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コラボ短編

こんな勇者召喚はイヤだ

作者: 燦々SUN&円雅

燦々SUNと円雅のリレー小説です。お互いにお題を2つずつ出し合い、起承転結を交互に書きました。横線が入っている部分で作者が変わります。「起」と「転」を燦々SUNが、「承」と「結」を円雅が書きました。


燦々SUNのお題:「帽子」「紫」

円雅のお題:「占い師」「無法地帯」


(なんだ!? 何が起きた!?)


 俺は突然の異常事態に、愕然と周囲を見回した。周りにいるクラスメート達も、同じように困惑と驚愕が入り混じった声を上げている。


 先程まで俺達は、いつも通り教室で授業を受けていたはずだ。

 それが、足元が激しい閃光を放ったと思った瞬間、光が教室中を埋め尽くし、全てを白く染め上げた。そして、それは光が収まった今もなお変わらない。依然として周囲は白一色で、教室にいた人間以外の物はすべて跡形もなく消え去っていた。


『私の声が聞こえるか? 人の子らよ。突然のことで混乱していると思うが、落ち着いて私の話を聞いて欲しい』


 そんな中、突如としてその声は響いた。


『私はいわゆる神と呼ばれる存在だ。もっとも、そなたらにとっては異世界に当たる世界を管理する神だが。そなたらは、私が管理する世界の者達が行った“勇者召喚の秘儀”により、私の世界に召喚されている最中だ。しかし、召喚が上手くいかずに、いくつかの問題が生じている。勇者だけでなく、その周囲の人間まで召喚に巻き込まれているのもその1つだ。しかしそれ以上に大きな問題があるので、私が急遽この場を用意させてもらった』


 その時、どこからか男子の「ふざけんな!」という怒号が上がった。

 それを皮切りにあちこちから怒声や悲鳴が上がるが、神と名乗った者はそれらにかぶせるようにして話を続ける。


『気持ちは分かる。しかし時間がない故、今は話を聞いて欲しい。私は神という立場にあるが、自分の世界の生物に直接的な干渉は出来ぬのだ。こうして今そなたらと話をしているのは、そなたらが世界の狭間にいる間だけの特別措置だと思って欲しい』


 その言葉の後、何かが空間を走り抜ける感覚があり、誰もが急に大人しくなった。もしかしたら、精神を強制的に安定させる力でも使われたのかもしれない。


『問題というのは、召喚先のことだ。本来なら王宮に召喚されるはずだったのだが、座標がずれ、このままでは王都のスラム街に召喚されることになる。そこは通称《暗黒街》とも呼ばれる無法地帯で、様々な凶悪犯罪者や異端者、邪教徒などの根城となっている。強盗、強姦、殺人、あらゆる犯罪が日常的に行われ、国でも手出しが出来ないほどの危険地帯だ。そなたらがこのまま無防備に転移すれば、恐らく誰1人として助からぬだろう。故に、私がここでそなたらに“力”と“装備”を授ける』


 その時、俺の目の前……いや、この場にいる全員の前に、光の玉が出現した。


『それは力。私の世界におけるそなたらのあるべき姿。才能、あるいは天職と言ってもいいかもしれぬ。さあ、その光に触れ、自らの可能性を確かめるのだ』


 ……要するに、これはいわゆる職業(ジョブ)というやつじゃないか?

 頼む! 《勇者》とか《賢者》とか、そんな贅沢は言わない。でも、せめて《剣士》とか《魔術師》とか……どうか戦闘系の職業にしてくれ!!


 そう祈りつつ、光の玉に向かって手を伸ばす。

 すると、光の玉は俺の手の中でパッと弾け、タロットカードのような見た目の1枚のカードへと姿を変えた。

 そこに書いてあったのは……水晶玉に向かって両手を掲げる黒いローブの男。上には《占い師》の文字。

 ……最悪だ。どう見ても戦闘系じゃない。それどころか生産職ですらないし……そもそも、占い師って神官の一種なのか? いや、でも見た目は魔術師っぽいし……ダメだ。どちらにせよ、強くなれる気が全くしない。


「え? 勇者!? 私が!?」


 その声に振り向くと、委員長が自分のカードを見て驚愕していた。

 なんと、勇者は勇者でも女勇者だったらしい。……まあ、委員長はクラスで一番真面目だし、正義感も責任感もある。本人は驚いているが、これは順当な結果だろう。


 そんな風に納得していると、手の中のカードが再び光の玉へと戻り、俺の体に吸収された。

 そして、再び新たな光の玉が目の前に出現する。


『それは装備。そなたらの力を引き出し、そなたらの助けとなるものだ』


 直後、どよめきが起きてそちらを向くと、委員長の手元に神々しい輝きを放つ白銀の長剣が出現していた。

 ……もしかしなくても、あれは聖剣というやつだろうか? いや、神に授けられたのだ。もしかしたら神剣かもしれない。

 その他にも、周りのクラスメート達は次々に槍やら杖やら弓やらを出現させていく。


 ……では、俺は?

 占い師の装備……やはり、水晶玉か? いや、それこそタロットカードとか……それなら、カードゲームみたいな感じでワンチャン戦えるかも?


 期待と不安を胸に、光の玉へと手を伸ばす。

 すると、再び光が弾け──


 現れたのは、古ぼけてくたびれた……それこそ魔術師が好んで被りそうな、ツバ広のとんがり帽子。

 ……俺に与えられた装備は、それだけだった。



――――――――――――――――――――――――



(じゃ、じゃあ、さっきのカードの“絵”は……俺の“あるべき姿”ってわけでもないのか?)


 俺は違和感を感じながら、とんがり帽子を握りしめた。

 先程手にしたカードに描かれていたのは《占い師》という文字、そして“水晶玉に向かって両手を掲げる黒いローブの男”。頭には“黒いフード”を被っていた。とんがり帽子などどこにも描かれて無かった筈だ。


 周囲を見回すと、予想通りの武器を手にして嬉しそうにためつすがめつする奴らがいる一方で、明らかに困惑している奴らがいた。その中には俺の幼馴染の姿もあった。俺はその困惑している幼馴染のもとへ歩み寄り話しかけた。


「なぁ、お前の天職って何だった?」

「……《貧乏領主》……」

「び、貧乏領主?!」


 なんてこった。俺より役に立ちそうも無い人間がいたとは。その幼馴染は何か台帳のような冊子を握り、縋るような目で俺を見ている。


「……お前は何だったんだ?」

「俺は……《占い師》……」

「う、占い師!? ……じゃあ俺がどうしたらいいか占ってくれよ」

「いや、でも、俺の装備……これ……」


 俺は手にしたとんがり帽子を幼馴染に見せる。失望が彼の顔に広がっていくのが見えた。


「……それでどうやって占うんだ?」

「わかんない……」

「被ってみた?」

「え? いやまだ」

「被ってみたらいいじゃん。何か力を授かるかもよ」

「……それもそうだな」


 俺が恐る恐る、とんがり帽子を頭に乗せ……るやいなや、頭の中にしゃがれた大声が響いた。


(や~っと被っただな! このすっとこどっこいがっ!!)


「おわっ!!」


 俺は思わず腰を抜かして帽子を投げ捨てた。まだ背筋がぞくぞくしている。こ、この帽子……。


「どうした?」


 幼馴染が心配そうに俺と帽子を交互に見ている。


「……しゃべった」

「え?」

「帽子がシャベッタアアアアア!!!」


 我を失い大声で叫ぶ俺の周りに、他のクラスメートが不安そうに集まってきた。俺と反比例するように落ち着いた様子の幼馴染がとんがり帽子を拾い俺に渡す。


「クラス丸ごと転移したり神さまとやらが出てきたりしてるんだから、帽子が喋ったくらいでそんな驚くなよ……」

「……ごめん」


 ……それもそうだ。なんか俺、注目を浴びたい痛い子みたいだ……。

 皆の視線が俺に集まっている。……顔が熱い。恐らく今、俺の顔は今世紀最高に真っ赤に染まっている。


「それに、俺には何も聴こえなかったよ」


 なん……だと……?

 ってことはこいつ、直接脳内に……?

 俺が帽子を見つめながら顔色を赤から紫にしていると、クラスでも目立っていた女子グループのボスが、俺を横目に幼馴染に聞いた。


「ねぇ、こいつの天職って何だったの?」

「なんか占い師なんだって。帽子が喋ったらしいよ」

「うっそ! じゃああたしを占ってよ! あたし《悪役令嬢》だったんだけど!」

「アタシも《悪役令嬢》! っていうかウチら皆《悪役令嬢》なの!」


 ……なんか悪役令嬢多いな。こっちではそんなに必要な職業なのか?っていうか職業なのかそれ。

 なるほど、あの女子グループは皆わさわさしてるなと思っていたが、あれドレスか。悪役令嬢にドレス……。まぁ順当ではあるが、これから先、あいつらが一体何の役に立つのだろうか。


「……あの、わ、私……《王女》だったんですが……」


 え??

 皆の視線が一斉にその声の主に集まる。

 そのか細い声の主は、俺が秘かに想いを寄せていた図書委員の女子だった。注目を浴びて恥ずかしそうに俯いている。その手には黄金に輝くティアラがあった。


「……ちょっと。なんであんたが王女であたしが悪役令嬢なの? おかしくない? あんた王族の血でも引いてんの?」


 女ボスが図書委員に詰め寄る。図書委員はオロオロしている。かわいい。助けたい。

 ……だが確かに不思議だった。王女って職業なのか? 転移してきた人間が王族の血を引いてることなんてあるのか? それに悪役令嬢もだ。一体なんの血を引けば悪役令嬢なんかになれるんだ?


「……い、いえ。私は……」

「そうでしょ? 王族じゃないんでしょ? じゃそのティアラ寄越して。あたしが被るから」

「えっ、で、でも」

「なんか文句ある? いいでしょ、あんたにはこのドレスあげるから」


 そう言って女ボスは図書委員のティアラに手を伸ばした。瞬間、青白い閃光がその手に走り、女ボスは「痛っ!!」と言って手を離した。


「ちょっと!! あんた今何したのよ!!」

「わ、私は何も」

「嘘!! あたし攻撃されたじゃない!!」


 女ボスがそう言って、取り巻き連中とともに図書委員を囲んで野次りはじめた。もう見ていられない。俺が図書委員を助けようと腰を上げたその時だった。


「やめろ!!」


 その大声の主は、クラスでも最下層、その存在ごと無視されているかの如く影の薄い陰キャの男だった。


「やめるんだ」


 陰キャはそう言いながら、静かに図書委員の方に歩み寄る。

 ……完全に出遅れた。もっと早めに俺があの立ち位置に行くべきだった。図書委員は期待と不安の入り混じった眼差しで、あの陰キャを見つめている。正直羨ましい。


「彼女をなじることは、この僕が許さない」


 陰キャが図書委員と女ボスの間に体を入れる。クラスの皆は固唾を飲んでその様子を見守っていた。迂闊に立ち入ることが出来ないような圧倒的な迫力を、皆があの陰キャに感じているようだった。

 ……あいつの天職は何だったんだろう。見るとあいつの手には、山羊のような白い一対の角があった。


「何なのあんた。何様? てか誰? こんな奴いたっけ?」


 さすがボス。あの迫力をものともしていない。俺はなんとなく、この女ボスを応援したい気分になっていた。

 陰キャは自嘲とも嘲笑ともとれる薄ら笑いを浮かべている。そして彼の周りには怪しげな紫色の煙……いや、瘴気が立ち込めはじめた。


「……ふっ……僕か? ……僕は……」



――――――――――――――――――――――――



 立ち込める瘴気に、女ボスとその取り巻きが後退る。

 その隙に、陰キャがその手に持っていた角を頭に装着した。

 すると、たちまち瘴気が彼の体を取り巻き、禍々しいオーラを放つ紫色のマントへと変化した。それをバサッとなびかせながら、陰キャが堂々と宣言する。


「僕は……《闇堕ち王子》だ」

「な、……なんだって?」


 いや、本当は「な、なんだってーーっ!!?」ってやろうとしたのだが、名乗りがあまりにも予想外かつ意味不明過ぎて、普通の疑問になってしまった。

 それは周りのクラスメートも同じらしく、皆困惑した様子でこそこそ話し合っている。


「なに? 《闇堕ち王子》って」

「さあ……そもそも、“闇堕ち”って職業ではなく属性では?」

「ってか、王子ってことは王女とは兄妹関係なんじゃねーの?」

「う~ん……敵対国の王子じゃね? 決して結ばれない悲恋の末に闇堕ちとか」

「「「あ~ね」」」


 皆がなんとなく納得した……いや、「それでいいのか?」とも思うが、とにかく納得した中、女ボスが再び陰キャに突っかかった。


「影薄い陰キャのくせに出しゃばってんじゃないわよ! いいからそこをどき──」

「フンッ!!」

「きゃあ!?」


 陰キャが腕を振ると、紫色の瘴気が衝撃波のように放たれ、女ボスとその取り巻きを吹き飛ばした。って、それはマズいだろ!?


 慌てて駆け寄ろうとしたが、幸い吹き飛ばされた女子達はすぐに起き上がった。どうやら、手に持っていたドレスがたまたま盾となったらしい……って、ん? あのドレス……瘴気を吸収して、ますます悪趣味でケバい感じになってる気が……気のせいか?


「姫、これでもう安心だ」


 陰キャのその声に慌てて振り返ると、陰キャがさながらお姫様を迎えに来た白馬の王子か何かのように、図書委員に手を差し伸べているところだった。

 その手が、彼女の手に触れ──


「アッ!?」


 ──る直前に、ティアラから放たれた青白い閃光に弾かれた。

 瞬間、この白い空間に痛いほどの沈黙が満ちる。そして、数秒後再び周囲でこそこそ話が始まった。


「……おい、王子拒否られたぞ? 運命の相手じゃなかったのか?」

「もしかして、ストーカー的なあれ?」

「マジかよ……片思いを拗らせて闇堕ちとか、流石に引くわ……」


 周囲のそんな声にもめげず、陰キャは何度も手を伸ばすのだが、その度に青白い閃光に阻まれていた。いいぞもっとやれ。


『そろそろ本当に時間がない。今の内に装備を身に着け、自らの力を把握しておくことを推奨する』


 俺はゲスイ笑みを浮かべながらその様子を眺めていたが、神の言葉にそれどころじゃないと気分を切り替える。

 図書委員も同じ心境なのか、その手に持っていたティアラを頭に装着した。途端、


「アーーーーーーッ!!!」


 一際激しい閃光が走り、陰キャが宙を舞った。ヤバイ、これは笑う。笑わざるを得ない。


 堪え切れずに失笑してしまいながらも、俺は手元のとんがり帽子を見下ろすと、意を決して再び頭に被った。


(こんのすっとこどっこい!! おらを投げ捨てるとは何事だぁ!!)


 直後、頭の中に大音声でしゃがれ声が響き、反射的に外しそうになるもグッと堪える。そして、同じように頭の中で言い返した。


(仕方ないだろ! いきなり帽子がしゃべったら驚くわ!! それで? お前にはどんな力があるんだ?)

(この頭ん中は空っぽか? そう言えばずいぶん貧相な頭してるだな)

(誰が貧相な頭だ!! 俺は他の人より少し髪が細いだけだっつの! ああもう! とにかく、お前には占いの力があるってことでいいんだな?)

(それ以外に何があるだ)

(いちいちムカつくなお前……それじゃあ、えぇっと……そうだ! 転移先について占ってくれ!)


 転移先がどうなっているのか。

 スラム街はスラム街でも、比較的安全な場所なのか、危険な場所なのか。それが分かれば、転移直後にどうすべきか大体の方針を決められる。


(転移先……うぅ~~む………………はっ! 分かっただ!!)

(おおっ!?)

(……汚い)

(……は?)

(だから、汚いだ)

(……いやいや、スラム街は大体汚いだろ!! なにそのざっくりした情報!?)

(それと、お前はあと2年と4カ月で生え際が後退し始めるだ)

(なんでそこは妙に具体的!? っていうか、なにを占ってん──)


『時間だ。では、そなたらの健闘を祈る』


 神のその言葉を最後に、再び光が全てを白く染め上げ──






「な、なんだテメェらは!?」


 光が収まった直後、突然のだみ声にそちらを振り返ると、体のあちこちに傷痕を付けた筋骨隆々の男達が、武器を抜いた状態でこちらを睨んでいた。

 そして反対側を見ると、こちらは怪しい灰色のローブに身を包んだ集団が、フードの奥から同じようにこちらを睨んでいた。


 ……危険な場所も何も、どう見ても異世界のマフィアと邪教徒の抗争の真っ最中なんだが……Maji(マジ)Kill()する5秒前って感じなんだが……この状況でどうしろと?



――――――――――――――――――――――――



 暗黒街の人間達は、突然の来訪者に気付き困惑しているようだった。

 敵か、味方か、第三勢力か、だが子供だ、様々な声が聴こえる。

 その隙に委員長が、武器がある者に指示を出していた。


「武器がある人は武器がない人を背に! 武器を持って展開して!」


 慌てて俺も羊の群れに飛び込むが、このままではすぐにでも戦いが始まってしまう。そして、素人の委員長達があの集団に勝てる気がしない。


(おい帽子! これ切り抜ける方法はないのか?!)

(……あるど)

(教えてくれ!!)

(……んだば、《貧乏領主》をごろつきに当てるだ)

(……へ?)

(んで、灰色集団には《闇堕ち王子》を当てるだ)

(ど、ど、ど、どういう意味だ?)

(早くしたほうがいいと思うど)

(〜〜〜! ああ! もう!!)


 俺は緊迫した空気の中、剣を構えてこちらに背を向けている委員長に話しかけた。


「委員長!」

「え!? 何?」

「占いの結果が出た!」


 委員長が俺を振り向く。俺は各勢力を指しながら委員長に叫ぶ。


「こっちには貧乏領主を当てる! そっちには闇堕ち王子を当てるんだ!」

「「はぁぁぁ!?」」

「時間が無い! 急いでくれ!」


 不満しかない幼馴染と陰キャの声を無視して委員長に声を掛けると、委員長は決心したように頷いた。あの陰キャを前線に呼んでいる。あいつが素直に言うことを聞くとは思えないが、あちらは委員長に任せよう。


「おい! どういうことだよ!」


 幼馴染が怒って俺の肩を掴んできた。無理もない。あの占いを聞いたのは俺しかいないんだから。


「占いの結果なんだ。あいつらに貧乏領主を当てると切り抜けられるって」

「そんなこと……!」

「……頼む。信じてくれ」


 幼馴染は俯き、少しの間を置いてから一つ頷くと、決心したように前へ進んだ。脚が震えている。幼馴染は盾を持った男子の後ろから前へ進み出ると、あの台帳を顔の前に掲げながら男達に話しかけた。


「お、俺は……び……い、いや、領主だ!」


 ごろつき達に動揺が広がる。不思議と、何言ってるんだお前は、と言う雰囲気にはならなかった。少なくとも何らかの効果があったようだ。

 そのうち人垣を割って、一際大柄で屈強そうな男が呆れたような笑みを浮かべながら現れた。


「へぇ? 領主様が俺たちに何の用だい?」


 幼馴染は何も返さない。ただ俯き震えながら、台帳をずいとその男に突き出した。状況を窺い見る余裕も無いようだった。

 ごろつきの首領らしい男はそれを見て、面白いものを見るかのように眉をあげる。


「……おい。あんたまさか、俺たちに、土地と仕事をくれるってのか? こんな俺たちに?」


 幼馴染は俯いたまま何度も頷いている。ごろつきの動揺が一層強まった。だがその動揺は、先程よりも険が取れたものだった。ごろつきの首領が大声で笑い始めた。


「あっはっはっは! ……気に入った! 俺はあんたについて行く」

「お頭!?」

「無理にとは言わんがお前らも来い! ここに未練などないだろう?」


 何だかよく分からないが、話がトントン拍子に進んでいく。ごろつき達は祝宴を開くようだ。幼馴染はあれよあれよと言う間にごろつき御輿に乗せられていた。幼馴染は縋るような目で俺を見ている。そんな彼に、俺はここ一番のいい笑顔で頷いた。大丈夫だ。きっと上手くいく。だって帽子がそう言ったんだから。

幼馴染は泣きそうな顔で御輿に揺られて遠ざかっていた。


 もう一方を見ると、あの陰キャが邪教御輿に乗せられていた。灰色の集団は口々に「魔王子様が復活なされた!」「我らに応えてくださった!」「復活祭じゃ!」と囃したてている。

 どうやらあちらも上手くいったらしい。俺は邪教御輿を合掌しながら見送った。


 二つの御輿が去り、そこには静寂が訪れた。緊張からの緩和、そして少しの罪悪感……クラスメートを人身御供に差し出したような罪悪感がそこにはあった。


「それで……ここからどうしたらいいの……」


 振り返ると、疲れた顔の委員長がいた。彼女のそんな顔を、俺は今まで見たこともなかった。一度もその白銀の剣を振るってはいないというのに、彼女は何戦もした後かのような顔をしていた。そこには、何かに縋りつきたいという哀願も見てとれた。


「……とりあえず王宮を目指すべきだと思う。占ってみるよ」

「……うん」


 俺は帽子のツバを握って帽子に話しかけた。


(……なぁ)

(……分かってるど。王宮を目指すには十時の方向にあるあの道を真っ直ぐ行けばいいだけだど)

(わかった)

(だけんどっも、途中何回か邪魔が入るど。《悪役令嬢》を当てるんだど)

(……わかった)


「委員長、占いによると、あの道を真っ直ぐ行けば王宮に着くらしい。途中邪魔が入るけど、悪役令嬢を当てると上手くいくらしいんだ」

「……わかった」


 そんな俺たちの会話を聞くと、あの女子グループの中でも一番気の弱そうな女子が泣き出した。次は自分が差し出されることを察してしまったのだ。女ボスが、その子の肩に手を置いて優しく話しかける。


「……次はあたしが行く」


 気の弱そうな女子がばっと顔を上げて、驚愕の表情で女ボスを見た。


「大丈夫。知ってるでしょ?あたし、強いんだよ」

「……っ!」

「そんな顔しないで。あんたを守るって、昔誓ったでしょ?」

「サチコぉ……」


 女ボスのドレスに、涙でべしょべしょになった友人の顔がうずまる。ややあって気の弱そうな女子が顔を上げると、女ボスの紫色のドレスが、そこだけ色が濃くなっていた。女ボスは立ち上がり、先導するように歩き出した。


「行きましょう」


 決意を固めたその表情は、とても美しかった。


 その後は、帽子の言った通りになった。数人のごろつきが現れて女ボスが攫われた。だがそのすぐ後、白い竜が助けに入り「神竜の花嫁」として連れ去られた。またごろつきが現れるが、悪役令嬢を見つけた途端にひれ伏し、「お父上がお探しです」と言いながら担いで去っていった。またごろつきが現れるが精悍な騎士が現れて悪役令嬢を救い上げると、抱き上げながらごろつきから逃げるように去っていった。

 またごろつきが現れるが、悪役令嬢が囲まれた途端に青い魔法陣が足元に浮かび上がり、そのままごろつきともども消えてしまった。


 俺たちは、余りのイベントの多さに辟易していた。目の前で沢山の物語が急に始まり、俺たちを差し置いて進行していく。そして同時に、それを言い当てる占い師、つまり俺を、皆が畏怖の眼差しで見るようになっていった。

 もう悪役令嬢のストックが無い。しかしもうここは、暗黒街とは言えないくらい牧歌的な光景が広がっている。遠くまで広がる草原の向こうには、城壁に囲まれた都市のようなものが見える。一際高い所にある数本の赤い尖塔。きっとあれが王宮なのだろう。

 土をただ踏み固めただけの道を、俺たちは無言で、ただひたすらに歩いた。すると道の向こう側から土ぼこりを上げて、ニ頭立の馬車が何台か近付いてきた。帽子から(あれは王宮の馬車だど)と言われなくても分かるほど、その馬車は豪華だった。

 馬車が俺たちの前に停まると、中から絵に描いたような大臣が現れた。


「お探し申し上げましたぞ、勇者様」


 大臣、そして衛士たちが、次々に跪拝していく。委員長が前に進み出て、大臣の前で止まる。


「私が勇者だ。そして王女もここにいる」


 人垣を割って、ティアラを着けた図書委員が出てきた。図書委員はそのまま俺の隣に立つ。大臣の口からは感嘆したような声が漏れた。委員長が更に大臣に話しかける。


「そして……この方が、我々をここまで導いた占い師だ」


 そう言って俺の傍らに委員長が立ち、俺の肩を叩く。女勇者と王女を両脇に置いた俺は、ここからやっと俺の物語が始まるのだという予感に酔いしれていた。



 一年後、もはやこの王国は俺の言いなりと言っても過言ではなかった。勇者は装備を整えて、戦士や魔法使いなどと共に魔王を倒す旅に出た。王女はこの国の王女で間違いなかった。この世界では血ではなく、産まれた時に与えられる《役割》というものに則って動いていた。王様も、貴族も、衛士も、……魔王ですら。

 風の噂で、消えたクラスメートのその後を聞くこともあった。突然現れた領主はその見事な手腕で貧乏領地を立て直した。突然現れた魔王子は邪教を纏め上げ、暗黒街の治安維持に一役買っていた。彼は王女を花嫁にと言っているらしいが、当の王女がそれを断っていた。悪役令嬢達も神竜の花嫁として崇められたり、魔法学校に入学して活躍したりなど、様々なイベントをこなしているようだ。彼らは、彼らの物語を生きている。


 だが俺は?

 権力はある。王様や大臣は、何をするにも俺に採択を求める。王女は俺に心酔している。こんなにチョロインだとは思わなかった。何から何まで俺の思い通り。すべてが傀儡だ。そして、すべてが虚しかった。


 いや……こんなもの、俺の思い、ではない。

 俺は帽子の言う通りにしているだけ。すべてが俺の傀儡だが、俺はこの帽子の形をした究極生命体の傀儡だった。

 髪はこいつの言う通りに、薄くなってきている気がする。もしかしたら、四六時中帽子を被っているせいかもしれない。帽子にその解決策を聞いても、すっとぼけられるだけだった。気が進まないが、完全に剥げ上がる前に王女を娶るべきかもしれない。


 ……こんなものが俺の物語なのか?!


 俺は帽子を投げ捨てたくなる衝動に駆られる。

 だが投げ捨てたその後は?

 帽子のない俺に何が出来る? 何の力がある? ミノキシジルは何処にある?


(どうかしただか?)


 帽子のその何気ない一言に、俺は寒気を覚えた。

 顔の無いはずの帽子が、ニタリと笑ったような気がした。


 そうして俺は、考えるのをやめた。

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