第1話 貰い飯は人質に同じ
おはようございます、こんにちは、こんばんは、そして初めましての方は初めまして。
千園参です。
さて、今作の最大の見どころはサブタイトルの存在しない慣用句、ことわざです。
もはや、サブタイトルが本編と言ってもいいと思います。
それではよろしくお願いします。
神王歴777年---
重々しい重厚感のある大きな扉が開かれる。
「こんにちは、遊びに来たよ」
可愛らしく、透き通るようで、真っ直ぐで、嘘偽りのない、少女の声がする。
少女の声が誰も寄り付かない、というよりも、人里から遠く離れた誰も寄り付けない、寄り付かせない、薄暗くて、薄気味悪く、不気味で、気色の悪い魔王城にて響き渡っている。
この空間には赤いカーペットと、その先にある、この先にある、あの先にある、どの先にある、豪華で、派手な椅子のみ。
「こんなところによく来られるな。オレが君の立場なら絶対に寄り付かないけどな、こんなところ」
その男の声は若々しさを宿し、この暗く暗い魔王城にはどうしてもそぐわない、似合わない、似つかわしくない、そんな、こんな、あんな、どんな、良い意味で威厳のカケラもない、腑抜けた声。
「私だって、普通なら来ないよ? でも、貴方がいるから」
「オレがいるから、なんだよ?」
「貴方に会いに来たんだよ?」
「それは嬉しいねえ」
「本当にそう思ってる?」
「思ってるさ、あー嬉しなー」
「棒読み臭い」
少女は少しだけムッとした顔を覗かせた。見え隠れさせた。
「特に用がないなら、早く帰れよ。ここにいると、お前は頭のおかしな“王”だと思われるぞ?」
「別にそれならそれで構わないわ」
「…………」
男はあえて言葉を返さなかった。
すると、そうすると、こうすると、ああすると、どうすると、少女が言葉を続ける。
「なんだか、雰囲気が変わったね」
寂しそうに、悲しそうに、切なそうに、儚そうに、少女は青年の姿を頭の先から靴の先までを見て、そう言った。
「そうか? オレは前と変わんないぜ?」
「ううん、変わったよ。だって、前はそんな黒いスーツなんて着てなかったよ」
「ああ、これか」
男は自分の服装に目を落とす。
「私は明るい服を着てた前の方が好きだったんだけどな……」
「オレは今の姿もそこそこ気に入ってるぜ? 魔王らしいだろ?」
「そうだね、魔王らしくなった、、のかな」
少女はあの頃を、その頃を、この頃を、どの頃を、大切に懐かしむように話す。
2人がそんな話をしていると、こんな話をしていると、あんな話をしていると、どんな話をしていると、再び扉が開かれ、扉の向こうからビジネススーツを見に纏ったメガネの少女が入ってきた。
「柳桜様、お時間ですよ」
「あ、七子ちゃん、入ってきちゃったの?」
「はい、時間になってもお戻りにならなかったので」
七子はまるで機械のように感情の起伏を感じさせない話し方をしている。
そして七子は男と目が合う。目が合ってしまう。
「へぇー、七子も大人っぽくなったなー。おじさん、嬉しいぞお」
「これは夜兎様、ご無沙汰しております」
感情の起伏を感じさせない彼女であったが、夜兎に向ける目だけは鋭く、怒りに満ち満ちていた。
オレは一体全体何体を彼女にしてしまったのだろうかと、夜兎は頭の中で頭を悩ませるも、頭の中で頭を抱えるも、一向に答えなど出ない。答えなど出るはずもない。答えなど出るわけがない。
「それでは私たちはこれで失礼させていただきます。さ、柳桜様、帰りましょう」
「えー、もう少し、いちゃダメ?」
「ダメです。こんなカビ臭いところにいては身体に毒です」
これには、それには、あれには、どれには、さすがの夜兎も口を挟む。
「かっ、身体に毒とは失礼なっ」
「あはは、ごめんね、私そろそろ行くね」
「ああ」
「またね」
柳桜は七子に強引に連れ出されるように、小さく手を振りながら、魔王城を後にするのだった。
バタンと、パタンと、バダンと、パダンと、ビタンと、ドダンと、扉が閉められ、柳桜と七子の姿が完全に遮られたのを見計らって、見送って、夜兎はハアとわかりやすくため息を吐いた。
「誰も好きでこんなところに住んでねえつうの……」
2年前---
神々によって彩られた世界に形を付けるべく、様々を司る王たちが神より生み出され、この世に形をもたらした。
それにより海、炎、大地、草木、花、風、空、そして生物が誕生。
ありとあらゆるを統べる王たちには、それぞれを信仰する民たちが集う。
世界に根付いた人々は繁栄し、戦争といった紆余曲折はあれど、先へ先へと王の導きと共に、進んできた。
しかし、だがしかし、そんな歴史の中でこの世界に王は不要であると考える者たちも現れるなど、長い歴史の中で蓄積した人々の魔の心は戦争や犯罪でも消化することができなくなり、行き場を失い始めていた。
その現状を憂いた神たちは数ある王の中から、魔の心を持つ者たち、つまりは魔族を司ることのできる王を選定し、その条件を満たした唯一の男にそれを託した。
そうして誕生したのが、現在の魔の王、魔王であった。
こういった経緯から誕生した魔王であったが、夜兎が魔王に選出された経緯を知る者は神も含めてごく少数の限られた者たちであるということもあり、魔王である夜兎は王たちや、その王を慕う民たちから魔族を束ねる悪しき存在として煙たがられているのだった。
「貰い飯は人質に同じ」
タダより高いものはないという言葉があるように、飯を奢ってくれるというのは、やはりその価値や思惑あるからこそ。
故に奢ってもらった者はその価値に見合う者、乃至は思惑を叶える者になる義務がある。
つまりは飯で飼われているのである。