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00 悪役令嬢、断罪死する

「エルデンヴァルク公爵家令嬢エルトリーデ。キミの罪はもはや隠し立てはできない。今をもってキミを我が婚約者候補から除外する」


 無慈悲な声がそう告げる。


 私……エルトリーデをずらりと囲む屈強な兵士たち。

 それは私を守るためというより……逃さぬためにそうしているのだろう。


「私の罪とは何のことでしょう?」


 逃れきれない。

 そう思いつつもせめてもの虚勢を張る。


「いつものように、私に魔力のないことが罪ですか? それこそが引っ立てられて牢屋に繋がれなければならないほどの罪だと?」

「違う、そんなことじゃない」


 そう答える青年は、キラキラと金髪を煌めかせながら、それでもその端正な顔立ちを沈痛そうに歪めていた。

 金糸で豪勢に飾られた衣装も、今日だけは輝きがくすんでいるように見える。


 私を責め立てる、この太陽よりも輝かしい人こそ王太子キストハルト。


 私が憧れ、いかなる手段を用いてでも嫁ごうとした御方。


「キミの罪は、みずからの競争相手というべき婚約者候補たちを不当な手段をもって陥れたことだ。フワンゼ伯爵家のアデリーナ嬢は社会的信用を失って修道院に追いやられた。ボヌクート公爵家のファンソワーズ嬢は、今もケガでベッドから起き上がれない」

「どちらもご自身の迂闊さが招いたことですわ。私に関係はありません」

「セリーヌ辺境伯令嬢の暗殺未遂についてもか?」


 その指摘に私は反論ができず、息を飲む。


 これまで証拠を残さず、すべて上手くいっていたというのに。今回だけはしくじった。

 こうして現場を押さえられ、証拠と言える物件も向こうに抑えられている。


 頭では否定しようとしても、もうどうしようもなくわかっている。

 もう何もかも終わりなのだと。


「たしかにこれまでの件は、疑惑があっても決定的な証拠はなかった。そのせいで我々も本格的に追及できなかった。だからと言って調子に乗りすぎたな。これだけ怪しめばこちらだって相応の準備をしている。キミはみずから罠に飛び込んだということだ」

「罠、ですか……。未来の国王ともあろう御方が姑息なこと……」


 その瞬間、意識においても決定的に、もはやこれまでと悟った。

 私の中でどこかの留め金が外れた。


「何故こんなことをしたのか、オレには聞く権利があると思う」

「別に、聞かなくてもわかるでしょう?」


 もはや心の箍もなく、私は彼を正面から睨みつける。

 貴族の作法からすれば、王太子を断りなく直視するなど不敬の極み。でももうそんなことは関係ない。


 私はもう貴族ではなく、憎まれるべき罪人でしかないのだから。

 でも私を罪人に追い込んだのは誰?


 私一人がすべて悪かったとでも言うつもり?


「こうでもしなければ私は、アナタの妃になることなどできなかったわ。『魔力なし』と嘲られる私が、アナタに選ばれるには魔力を持った他の令嬢を全員排除する以外方法はない」

「そこまでして私の妻になりたいものか? 他人の血を流すほどの価値が、王太子妃の座にあるとは私には思えない」

「私が魔力もなく、そして地位もなければそうだったでしょうね。でも違う。私は『魔力なし』でありながら公爵家などに生まれてしまった。だから私は自分の価値を証明しなければならなかったのよ!」


 私は叫ぶ。


 そう、我が身のなんと哀れなことか。

 魔力もないくせに、国内屈指の高位貴族であるエルデンヴァルク公爵家の長女に生まれてしまった。


「そのせいですべての人間から蔑まれなければならなかった私の気持ちなど、王子様にはわからないわ! 生まれた時からすべてに恵まれていた王太子様なんかにはね!!」

「そんなオレに、キミは嫁ごうとしていたのか?」

「ええそうよ! アナタのことなんか愛していなくても王太子妃の地位には興味があったからね!」


 そこまでいうとキストハルト王子は痛ましげに顔をそらして、それから手を振った。

 イヌでも追い払うように。


 それに呼応して周囲の兵士が私を掴んできた。


「放しなさいよ無礼者!!」


 しかし、もう私の言うことを聞くものなど誰もいない。

 かろうじてあった公爵令嬢としての威厳も跡形もなく吹き飛び、もはやただの罪人として引っ立てられていく。


 事実上、その瞬間貴族としての私は終わりを迎えたのだろう。

 公爵令嬢エルトリーデとしての人生は、終わりを迎える。


 いいえ、実際はもっとずっと以前から終わっていた。それを今、どう足掻いても目をそらせないように突きつけられただけなのかもしれない。


 自分に魔力がないとわかったその時から。

 私の人生はとっくに終わっていたのだ。



 この国の貴族であれば誰でも魔力を持っている。


 遥か昔、私たちの住むスピリナル王国が建国された折、初代国王が神なる精霊に祝福されたことから始まるらしい。


 ゆえにこの国の王の血に連なる者はすべて魔法が使え、その血統を分け与えられた貴族もまた魔法を使うことができる。


 その中で例外が生まれた。


 それがこの私、エルトリーデ。


 この国の中でも特に古い歴史を持つエルデンヴァルク公爵の娘に生まれながら、私には魔法が使えなかった。


 魔法を使う源である魔力がなかった。


 そのために私は、ずっと見下されて生きてきた。

 魔法の使えない出来損ない。貴族の血の入っていないニセモノだと。


 私が生まれたせいで両親は仲が悪くなって、私が物心ついた時にはすっかり冷めきっていた。

 母は浮気を疑われ、貴族でもない平民の子を孕んだのではないかと。だから生まれた子どもも『魔力なし』なのだと。


 私自身も同じ年の子どもたちから『ブタの子ども』となじられてきた。

 魔法が使えないのなら貴族の子であるはずがない、ブタが生んだ子どもだろうと。


 大人たちからは直接的な罵倒こそなかったものの、いつだって冷めた視線が送られてきた。

『何故お前がここにいるんだ?』『お前はここにいるべきではないだろう』と。


 私は、その罵倒や冷遇に反発してきた。

 私にも貴族の資格はあるのだと。高貴な血を受けて生まれてきたのだと反論するように生きてきた。


 本当ならば避けるべきだろう社交界にも率先して参加し、親が止めるのも聞かずに茶会や夜会にも積極的に出た。

 そして行く先々で笑いものにされた。


 そんな中で起こったのが、王太子キストハルト様のお妃選び。


 私はこの話に飛びついた。

 王太子妃に選ばれたら誰も私を出来損ないとは言わない。


 自分が貴族の子であること、高貴なる血筋を受け継いでいることを証明する最大の機会だと。

 だからこそ私は婚約者候補に名乗りを上げた。


 両親はやはり止めたけれど、その反対を押し切って私は参加した。


 貴族としての高貴さは、魔力の強さと同等。

 だからこそ『魔力なし』の私が王太子妃の座を掴む可能性は万に一つしかない。


 誰もが『無理だ』と蔑む中で私は懸命に目的に向かって走り続けた。

 でも結局、一つの面で大きく劣った私がとれる手段は、汚い方法しかなかった。


 私が王太子妃となるためには、同じように王子様の伴侶の座を求める数多くの令嬢たちと競い合い、もっとも優れていることを証明しないといけない。


 その令嬢たちすべてが優秀な魔法使い。

 貴族の誇りが魔法の優秀さと結びつくこの国で、魔力のない私が彼女たちに勝るのは、天地がひっくり返っても不可能なことだった。


 だから私が勝つためには非常の手段しかなかった。

 同じ王太子妃の座を求める令嬢たちを騙し、陥れ、時には命さえも狙った。

 明確に犯罪と言えるようなことも手に染めて、それを白日の下にさらされ、王子自身の手によって捕らわれた。


 それがさっきの出来事。


 ライバル令嬢を蹴落とすために陰謀を巡らせ、ゴロツキどもまで雇って。

 それで大怪我を負った令嬢もいる。


 私の罪は白日の下に晒され、公に裁かれることになった。


 すぐさま処刑が決まった。


 通常であれば、いかなる罪を犯そうともやんごとない公爵令嬢が被告ではできる限り穏便に……、修道院にでも生涯幽閉が相場であろう。

 それでも処刑判決が速やかに下ったのは、私が『魔力なし』であることが関係ないとは思えなかった。


 執行までの数日間、私が収監された独房は暗くじめじめした、平民が入るのと同じところだった。

 罪を犯したとはいえ貴族が入る特別なものとはまったく違う。


 処刑の前日になって父が訪ねてきた。

 母の姿はなかった。これほどまでの醜態を晒した娘の、顔も見たくなかったのかもしれない。


 父もまた私の目の前で涙をこぼした。


 私さえ生まれてこなければ、何の変哲もない真っ当な貴族である二人がここまで苦労することもなかったろうに。


 何が間違っていたのか。

 魔力を持って生まれてこなかったことか、それとも生まれてきたこと自体間違いだったのか。


 答えの出ないまま処刑当日となり、衆人の前に連れ出された私は、貴族としての誇りある死に方すらさせてもらえず、斧で首を切り落とされて絶命した。


 私はそこで終わり、また始まる。

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