第4話 悪噂は情削ぎ、縁断つ
世界が平和になった今現在において、王は必要なのかと考える人は少なくない。
確かに誕生当初こそ世界を創った立役者の一人一人なのだが、今の王は果たして一体全体何体なのだろうかと思っていても口にはできない。
口が裂けても何の役に立ってるんだよなんて言えるはずがなかった。
貴方に出会うまでは---
「暇だなー。マジで暇だなー」
暇を持て余し、ソファーで横たわる魔王の姿がそこにはあった。
「魔王っても、マジでやることねーなー」
そもそも本人が魔王とは何かをちゃんと、しっかり、正確に、的確に、理解していないのだった。
故に、それ故に、これ故に、あれ故に、どれ故に、夜兎は魔王となってからというもの、暇しかしていなかった。
スマートフォンでニュースを見るくらいしかやることがない。
すると、そうすると、こうすると、ああすると、どうすると、魔王城の扉が開かれる音が聞こえる。
そうして、こうして、ああして、どうして、彼の前に現れたのは眼鏡をかけたナヨナヨとした、弱々しい男だった。
「おお! 楽維! 元気そうだな!」
楽維と呼ばれるその男は紛れもない学の王その人であった。
学の王とは、その名の通り学問を統べる王であり、別名、発明王や知恵の王とも呼ばれている通り、現代社会の家電や多くの発明品を生み出すための技術の基となる、学問を人に授けた王ことである。
人類が今の科学や医学、文明を手に入れることができたのも、全ては学の王のおかげで間違いなかった。
「このスマートフォンってのもかなり便利だな」
「それは何よりだよ」
「これがないとオレは今頃、暇過ぎて死んでるぞ?」
「はは、は、は」
「んで? お前は何しに来たんだ? こんな魔王城まで」
「今日は耳寄りの情報を仕入れたので、その当事者である夜兎君に伝えておこうかと思ってきたんだよ」
「耳寄りの情報?」
「うん」
魔王が誕生して2年、世界は魔王を含めた数多の王たちによって平和が保たれてきた。
しかし、だがしかし、王を不要と考える者が現れたものの、今現在はその活動を鎮静化されている。
何故か?
どうしてか?
それは魔王が誕生したからである。
魔王という明確で、明瞭な、悪の形がわかりやすく誕生したことで、人々が王たちに向けていた気持ちが魔王の一点に集中することとなってしまったのだった。
魔王をこの世界から排除せよ。
魔王をこの世界から討伐せよ。
魔王の滅亡を望む者たちはやがて1つの団体を創り上げた。
その名を
《勇者連合会》
と。
「勇者連合会? なんだそれ?」
「うーん、つい最近発足したらしいね」
「何を企んでんだ?」
「魔王討伐」
「魔王討伐か、頑張ってもらいた……ってそれオレのことじゃん!」
「うん、ボケてる場合じゃないよね」
「マジかよ、オレって命狙われてんの?」
夜兎はアワアワと、アセアセと、慌てた、焦った、困った様子を同時に見せる。
「でも、本当の問題はここからだよ」
「そうみたいだな」
「僕たち王は同じ人間の姿をしているとは言え、ただの人間の力では倒せない」
「つまりオレの討伐を望む、王、乃至は神がそいつらに手引きして力を貸しているってことになるのか」
「うん、僕もそう思ってる」
「誰だよ、オレを殺したい奴………」
「うーん、誰だろうね」
そして何か閃いたように、何か気付いたように、ハッとした顔で夜兎が言う。
「もしそれが本当なら、お前もオレとつるむのやめた方がいいぞ? お前までお命狙われかねないしな」
「自分の心配より人の心配なんて、こんな時まで優しいんだね、夜兎君は」
「当たり前だろ、お前は昔からの親友だからな。それにオレはいざとなれば戦えるけど、お前はそう言うんじゃないだろ?」
「まぁ確かにね、僕は他の王とは違って戦う力はないからね」
「わざわざありがとな」
「お役に立てたみたいでよかったよ」
「ホント気をつけろよな?」
「うん、ありがとう。それじゃあ、また世界が平和になったら」
「おう」
手を上げ合い、楽維は帰って行った。
「そろそろ引きこもりも終わりか……」
柳桜と恋莉が恋の話に花を咲かせた次の日の早朝、まだ街は、世界は眠りの中、とある建物に人影が一つ。
メガネをかけたビジネススーツの少女が辺りを警戒しながら建物内へと入っていく。
「どうだった、魔王と接触した感想は?」
同じくスーツ姿の顔の良い男がメガネの少女に尋ねる。
「はい、お世辞にも威厳があるとは言えませんでした」
「そうか、やはり魔王と言えど所詮はただの魔族の長というわけか」
「はい、勇悟さんの力があれば魔王など容易いかと」
「それはとても嬉しい褒め言葉だが、慢心しては勝てる試合も勝てなくなる。油断はしないよ? 俺はね」
「さすがでございます」
「ありがとうと言わせてもらうよ」
「それでは私はこれにて失礼させていただきます」
「もう行ってしまうのかい?」
「はい、これから仕事ですので」
「王の従者か。勇者連合会に相応しい職業と言えるだろう。これからもスパイ、よろしく頼むよ」
勇悟はそう言ってメガネの少女の身体にイヤらしく、撫でる。愛でる。
「はい、私にはこれくらいしかできませんので、ですから、勇悟さんには必ず魔王を倒していただきたいと思います」
「そうだね、任せておいてくれ」
そう言ったと思った矢先、勇悟はメガネの少女の顔を無理矢理、自分の方に傾かせ、唇を重ねるのだった。
「悪噂は情削ぎ、縁断つ」
これは経験したことある人も多いのでは?
噂はどうしても尾鰭が付くもので、そういった噂に限ってみんな大好きと来たもんだ。
それが「この間、たけしくん、よしおくんの悪口言ってたよ!」なんてことになったならば、本当は誕生日会の計画をコッソリしていただけなのに、お互いに「なんでアイツにそんなこと言われなきゃならんのだ!!」となって、「あんな奴のためにもう何もしねぇ!!」と情は失せ、やがて縁も遠くなる。
まぁそれに限らず、悪い噂の人と関わりたいなんて、普通の人は思いませんよね(笑)