって丁寧に整えられた植木が広がる中、まだ歩み進むアデリーナ嬢の先に一人の男性が待っていた。
……やっぱり!
あれこそアデリーナ嬢の恋人の侯爵の三男坊だわ!
前世では私の手引きで王城へ入れたのに、今世では自力で忍び込んできやがったわ!
それだけ恋人への思いが強いということ?
私が隠れて混乱しているのを横目に、恋人たちは月に照らされながら愛を囁き合っていた。
「ああべレム……本当に来てくれるなんて。アナタの魔力使が届いた時は夢かと思ったわ……!」
そうか彼女の恋人……べレムという名前なのね、今世で初めて知ったわ……もこの国の貴族であるからには魔法使い。
どの程度の腕前かは知らないけれど、離れたところから意思を伝達する類の魔法を使った。
だからアデリーナ嬢も迷わず駆け出したってことね。
「アデリーナ、キミは間違いなく王国一の女魔法使いだ。それだけでなく輝くように美しい。春に煌めく女神のように」
いや、そこまでじゃないと思うけど。
「キミならば本当に王太子妃になることもできるだろう。お父上がそう思うのもわかる。オレのようなうだつの上がらない部屋住み貴族など吊りあわない。そう思って一時は身を引こうとしたけど……無理だった」
「べレム……!」
「二人で逃げよう、こうなったら家のことなど知ったことか。キミだけが大事だ。二人で逃げて、誰もオレたちの知らない場所で二人で暮らそう」
「アナタとならばどこへだって行くわ!」
ちょっと待ちなさい!
よりにもよってなんで今そんな決断をするの!?
今日より前ならいつでもよかったのに何故今!?
アナタたちがどんなに愛し合おうと、この夜会に出席したからにはアデリーナも立派な王太子妃候補なのよ!
そのアデリーナを連れて逃げれば、未来の王太子妃をかどわかしたも同じ。
王家だって面子を潰されたとなって追跡する。捕まえるまで絶対追うのをやめない。
何しろ王家なんだから。
いいとこ育ちの二人が手を取り合って、逃げ切れるなんてとても思わないわ。
そして捕まったら待っている結果は前世と同じ……。
修道院か、勘当か。
ああ、今世では私は何の悪巧みもしてないのに。
なんで前世と同じ悲劇的な結末に向かっているの!?
そして偶然にも、そのバッドエンド一直線の流れに立ち会ってしまった私はどうすればいいの!?
見て見ぬふり?
前世ではみずからその流れを作って二人を突き落とした私が。
これで見殺しにしたら結局前世の悪女と同じってことにならない?
一体どうすればいいのよ!?





