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セイギのミカタ  作者: ふみ
39/45

#39

「その『避難訓練』を受けたはずのお前が精神的苦痛にも耐えられるようになったのか教えてくれ。」


「俺は……。」


「災害で亡くなった人たちの亡骸、悲しみに暮れる家族や友人の泣き顔。助けられなかったことを悔やむ人の姿。白井から散々見せられたんじゃないのか?」


 そんな映像だけを長時間見ていたら気が変になる。野上のように物事を純粋に受け止めてしまう人間の感受性であれば、感情移入してしまい正気を保つことも難しくなる。


「……止めてください。」


 野上は結城の言葉を遮ろうとした。


「どうしてだ?『避難訓練』で鍛えられたお前なら、俺の話程度で動揺することもないだろ?……それとも、心を鍛えることなんて無理だと認めてくれるのか?」


「……認める、わけじゃないです。でも、その人たちのことも救えないと意味がない……。」


 野上は少しだけ涙声になっている。辛くても使命感を抱いてしまっている野上は逃げ出すことも出来なくなっていた。


「意味がない?でも結局は心を鍛える手段が見つからないから違法薬物に頼ることを白井は提案したんじゃないのか?」


「どうして、そのことを……?」


 映像を何時間見たところで慣れることなどあり得ない。その結果、精神的な苦痛から開放するために違法な薬物に頼ることに思い至ってしまった。

 野上も逃れることが出来なかった呪縛になる。



「俗称で『エンジェルダスト』だっけ?禁止されてる違法薬物にしてはお洒落な呼び名をつけて馬鹿みたいだと思わないか?」


 フェンサイクリンジンとは解離性麻酔薬のことで、日本では禁止薬物に指定されているらしいことは分かっていた。

 麻酔薬とはなっているが、結城は副作用の方に注目していた。通常は連続している「記憶」「知覚」「意識」の精神機能を途切れさせて統合出来なくさせるものだった。


――自分の記憶や感覚を自分から切り離すってことか?


 この程度でしか結城も理解はしていない。


「俺も資料を読んでみたけど、何も分からなかった。でも、俺にとっては何の価値も無い知識だから調べるのは止めたよ。無駄なことに時間は使いたくないんだ。」


 野上は驚いているが、まだ自分から語ることはない。

 結城がどの程度の情報を持っているのか分からないので黙っているだけかもしれない。


「白井は、その麻薬で悲しみや苦痛から逃れるための新たな可能性でも示してくれたのか?」


 結城に考えついたのは実際その程度だった。

 悲惨な映像を見せ続けることで野上の心を壊す。壊された心が救いを求めているところへ「新たな可能性」という餌をちらつかせる。他者の思考を誘導する上で効果的な方法ではあるが、卑怯者の思想だ。


 今の野上は「フェンサイクリンジン=新たな可能性」と思い込んでいるが、どうして麻酔薬が「新たな可能性」になるのかは理解できていない。


「白井が示してくれた可能性を俺にも教えてくれないか?」


「……そんな、俺は何も知りませんよ。」


「いや、俺は別に全てを否定してるわけじゃないんだ。もし、本当に「新たな可能性」になるかもしれないとは思ってる。……それに、野上が間違った方向に考えているのなら軌道修正しないと。」


「間違った方向?……軌道修正ですか?」


「あぁ、俺の予想が当たってたら、その方法で救助活動をしている人たちの苦痛や苦悩をなくしてはダメなんだ。」


 野上が縋っているモノの存在を脅かす言葉を結城は投げかけてみた。今の状態で縋っているモノを奪ってしまうのは賭けになるので結城は慎重に言葉を選ぶ。


「ダメって……?でも、白井先生は『この道しか無い』って言ってたんです。この手段を模索していかないと、悲惨な現場で働く人たちの心は壊れてしまうって言ってたんです。」


 結城は、野上が白井に「先生」を付けていることに嫌悪感を抱いた。だが、今は野上と向き合うことだけに集中しなければならない。


「選択肢が一つなんてことはあり得ないよ。もし、何か事を為すときの手段が一つしか選択出来ないのなら、誰も生きてなんかいけない。……お前が生きているのは、そんな窮屈な世界だったのか?」


 結城も仲間を追い込む会話に挫けそうになっているが、涙目になっている野上に話し続けた。中途半端なままに終わらせてしまえば、お互いにとって不幸な結末しか残されない。


「『この道しか無い』なんて窮屈だろ?そんな窮屈な世界しか示せない人間が他人を救う方法なんて見つけられるはずないんだ。」


「……でも、助けることが出来ずに目の前で大勢の人が亡くなっていくんです。……それでも救助を続けなきゃいけない人たちが、心の安定を保つためには薬を使ってでも逃げ道を作ってあげないと耐えられないんです。」


「違うな。……心の安定を保つ必要なんてないんだ。」


「えっ!?」


 結城は根本から野上の考えを否定する。最初から必要ないことを必要だと思い込んで探しているのであれば解決策が見つかるはずもない。


「お前が悲惨な映像を見続けてから、必死に悩んでいたことは全く意味のないことだったんだよ。挙句に違法なモノにまで縋りつこうとして、無駄なことに時間を費やしてる。」


「どうしてですか?日本は災害大国なんですよ。人の命を救うために必死になって働いているのに、目の前で死んでいくんです。それに耐え続けるための手段を一刻も早く見つけてあげないと、心に傷を負うことで救援活動どころではなくなるんです。」


 その「一刻も早く」という焦りが視野を狭めてしまったのだろう。ゆっくりと周囲を見渡して相談する余裕さえあれば、野上が判断を誤ることはなかった。

 白井は、野上が冷静に考える時間を奪うことで現在の状況を作り出すことに成功していた。


「感情を抑制した人間が救助活動をするなら、それこそロボットで代用すればいいだろ?」


「いいえ、足場が悪い場所で救助する人を守りながら動くには人間の構造が最適なんです。」


「なるほどな、人間は器としてだけ必要なんだ。でも、器だけあっても動くことは出来ないな。」


「ええ、ですからAIが人間の脳の代わりをして、外部から身体をコントロールするんです。チームで開発を進めているスーツなら可能ですよね?」


「まぁ、無理やり動かすことになるから負担は掛かるけど、出来なくはないか。」


 かなり無茶な発想になっているが、そのための「麻酔薬」でもあるのだろう。精神的にも肉体的にも苦痛から解放して、ただ人体を利用するだけの考えだった。


「……それに『AIで代替えが不可能な仕事なんて存在しない』って結城さんも言ってましたよね?」


「言った。……でも、それは『仕事』として考えた時だけだ。」


「え?」


 それまで興奮気味に話をしていた野上が停止した。停止してはいたが瞳の色は戻っていた。

 結城の言葉を真に理解し切れてはいないが、自分の考えに根本的な誤りがあったことに気付き始めている。



 この状態になれば、「とりあえず安心出来る」と結城は考えていた。野上との話は一区切りとして、次の段階に移行する。


「それについては明日一緒に大学に行って、白井『先生』も交えて話してみないか?」


 野上は結城の提案に驚いていた。


「あっ、それなら俺も一緒に行っていいか?契約書が出来てるから先方にも確認してもらいたかったんだ。」


 風見も加わることになる。こうなることも予想して、結城が外出している間に急いで契約書を完成させていた。


「結城さんと風見さんが、ですか?」


「あぁ、白井先生が俺の考えを否定する場合だってあるだろ?……野上に渡してある資料以外の薬だって考えてるかもしれないから聞いてみたいんだ。」


「そうだよな。救助活動で心が壊れなかったとしても、麻薬中毒になってたら本末転倒だから、俺も興味がある。」


 風見は結城が触れなかった疑問点にさり気なく触れた。禁止薬物となっている物なのだから人体に影響はあり、そこを無視して野上に話をしていたのであれば白井は簡単に崩れる。

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