第8話 時経てば、いずれ容易し
残忍非道な人核の党であっても、守るべき人である。
王たちはそう考えていた。こう考えていた。
故に殲滅戦という名目ではあるものの、王たちは決して構成員、ならびに党首を殺してはならないという制約を立て、アジトのビルへと突入したのだった。
しかし、だがしかし、夜兎と炎真が遅れて入った時には既にビルの中は死体の山が築かれていた。
「おいおい、どういうことだ! 死体の山だぞ!」
炎真の声が木霊する。
「夜兎、お前がやったのか!?」
「馬鹿野郎、オレがやるわけないだろ」
「それもそうか、じゃあ、この惨状は一体なんだ? 何がどうなってる?」
「オレにもようわからん、ただ、」
「ただ?」
「この死体見てみろよ」
夜兎に言われるがまま、炎真が死体を確認する。
何かに気付いたように死体から夜兎へ視線を移す。
「気付いたか?」
「ああ、これは王たちの仕業じゃないな」
「うーん、そうとも言えない」
「なんだと?」
「死体の中には王に殺された後がある奴もいる。でも、今オレたちが見たこの死体は、明らかに頭を拳銃で撃ち抜かれてる。王の中に銃を使って戦う奴はいない」
「じゃあ、一体誰が?」
「わからん」
結局、結果的に、党首と構成員たちは一部除いて皆殺しとなってしまった。
夜兎の読み通り、王の中に人を殺めた者が数人、岩の王、闇の王、戦の王ほか。
闇の王と戦の王はその一件を機に、行方不明となり、岩の王は全ての責任を背負う覚悟を決め、自ら牢獄へと収監されることとなった。
しかし、だがしかし、この一件はいくつかの謎を残していた。
ビルにいた構成員の過半数は王以外の何者かに殺されているということ。
そしてビルで生き残った拳銃を持った少女、新代七子。
党首が殺害されたことで、事件は有耶無耶になり、岩の王が引き起こした事件という王の不祥事として、王たちを不要と考える者たちと、さらなる確執を生んだ。
現在---
病院の個室ベッドで七子は眠っていた。
そのすぐ側で手当を受けた柳桜が座っている。
すると、そうすると、こうすると、どうすると、ああすると、病室のスライドドアが開かれる。
こんな事態であるため、柳桜は反射的に警戒心を強めた。
だが、病室に入ってきたのは恋莉だった。
「恋莉ちゃん……」
「柳桜、大変だったね」
柳桜は今にも泣き出しそうな、泣き出してしまいそうな、そんな顔をしている。
「私がもっとしっかりしていれば、七子ちゃんは……」
「自分を責めちゃダメ」
「でも、」
恋莉は弱気な柳桜を強く抱きしめた。
「アンタももう休みな、アンタのことだから、ずっとここにいたんでしょ? 少しは休まないと」
「恋莉ちゃん、ありがとう」
「私たち友達なんだから、いつでも頼ってよ」
「うん」
2人が七子に寄り添っていると、再び病室の扉が開かれることになった。
今度はキッチリとした、カッチリとした、ビジネススーツを着たいかにも新人な男と、新人をいかにも引き連れている中年のオヤジだった。
「警察です」
オヤジが胸ポケットから警察手帳を2人に分かりやすく見せる。
「現場にいた花の王、柳桜さん。貴女に当時のことでいくつかお聞きしたいのですが、構いませんかな?」
慣れない敬語でオヤジが話す。
「はい、ここでは何ですので、場所を変えましょうか」
「わかりました」
こうして、そうして、ああして、どうして、一行は病院の食堂にやってきた。
「事件現場には爆発した痕跡が見受けられました。現場で何が起きたのですか? 貴女が見たことを全て話してもらいたい」
「現場となったのは、私の家の前です」
柳桜はゆっくりと話し始める。
「いつものように仕事を終えて七子ちゃんと一緒に家に戻るところでした。すると、怪しげな男の人が家の前に立っていまして」
「ほう、それで?」
「男は人核の党だと自らを語っていました」
「人核の党、、ですか。それは確かですか?」
「はい、間違いありません」
オヤジは人核の党という言葉を咀嚼する。
「まだあの惨劇の生き残りがいた、ということですか」
「わかりません。私には断言することができません。もしかしたら、あの場にはいなかった別の誰かが、」
「人核の党を復活させた、か」
「はい」
「その可能性も捨てきれませんな」
「はい」
「わかりました、失礼なことに本当は少しだけ貴女も疑っていました。ですが、人核の党という言葉を聞いて、何となく時間の辻褄も合います。爆弾や現場にあった異形の刃物など、あのようなものを調達できるのは過激派組織である人核の党を置いて他にないでしょう。貴女の証言を信じますよ」
「ありがとうございます」
「貴女が狙われたのか、将又、新代七子さんが狙われたのかはわかりませんが、自宅を襲われていることですので、もしかするとまた襲ってくる可能性は極めて高いと思われます。貴女は王ですので心配ないかもしれませんが、それでも貴女は女性ですから」
「わかっています。お気遣いありがとうございます」
「それともう一つ、人核の党はイカれています。くれぐれも復讐だけは考えないでいただきたい」
そう言い残して刑事2人がその場を離れようとする背中に向かって柳桜は、
「考えておきます」
と、答えた。
「時経てば、いずれ容易し」
これもかなり言葉通り。
全ては時間が解決してくれることの意味。
新しいことを始めるにも、誰かに何かを教えるにも、いかに説明が上手かろうとも、いかにわかりやすい文面であろうとも、やはり時間をかければかけただけ、人は身につく。
焦る必要はない。人は時間をかければどうにかなる。
故に私の思う教育はいかにして覚える時間を稼げるか。