09 死に戻り令嬢、今世で王太子に初遭遇する
私に絡んできた貴族令嬢三人。
その現場をよりにもよって王太子キストハルト様に見咎められて、哀れ退場を言い渡されてしまう。
「退場!?」
「そんな、私たちは王太子妃となるために今宵……!」
やっぱり彼女らも王太子妃選びに参加した候補だったのねえ、と他人事のように見守る。
それに対する殿下は冷然としていた。
「しかしキミらが会場にも入らず、こんなところでまごついているのを見るに、王太子妃となる意思はないと受け取ったがね」
「それは、不遜な『魔力なし』を……」
「王太子妃になることをそっちのけで、弱い者いじめを優先したってことだろう。それに加えて、さんざん見下した『魔力なし』に後れを取るなど実力的にも王太子妃にはなれそうもない。時間を無駄にせず、早々に引き上げるといい」
王太子から命じられたら従うしかない。
最初に私に立ち塞がった気勢はどこへやら、三人は肩を落としスゴスゴと引き下がるのだった。
その背中へ王太子殿下が追い打ちをかけるように言う。
「安心しなさい。キミたちごときの所業を覚えておくにオレの記憶力は貴重すぎる。半年もすれば綺麗さっぱり忘れて、またキミたちと笑顔で会うこともできるだろう」
それは実質的な半年間の出禁通達。
王太子がいる可能性のある場所、王城他様々な重要施設に足を踏み入れにくくなったということ。
新進の若手貴族にはあまりにも痛いペナルティですわね。
「お待ちください」
このまま終わらせるかと私が口を挟む。
それを見て表情を輝かせる貴族令嬢たち。
なんでかしら? まさか私が執り成しを買って出るとでも?
世に流布する物語では善良な令嬢が、苛烈すぎる恋人王子様に慈悲を乞うシーンというのがよくあるらしいけど、甘いわね。
私の前世で悪逆の限りを尽くした女、いわば悪役令嬢よ。
「アーパン伯爵家にミトウェル伯爵家、それとセサミント伯爵家でしたわよね?」
「は?」
先ほど王太子が仰られた彼女らの家名。
「それらのお家全員、我がエルデンヴァルク領内の貿易港を使い様々な物品を輸出入されておりますわよね?」
「え?」
令嬢だからと言って甘く見ましたわね。
私、この年でもうお父様の仕事を手伝って、港の利用者の名前は頭に叩き込んでいますの。
「いずれも生活に重要な物品を海を渡って買い入れたり、逆に主産物を輸出して大きな利益を得ていますわね。それも我が領内にある貿易港を使用してこそ……」
「あの、まさか……!?」
「アナタたちの言う通り、お父様は大変親バカで……。私のことをとても可愛がってくださいますの。今夜のことをお話したら、きっとお怒りになることでしょうね」
そこまで言うと青い顔だった貴族令嬢たちの顔色がさらに青く、仕舞いには蒼白になった。
何か言いだそうとしたが押し黙る彼女ら。
私の隣で王太子様が睨みを利かせるので何も言えず、結局泣きそうな顔になりながら走り去っていった。
災難が去って王城の外敷地に、王太子と二人きり……じゃなかったわ。ノーアがいたわ。
「キミもエグイ脅しをする。交易を断ち切られ、物金の流れをせき止められれば彼女らの領は瞬く間に干上がる。王族に疎まれるよりもダメージが大きい」
「私そんなこと一言も明言しておりませんわよ。向こうが何を想像するかは勝手ですが」
もちろん実際に交易ルートをせき止めたら大きな問題になる。周辺貴族や王族まで介入してくるほどの。
『娘が脅された』ぐらいでそんな暴挙に出たら逆に公爵家の方が非難の対象になりかねない。
「だからあくまで彼女たち自身で危険に気づいてほしかっただけですわ。万に一つの可能性にでも恐れをなすぐらいなら最初から絡んでこなければいいのです」
私を『魔力なし』だと言って侮りすぎてはいけない。
世の中には魔法以外にも相手の息の根を止める方法がたくさんあるのだと学んでほしいわ。
「キミは聡明だな。それでいて思慮深い。噂に聞くところとはまるで違う」
「どのような噂でしょう?」
聞くまでもなく知っているけれど。
公爵令嬢に生まれながら魔力を持たない無能。そのお陰で人格も歪んで育ち、聞かん気の強い癇癪持ち。自分を誇示するようにわがまま放題で、周囲に言うことを聞かせようとする手の付けられない子ども。
それが私の十歳までのイメージで、前世の記憶がよみがえるまでの十年間、私は前世と同じ性格だった。
前世の記憶が甦り即日領地へと引きこもったので王都界隈ではあの当時のイメージがそのまま保存されているのだろう。
どうでもいいことだけれど。
「……お礼を言うべきなのかしらね?」
今頃気づいて切り出す。
結果としてみれば私に絡んできた貴族令嬢三人、追っ払ってくれたのはこの王太子様だし。
まさしく王子様らしい颯爽とした登場だったわね。
「必要ない。ほとんどキミ一人で片づけていたところだったしね。オレは最後に美味しいところをかっさらっていっただけだ」
「はしたないところをお見せいたしましたわ」
「いや、いい動きだった。近衛騎士にもあんな見事に曲者の顎をブチ抜ける者が何人いるか。エルデンヴァルク公爵令嬢は魔法を使えぬと聞いたが、だからと言って努力を怠る人ではないようだ」
「褒められているのか貶されているのかわかりませんわね」
ついついトゲのある口調になってしまった。
何なのだろうこの状況は?
王城に入る前に王太子と真正面から相対するなんて、他の多くの令嬢に紛れ込んで、できるだけ意識に入らないようにして人知れぬまま退出する計画だったのに。
「……本当に来るとは思わなかった」
「今宵のお妃選びに……ということでしょうか?」
いきなり何を言い出すのか。
聞き捨てならない言葉に私も思わず口調が鋭くなる。
「王太子妃選びに参加するよう命じてきたのは王家でしょう。私はただそれに従ったまでです。王家に仕えることが貴族の義務ですので」
「しかし、この国の価値観を思えば『魔力なし』のキミが王太子妃の座に就くことは極めて難しい。無理を承知で不可能に挑戦するのは、ただ王家からの命令だからだと?」
「王太子殿下、私そのような大それた考えなど持っておりませんわ。私ごとき、歯牙にもかけられぬのは承知の上」
「では何のために?」
「そうですね、強いて言うなら選ばれぬためにでしょうか」
どうせ私は最初の篩に落とされて不合格となる。
ただそれで『王家の命に従い』『王太子妃選びに参加して玉砕する』という事実だけは残る。
「私は恥を被るでしょうが、それをもって王家の命令を順守したこと。エルデンヴァルク家の忠誠心を、どうかお心に留めおきください」
「あ、ああ……!」
「私だけではありません。この夜会には国内全土から令嬢たちが呼び集められましたが、真実王太子妃の栄誉に輝くのは一人だけ。それ以外の全員が私と同じ恥を被ることになります。そのことに対して殿下、どうか皆々に報いていただけますよう」
「もちろんだとも」
どこか気圧される様子を見せる王太子。
「ではエルトリーデ嬢、随分とごたついてしまったが王城に入り、夜会を楽しんでくれ。王妃選びの目的はあるが今宵は宴の席だ。日々のしがらみを忘れて大いに楽しむのもいい」
「王太子殿下の御心のままに」
私は一礼し、ノーアを伴って王太子の前を通り過ぎた。
ノーアは立て続けの想定外の事態に喉が固まって声も出ない様子。
まあ仕方ないわよね。身の危険にさらされつつ救いに現れたのが王太子。
使用人どころか並の貴族でも頭が真っ白になりかねないわ。
私としても一言も交わさずに凌ぐ予定だった王太子と割かしたくさん話し込んで想定外だったわ。
あれでけっこう慌てて、対応も完璧ではなかったかも。
でもまあ、前世で初めて会った時よりは上手くやれたかもだわね。
あっちの方が正真正銘の初邂逅だったし。何より私は『絶対に王太子妃にならなければ』と意気込んでいた。
必然王太子に気に入られなければならないから緊張度も段違いだったわ。
それに比べれば今世では王太子妃なんか目指していない。王太子に気に入られる必要なんかないので発言もある程度自由。
気楽なものだわ。
そう、もうあの王太子に気に入られる必要なんてない。
私は王太子妃にならないのだから、彼を愛する必要も、愛される必要もないのだわ。
多少予定は狂いはしたが、できるだけ早い段階で脱落し、さっさと領地へ帰りましょう。
◆
王城に入ると、内部の光景はこれまた豪勢なものだった。
王城の他にあり得ないというほど大きなホールに、人が敷き詰められている。
そのほとんどが美しく着飾った令嬢で、だから余計に城内は華やかだった。
「相変わらず豪勢な場所ね。アゲハチョウが巣作りでもしたらこんな風になるのかしら?」
というほど鮮やか。
これだけ豪華絢爛な光景は、それこそ前世で王太子妃選びの夜会に参加して以来だわ。
今宵のために着飾った貴族令嬢たちのドレスも本当に鮮やか。
この国の令嬢たちが着るドレスは一風変わっていて、たとえばあっちに立っている明るそうな令嬢のドレスは肩口から幾本か細い糸のようなものが伸び、その先端がロウソクのような明かりに灯っていた。
さらにあっちの令嬢はドレスを覆うショールそのものが水でできていて、取り込む明かりを艶やかに反射して独特の光沢を作り出す。
あれらすべては魔法で形作られたもので、自身の美しさを誇示するのと同等に、自身の魔力の高さを示すものでもあった。
あれだけの魔法現象をくつろぎながら維持できるという、実力を。
王太子妃の選抜には魔法の資質が重要な判断基準になるのだからアピールするのは当然のこと。
……私?
私はもちろん普通の何の変哲もないドレスよ。
何しろ魔力がないんだから一般的な着飾り方をするしかないわよね。
以降、しばらくの間は一日一話の更新ペースで進めたいと思っています。
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