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ウイングスパン①

 転校生が来ました。

 椿一也。身長は170ないくらいの中肉中背。愛想があり友だちの多そうな性格に見えました。明るい性格のコウタくんはともかく、人見知りのユキちゃんまで仲良さそうに話しています。そんな好青年にわたくしユズこと矢口柚希は。

「お願い君がほしいんだ」

 熱烈に迫られています。


 事の発端は昼休みの事でした。私が本を読んでいると件の男が声をかけてきました。

「矢口さんは学校が終わったら何してるの?」

 私は無視することに決めました。別にあんたに関係ないでしょと、暗に伝えているのです。

「肌めっちゃ白いね。気遣ってるの? 俺も母さんに男でもちゃんと意識しないとって言われてるから実は化粧水とか持ってるんだけど、めんどくさくてあんまやってないんだ」

 何の話ですか。

「ビスケットとクッキーとサブレってあるじゃん。あれの違いはバターが使われてる量なんだって、ビスケットが一番少なくて、次にクッキー、サブレなんだって」

 いや、もっと何の話ですか。

「にしてもこっちの給食って凄いんだね。雪見だいふくが出ることなんてあるんだ。調べてみたらこっちだけなんだってね」

 へえ、そうなんだ。昔から当たり前に出てくるから考えたことも——じゃなくって。

「さっきからなんですか、あんたは。おしゃべりの壁打ちですか」

「お、ようやく喋ってくれたね」

「あんたがどうでもいい話をしてくるから、本に集中できないんです。邪魔しないで」

 声を荒げるわたしとは対象的に余裕そうに笑う椿。気に入らない。

「まあまあ、落ち着き給えよ。ほらチョコレートだよー」

「あ、ありがとう。じゃありません。ほっといて下さい」

 わたしは教室を出ていきました。くう、せめて本くらい持っていけばよかった。今さら戻れない。


 校舎裏に来ると鳥の鳴き声が聞こえてきました。学校の敷地内とは思えない森の中にいる声の主を探そうとしましたが見当たりません。変わりに足音がやってきました。

「おい、忘れものだぞ」

 来たのはコウタくんでした。私が机に置いてきた本を持ってきたようです。

「ありがとう」

「おう、それじゃな」

「いやちょっと」

 あまりにも淡白に帰ろうとするコウタくんを思わず呼び止めてしまいました。彼は返事をするわけでもなく、半身だけをこちらに向き直しました。

「あ、いや。別に用があるわけじゃないんですけど、あまりに淡泊だったので」

「お前は誰かが何か言ったところで言うこと聞くタイプじゃないだろ、椿と仲良くしろって言って聞くか?」

 こんな言われようですが正直なところ返す言葉もありません。

「けど、言われなくても仲良くできるんじゃねえか? 保証する訳じゃないけど、そんな気がするぞ。だってあのユキもすぐに仲良くなったくらいだし」

「ほっといて下さい」

「引き留めたのはお前だろが」

 コウタくんを追い返して、椿一也からもらったチョコを口に放り込みます。うわっ、あんまり甘くないやつだ。まったくチョコなのに甘くないなんてどういうことですか。


 放課後になり私はさっさと教室を出ました。椿一也に絡まれないようにというのもありますが、落ち込んだりイライラする時には決まって行くところがあるからです。校舎裏を抜けて林道を通り、二本のクヌギの木が門番みたいに立つ道を真っ直ぐ進みます。そこを進むと少し開けた所に出てそこには鳥たちが集まっ——。

「いや、なんであんたがいるんですか」

 そこには椿一也がいました。そしてうっかり大きな声を出してしまいました。野で歩いていた鳥が飛び去っていきます。

「えっ、あーあどっかいっちゃった」

「あ、ごめんなさい。でもどうしてあんたがここに」

「ここにイスカがいるって話を聞いて一度見てみたくて」

「えっ、鳥が好きなんですか?」イスカは鮮やかな色ですがそこまで有名ではなく、好きな人くらいしか知らない鳥です。

「うん結構好き。でも、呆れられちゃうかもしれないけどゲームで知ったんだよね」

「別にいいじゃないですか、きっかけはなんであれ自分が好きなものを好きって言ってくれるのはすっごく嬉しいです」

 椿一也が少しきょとんとした顔をした後少し目をそらしながら笑いました。

「ははっ、笑顔初めてみた」

 そう言われて自分でも笑顔になったのに初めて気が付きました。

「でもそっか、きっかけは関係ないね」

 椿一也はさっきとは全然違う笑い方をしました。どう違うかっていうとなんか悪巧みをしているしているように見えました。次の瞬間、彼は片膝をついて私の左手を取った。

「お願い君がほしいんだ」

「ええ、いいですよ」

「あれ? 嘘?」

「前にユキちゃんから聞きました。どうせボードゲームをやりたいっていうんでしょ。そんな漫画みたいな口説き文句で私を動揺させようって魂胆でしょ。私も強く当たりすぎました。お詫びに一回だけ付き合ってあげます」

 それから少しだけ話して椿一也は帰っていきました。完全に見えなくなるのを見計らって、大きく息を吐きます。

「はー、びっくりした」


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