第10話 いつか叶うはいつかの嘘
柳桜はある場所へ向かっていた。
とある場所へ向かっていた。
「すいませんでした、お車を出していただいて」
「構わんさ、事態が事態だからね」
2ドアのスポーツカー、その運転席に座っているのは、何を隠そう氷の王、冬仙その人であった。
柳桜の顔に貼られた絆創膏が気掛かりな冬仙は、
「お顔、治りそう?」
と、尋ねる。
「はい、傷は残らないそうです」
「それはよかった。女の子に顔の傷はダメよ?」
「はい」
「それで、本当にやるのかしら?」
「やります。七子ちゃんに酷いことをした人たちを懲らしめなければならないんです」
「そうかい。なら、私も付き合うよ」
アクセルが踏み込まれ、スポーツカーは加速する。誰も追いつけないほどに、誰も付いて来れないほどに。
そうして、こうして、どうして、ああして、辿り着いたのは、かつての因縁の場所。因縁が生まれた場所。
既に廃墟となっている人核の党のアジトだった。
「もうあれから4年になるのかい」
ビルの入口で冬仙は感慨深さを感じる。
思い出に浸っていると、何やらビルの中から物音が聞こえた。
その音を、この音を、あの音を、どの音を、聞き逃さなかった柳桜と冬仙は顔を見合わせ、ビルの内部へと突入していく。
「中は、あの日のまんまで酷い有様だね」
「そうですね、空気も悪いです」
「そうだね。それよりもやはり人の気配がするね。気を付けないよ? アイツらは何をしてくるかわからないから」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ、行こうか」
動かなくなっているエレベーターを諦め、階段で上階を目指そうとしていると、何やら人が1人階段から転がり落ちてきた。
「きゃっ!?」
「なんだ?」
2人は慌てて転がり落ちてきた人を躱す。
転がり落ちてきた男は勢いよく壁に激突する。
男が壁に激突したのを確認した上で、階段の上階に2人は目を戻す。目をやる。目を向ける。
男が降ってきたことで、間違いなくこの建物にはまだ何かあるという確信と共に。
コツン、カツン、一段一段と丁寧に階段を降りてくる足音が静まり返った階段に反響している。
敵か、味方か、身構える2人の前に現れたのは、何と炎真だった。
「ん? 何やってんだ? 2人とも」
「炎真さん、なんで炎真さんがこんなところに?」
「炎真、、」
「げっ、冬仙さん……」
目が合う炎真と冬仙は何やら気不味い雰囲気を放ち出した。
むしろ気不味そうにしているのは、炎真の方だけで、冬仙はというと、何やら鋭い雰囲気を出している。放っている。押し出している。押し出ている。
何かを察した柳桜は炎真の元に駆け寄り、耳打ちで言葉を伝える。
「も、もしかして、また喧嘩してるんですか??」
「あ、ああ、そうなんだ……」
炎真が一言発すると、冬仙はあからさまに、明らかに、わかりやすく、怒っているというように、怒っていると言わんばかりに、大きな物音を立てた。
それを受けて、これを受けて、あれを受けて、どれを受けて、炎真はビクリと恐怖で身体を震わせた。
「柳桜ちゃんはともかくとして、冬仙さんはどうしてここに………?」
「なに? 私がいたら悪いわけ? ダメなわけ?」
「あ、い、いやー、そうではなくて、、ですね、、」
いつもの落ち着いた雰囲気はどうしたと言いたくなるようなタジタジ具合を、情けなさを、醜態を、晒している炎真。
3人がそんなやり取りをしている間に、階段から転がり落ち、壁に身体を打ちつけ、悶絶していた男が体勢を立て直し、逃げようとしているところを冬仙は目をやるだけで、男の両足を凍結させた。
男のこれまた情けない叫び声が階段に響き渡る。
「それを言うなら、炎真。貴方こそこの一件に関係ないのではなくて?」
「あ、これはその……」
「なによ? はっきり言いなさいよ? それとも何? 言えない理由なわけなの?」
ドンドンと、段々と、詰められる、責められる、追い詰められる炎真。
「た、頼まれたんだ………」
「誰によ?」
「夜兎に……」
「夜兎が!?」
夜兎という言葉に最初に反応を見せたのは、素早く反応を見せたのは、素早い反応を見せたのは、柳桜だった。
「夜兎に会ったんですか?」
「ああ、本当に最近な。それで動けない自分に変わって、柳桜ちゃんを守ってくれって頼まれたんだ」
「へえー、他人の女には優しいのね」
「い、いやー、そ、そんなことないっすよ……」
炎真のキャラクターがドンドンと、段々と、崩壊の一途を辿る。
そうして炎真は覚悟を決め、土下座するのだった。
「すまなかった。この通りだ」
「貴方はいつもそうやって謝るのだけは得意よね」
炎真の土下座にも全く動じない冬仙。
「君にはいつも謝ることしかしてないからね。でも、いつもいつまでも変わらない。変わらないんだ、君が好きだという気持ちだけは」
「嘘ね、そうやってまた私との約束をすっぽかすのでしょう?」
「嘘じゃない。今度こそだ」
そっぽを向く冬仙はまるでめんどくさい彼女のようであった。
それもそのはずで炎真と冬仙は恋人同士なのだから。
2人は炎の王と氷の王という何とも釣り合っているのか、釣り合っていないのか、何とも言い難い、何とも形容し難い、カップルなのであった。
「いつか叶うはいつかの嘘」
いつかほど信用ならない言葉はない気がしますね。
仮に約束を取り付けようとしたら、
「いつかかね〜」
とか。
いつかっていつだよと。