インスト
夏休みが終わり、憂鬱な新学期が始まる。田舎の学校であるそこは退屈という言葉が上座にどっしりと構えていた。その学校の生徒はたったの4人。しかもその4人が全員別々の方向を見ている。このまま中学生活が終わっていくと思っていた。
「椿一也です。よろしくお願いします」
この人が現れるまでは。
「椿くんは中学2年生で、お母さんのご実家がこちらにあるそうです」
同じ制服を着ているというのに私の前の席に座るコウタとはまるで印象が違う。着くずしているけど、だらしない印象は受けないし不良にも見えない。身長は平均的だけど女受けのよさそうな少し幼さも残る顔立ちだ。……正直苦手なタイプだ。先生の横に笑顔で立っているけど、その笑顔が「お前とは違う世界に住んでるんだよ」そう言われているかのようだ。
「では赤羽根さんから自己紹介をしましょう。こういう時は少ない生徒数っていうのはいいですね」
彼をいれても5人しかいないクラスでは当然こうなる。うー、苦手だ。しかもいつもは先生が直接教えてくれる用の隣りの席が空いているから、席も隣になるだろうし。
「え、え、え、えーっと、赤羽根」
「お前、この状況で緊張するなよ。ダッセえな」
「うるさい。コウタは黙ってて」
コウタが振り向きもせずに言うと、そのまま私を遮るように立ち上がった。
「俺は南雲好太だ。男の同級生が出来て嬉しいぜ。俺も二年だ。いまきょどってたユキは三年。そこの無口なのがユズ。今日休んでんのが1年のヒマワリだ。あ、ユズも2年な」
結局、コウタが全員分の自己紹介をしてしまった。でも、助かった。
「今日はこの後、校長先生がお見えになります。そのお話を聞いて今日は終わりです」
お昼前には学校も終わり、私は日用品を扱う実家の商店の店番をしていた。店番と言っても知っている近所の人しかこないし、気楽なものだ。ふと、足音がした。
「いらっしゃいませ」
「あれユキちゃんだ。なになにバイトでもしてるの?」
全然気楽じゃなかった。転校してきた椿くんだ。私はピタッと止まってしまう。
「どしたの?」
「あっ、ごめん……なさい。ここ、実家で、手伝いしてるの」
「あ、そういやアカバネ商店って書いてあったね。別に敬語じゃなくても、同じクラスの同級生なんだ————あ、年上でしたっけ、ごめんなさい」
「いや、あの、別に……その敬語じゃなくても」
息苦しい空気が流れる。どうしていいか分からない。
「ユキちゃん。洗剤はあるかい?」
「あ、山本のおばあちゃん。うん、ちょっと待ってね。すぐ用意できるから。ごめん、椿くんちょっと待ってね」
私は山本のおばあちゃんが押してきたカートにいつも買っていく洗剤をいれた。
「ユキちゃんこれ、みかんちゃん」
おばあちゃんはビニール袋にいっぱい入ったみかんをくれた。
「えっ、いいのおばあちゃん。こんなにもらったら洗剤なんかより高いよ」
「いいのいいの、そこにいる友達とお食べ」
「えっ、友達って……?」
すっかり忘れていた。椿くんがいたんだった。体がまたカチンと固まるのが自分でもわかる。山本のおばあちゃんはそのまま帰っていってしまった。
「あ、あの食べますか……」
おずおずとみかんを渡すが、受け取る様子がない。いらないのかな。迷惑だったのかな?恐る恐る椿くんの顔を確認してみると、私の後ろを見ているようだった。
「もしかして、ユキちゃんってボードゲームやるんですか?」
興奮しているのか微妙に敬語なのかそうじゃないのか分からない言葉遣いになっている。
「えっと、ボードゲーム?」
「そこ、そこに置いてあるのってカタンだよね」
椿くんが何度も指をさしている方を見る。隣りの部屋の本棚には確かにカタンの開拓者と書かれた赤い箱が置いてあった。
「あ、これは、お父さんのものなんです。海外出張にいってて滅多に帰ってこないんですけど……」
「海外かあ。やっぱドイツ? ヨーロッパ圏とかもそうだよね」
「えっと、ドイツに……」
「はぁー、やっぱそうなんだ。いいなあ。ねえねえ一回やんない?一回でいいからさ」
「いや、あの、私、よく知らないですし、店番も……」
「折角なんだし、遊んだらどう?」
私の言葉を遮ったのはお母さんだった。買い物から帰ってきて、エコバッグからはネギが顔をだしている。
「あ、どうもこんにちは。最近引っ越してきた椿です」
「こんにちは、ユキの母です。うちの子は人見知りでね。あんまり友達がいないの、仲良くしてあげてね」
「お母さん。私のこといくつだと思ってるの」
恥ずかしさで顔が熱くなる。そして、その勢いのまま男の子を家にあげてしまった。襖を一枚挟んでお母さんがお店にいるものの恥ずかしさは変わらない。
「いやあ、まさか引っ越し先で初日からボードゲームができるとは思わなかったよ。嬉しいなぁ。ごめんちょっと色々見てもいい?」
そう言うと椿くんは返事も待たずにボードゲームが沢山ならんでいる本棚を上の段から食い入るように眺め始めた。
「うーん、悩むなあ。あれもいいし、これもいいし」
椿くんが物色していると店の方から襖が開く、そこには紺のつなぎを着て、首にタオルをかけたコウタが立っていた。
「コウタ? どうしたの?」
「前を通りかかったらおばさんに上がってけって……椿と仲良くなったんだな」
「いや、別にそういう訳でも……」
「よし、これでいこう。あれ? 南雲くん来てたんだね」
「いま気付いたのか……」