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10 死に戻り令嬢、着飾る

 多くの令嬢たちが魔法と取り合わせた、幻想的なドレスで着飾っている。

 ……多く、というよりほぼ全員ね。

 この国の貴族は、魔法を使えるのが普通なんだから。


 美しさと魔力の高さ、両方一手にアピールするのがあのメルヘンドレスの意図。


 そんな中で魔法の力を借りずに聞かざるだけの私は却って目立つ。


 すぐ好奇の目に留まって、幾人かの令嬢が寄ってくる。


「あらあら、随分と珍しい装いね? 魔法による装いがまったくありませんわ」

「アナタの得意な属性は風? それとも土かしら? どちらにしろ魔力も感じられないほど控えめな装飾なんて控えめすぎではありませんの?」


 そう言う令嬢たちのドレスはピカピカと煌めきが深い。

 まるでステンドグラスを着て歩いているようね……と思ったが口には出さずにこやかに答える。


「よい夜ですわね。エルデンヴァルク公爵令嬢エルトリーデと申します」

「エルデンヴァルク……?」

「あの『魔力なし』令嬢……!?」


 名乗りさえすれば皆まで言わず伝わる。


 私のことは随分と噂になっているでしょうからね。

 エルデンヴァルク公爵は夫妻揃って強力な魔法使い、その二人の間からあろうことか魔力のない出来損ないが生まれたと……。


「あらあら、ここ数年姿を見ていませんでしたが、まだ社交界におられましたのね」

「とっくに家を追い出されたか……いえいえ、何でもありませんわ」


 令嬢たちの視線からたちまち嘲りの色が浮かぶ。


 前世の私だったら、もうここで怒声の一発張り上げているところだわ。

『魔力なし』でも公爵家の権力財力があれば黙らせられる相手の方が多い。

 それでもすれば公爵家の品格は著しく落ちるけれど。


 今世ではまずお家第一よね。


「ご無沙汰しておりますわ。ここ数年はずっと領地で過ごしておりましたので王都は随分久々ですの」


 始まりは下手に出ておく。

 相手方の令嬢は、こちらの腰の低さに伍しやすい相手だと思ったのか。


「あら『魔力なし』の身を恥じて田舎に引っ込んでいたのですわね」

「しかし正しい判断ではありませんの? わざわざ社交界で暴れて恥を晒すよりはね?」


 私の十歳以前の行状を揶揄っているのだろう。

 当時の私の行いはまさにそうだったから。


「ですがせっかく田舎に引きこもっていたなら、そのままこもったままでいた方がよかったのではなくて? この花の王都に、わざわざ恥を晒しに上ってこられるなんて」

「たしかに『魔力なし』ではどんなに素敵な魔法ドレスも着こなせませんものね。自分の貧相な姿を晒すだけですわ。それに引き換え私をご覧になって、四段階の地属性装飾ですのよ」


 と自身のドレスをひけらかす令嬢。

 ドレス全体がガラス質のような輝きをキラキラ放っている。地属性の結晶化魔法を使用しているのだろう。


 私はあくまでニコニコと笑顔を作り……。


「まあ素敵なお召し物。素材は麻かしら?」

「え?」

「スピリナル王国内では現地で手に入るものが一番扱いやすいですものね。レースやフリルといった装飾も、魔法があるので必要ない。羨ましいですわ」


 あくまで微笑みをたたえて、言う。


「私のドレス、地味でしょう? 私自身、魔法が使えないものですからせめて素材だけには拘ろうと、外国から取り寄せた高級絹をふんだんに使いましたの」

「き、きぬ……?」

「専門の職人に作ってもらったレースとフリルをあしらいまして、おかげさまで魔法装飾に頼らずとも何とか様になっております。大変費用がかかりましたが……。そうですね、ザッとアナタ方のドレスの六十倍の値段はしますでしょうか?」

「「ろくじゅうばいッ!?」」


 今日のためにお父様お母様が、財力と人脈の総動員で作り上げたドレスだわ。


 私の黒髪が映えるようにバラのような紅色で、文化芸術で有名な隣国ルネツィアの代表的デザイナーに注文し費用を明かせず作成してもらった、間違いない一級品。


 私の体型を引き立てるようにと胸元を大きく開かせたのは疑問が残るけど。まあ私自身も満足の着心地だわ。


「魔法が使えないばかりに財力に一層頼らないといけませんから。皆様方が本当に羨ましいですわ。他国ならそのようなドレス、貧乏貴族ですら恥ずかしくて着れないレベルですが、魔法の力でそんなに素敵に映えますもの」

「お、お褒めに預かり光栄ですわ……!」


 本気で誉め言葉なんて思っているのかしら?

 でもそういうことにしておかないとプライドが保てないものね。


「ねえ、そろそろ他の席へ移りませんこと?」

「そうですね、せっかく国中の令嬢が集う夜会ですもの。『魔力なし』だけにかまうのも建設的ではありませんわ」


 そそくさと離れていった。


 とりあえず、これで一息付けそうね。

 でも安心する暇もなくまた誰かから絡まれかねないから、まだまだ気が抜けないわ。

 ジロジロとこちらに集まってくる視線はいまだに感じるし。


 本当に早く終わってくれないものかしら。


 ……こうしている最中も、夜会に参加している令嬢たちの常態的な魔力を計測して、順番をつけているのでしょうね。


 そうして一目見て水準に足りないとわかる令嬢を振るい落として、より詳しい選抜へ進む。

 いわば今宵は一次審査というところね。


 明日以降二次三次と審査が続いていき、国内一の魔力持ち令嬢が決められる。


 前世で体験したことだから大体心得ているのよ。


 当時の私は今よりもっと熱心に打ち込んで、ライバルとなる候補令嬢も研究したものだけど。


 ……。

 そうね、こうして壁の花になっていても時間は流れないし。

 何か物思いにでも耽っていた方が時間もさっさと過ぎ去っていくかしら。


 では暇潰しがてら、王太子妃選抜の有力候補をおさらいしていきましょうか。


 私の前世では、最終的に四人の令嬢の中から王太子妃が選ばれるだろうと言われていた。


 伯爵令嬢アデリーナ・フワンゼ。

 侯爵令嬢ファンソワーズ・ボヌクート。

 辺境伯令嬢セリーヌ・シュバリエス。

 公爵令嬢シャンタル・ウォルトー。


 これらの令嬢たちは同年代の中でもずば抜けた魔力量の持ち主で、単純に甲乙つけがたい。

 そこまで高位の魔力保持者が絞られてからやっと家柄やら性格やらの比較が行われ、最終的な決定が下されるはずだった。


 私?

 私なんて箸にも棒にもかからないわ。一次審査で真っ先に落とされるレベルよ。

 それを実家の力でもって無理矢理候補に居座ったのよね前世では。


 そんな私も情報収集能力だけを駆使して、早い段階でこの四人の優秀さを割り出して危険視していた。

 自分が王太子妃になるためにはこの四人を何としても蹴落とさないと、と。


 だから彼女たちは、前世の私の暴走の第一被害者ともいえる。


『魔力なし』の私が、財力と権力で慣例を打ち破り、無理矢理王太子妃に就くためには、正統派で高い魔力を持つ四令嬢を排除しなければならなかったのだから。


 自分を認めさせるしか頭にない前世の私の標的となり、その後の人生を歪められた令嬢もいれば、治療不可能の大怪我を負った令嬢もいる。


 今考えれば、どれだけ自分が愚かであったか想像するまでもないわ。


 時間の巻き戻りによって、私の愚かな行いがなかったことになり、私に傷つけられた彼女らもやり直しができる。

 今世、私は一切邪魔をしない。

 もうとっくに自分の存在を弁えているから。

 私は私で、自分に相応しいスケールの幸せを家族と一緒に追い求めていくから、彼女たちも今度こそ自分自身の努力で幸せを掴み取ってほしいものだわ。


 そう考えるとまず最初に脳裏に浮かんだ令嬢の顔は……。


 伯爵令嬢のアデリーナさんね。


 彼女はフワンゼ伯爵家の娘で、有力候補四人の中でもっとも家格は低い。

 でも先天的に高い魔力を生まれ持ったようで、家を盛り立てる秘蔵っ子として厳しく育てられたんだとか。

 私とは正反対ね。


 王太子と歳が近いこともわかっていたし、いずれは王太子妃の座も狙えるものと期待したんでしょう。


 この王太子妃選びにも満を持しての投入。

 でもアデリーナ嬢は、今日の一次審査の夜会で脱落することになる。


 私という悪魔によって。


 前世、王太子妃を目指して入念な情報収集をしていた私は、実質的なスタートの前にアデリーナ嬢の有力さに気づいていた。

 彼女を排除するために打ってつけの極秘情報にも。


 彼女には恋人がいたのよ。


 もちろん王太子妃として嫁ぐべきキストハルト殿下じゃない。


 相手は侯爵家の三男坊。

 家格的に伯爵であるアデリーナ嬢の実家よりは上だけど、家を継ぐ資格のない三男では、物件として王太子より遥かに劣る。


 娘を使ってお家繁栄を……と企むアデリーナ嬢のお父上がとても許すはずがない。


 アデリーナ嬢は想い人のことを親にも告げられぬまま、ついに王太子妃選びに参加してしまう。

 晴れて王太子妃に選ばれれば当然、本当の恋人とは結婚できない。


 親の野望に引き裂かれる悲しき恋人たちというわけね。


 そこに目を付けた邪悪な蛇……それが私。

 他の男の存在なんて妃候補を蹴落とすにこれ以上ない優良ネタ。


 しかも前世の私は徹底的に利用しようと最悪のタイミングでの暴露を計画した。

 前世での一次審査の夜会。


 私はまずアデリーナ嬢の恋人の侯爵三男を誘導し、この夜会へと呼びよせた。


 そこで王太子妃にならんと悲壮な決意を固めたアデリーナ嬢に対面させ、捨て去ったはずの想いを甦らせた。


 やはり離れられないと二人が硬く抱き締め合ったところで、夜会の参加者全員に暴露。

 王太子にも、アデリーナ嬢の両親にもね。


 別のタイミングならそこまで大事にもならなかったんだろうけど、妃選びの現場ということになったので最悪の結果になった。


 アデリーナ嬢は、妃候補に名乗りを挙げながら他の男に想いを移したということで厳罰となり、修道院送りに。

 相手の侯爵子息も勘当になって、その後の行方はわからない。


 すべてそうなるように私が仕組んだこと。

 前世の私は、自分以外の魔法を使える令嬢すべてを私を貶める存在として憎み、必要以上に害そうとした。

 本当に救いようがないわね。

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