王女様、これいります?
前作『お姉さま、それちょうだい?』と『お姉さま、もういらない。』後の元婚約者編。
三本お題:『超軽量』『こいばな』『大団円』から
『シーツ系ヒーローがラブフラグを埋めて綺麗に着地できない与太話』に仕立てました。
まとまりは安定の微妙だし、後ろ指さされる覚悟はできてない。生温かく笑ってください。
彼女にはトンデモな妹君がいる。
「ふははは!愚民どもよ!勝者の証が欲しいか?!」
「きゃぁぁぁ!!」
正確に言うならば、『傲慢で我儘で姉から何でも奪って満足したら返す』妹君である。
字面だけ見て、なんと非道。
僕にはハイレベルな強者の友がいる。
「新人S級ランカーさん、いかがです?ウチの妹君の実力。」
「…底なし沼か。」
正確に言うならば、『先日冒険者ギルド最高位ランク試験を突破した傭兵』な友である。
只今、12歳の妹君に勝利を奪われた敗者だ。
◇◇◇
僕の自己紹介は『公爵家産・未来の王配。趣味は料理』で終わる。
「実にさびしい自己紹介!」
「まぁ、なんつーか。公爵家のボンでも未来の王配でも、昔ながらの食堂で流しの傭兵とメシ食ってる方がびっくりだがな。」
「だってここのごはん美味しいんだもん!彼女に食べさせたいじゃないか!研究研究!」
「お前も相当姉姫さんラブだよなぁ…政略結婚だよな?一応。」
「恋心こみこみの政略結婚だ。ふむ。美味である。お姉さまに相応しい。」
王都庶民街の片隅にある小さな宿屋兼食堂の『めんこい亭』は、おばあちゃんの味が自慢の隠れた名店だ。
そこにA級ランカー傭兵の友が来ていると聞き足を運んだものの、己が不甲斐ないと別の意味で自棄酒(アルコール度数0%)の僕。
と、何故か一緒のテーブルにいる妹君は、料理の持ち帰りができないか交渉している。
「この美味な料理は何という?」
「マンドラゴラの白夜漬だよ。繊細な料理でね。瓶から出して30秒で拵えないと嘆き叫ぶから、扱いが難しいよ?」
「ふむ。出来立ての味ということか。お姉さまに食べさせたいなぁ…」
「お姉ちゃん想いの良い子だねぇ~これはおまけだよ」
「ありがとう!」
あぁぁ、手間も気力もかかる栄養価の高いマンドラゴラを99日間漬けこみ毒素と悲鳴を締め上げたいい仕事!是非、家庭の味に憧れてる彼女に食べさせたい…!
丸い卓を囲み、僕と彼女の間には可愛い子供達…と妹君と下僕たち…画面が下僕達で埋まったけど、夢の団欒風景を想像するだけで、恋心も料理魂もときめいた。きゅん。
そんな僕を生温い目で見る友は、身分抜きで付き合える貴重な人材だ。
今も妹君に「これも食え。美味いぞ。」と料理を取り分けてる。動じない上に面倒見がいい。
「なぁ…なんで妹姫さんがここにいるんだ?」
「常識という枠組で物事を判ずるは三流王族がすること。あらゆる可能性を求めずにいて、新しい発見があるか?おかわりぃ」
「妹君は彼女に相応しいモノを追求する点だけは、決してブレないんだよ。」
「全てはお姉さまの笑顔のために。」
「はぁ…姉姫さんラブなのはよーくわかった。話の種だ。どういう付き合いなんだ?」
妹君に「コラ、よく噛んで食べろ。」と窘める友の言葉に、改めて記憶を掘り起こした。
◇◇◇
王位継承権第一位の『微笑の王女様』に会ったのは僕が10歳、彼女は8歳の頃。
花が咲き乱れる王城庭園のお茶会。貴婦人達の笑い声。一級の食材を丁寧に下拵えし、芸術的なビジュアルの茶菓子。三段のティーセットには白ワインビネガーに漬けたきゅう…
「待て。メニューを聞いてるんじゃない。あとそれ長くなるから端折れ。」
「ふぁーい」
後ろ盾である母を亡くして以降、異母弟妹達の勢力が強くなり、当初は彼女に群れていた貴族の子供たちも、親が支持する王子・王女たちへ散っていた。
そこには歴として派閥が存在し、俗悪な選民意識だらけの王城は、とても美しいとは言い難かった。
「へー、あれか?王城庭園の花々に囲まれて、運命の出会いを果たした的な?ここは劇場か?」
「初対面で妹君から涎爆弾が飛来。着弾。」
「あれは貴様が悪い。私とお姉さまが遊んでるところに邪魔したからだ。」
「彼女に近づいてきた貴族子息たちに、無邪気な虫のプレゼント。毒毛はよくかぶれる。」
「涎で済んだのは、お姉さまへの害意がなかったからだ。薬無しクッキーくれたし。」
彼女は外部者が入り乱れるお茶会で多くを食さない。
混入物は美味しくもなければ進んで食べる訳がない。返礼はするけど。
彼女の困った微笑を見て、王城の闇は『食べ物を粗末にする』という点で僕の料理愛を傷つけた。
「なぁ、城の警備はザルなのか?回数多くねぇか?」
「警護体制を強化すべきと進言したよ?妹君から暇潰しを奪う気かと顔面潰しを頂戴した。」
「あれは貴様が悪い。私とお姉さまが楽しんでるところに邪魔したからだ。」
「彼女にお手製蓮根入りもちっとドーナツをプレゼント。妹君のトッピングチョコな手で僕の顔はファンシーアート。」
「顔で済んだのは、お姉さまが楽しそうに笑ったからだ。作品名『イノセンス』」
趣味が料理の僕がこっそり王城に持っていき、その場で毒味をした菓子は、まだ形は歪だったし、味も上出来ではなかったものの、彼女は全部食べてくれた。
「おいしぃ~」ともぐもぐと動くほっぺと、幸せそうな顔といったら…!天使!
初恋の瞬間である。
◇
思春期になり、公爵家次男という立場から、早々に自立する道が最適と結論に至る。そこで目指したのは、騎士団。
「まぁ、その縁で俺と知り合ったわけだが…そもそも料理人に弟子入りじゃだめだったのか?」
「ふむ。公爵家の名前が重すぎて弟子入り不可。かといって家名を捨てると、今度は王城出入りができなくなるな。」
「彼女に軽食を届けられないから選択外です!」
平民の多い野戦部隊を希望したのは、堂々と食材探しができ、貴族騎士の目を気にせず厨房部に入り浸れるから。
山へ盗賊討伐に行けば、猪と山菜を巡って戦い、川へ水賊討伐に行けば、熊と川魚を巡って戦う。
泥臭い基礎体術や各種剣術の稽古に励めば、獣も魚も解体が上手になり、小麦粉で生地を捏ねれば、痺れ茸で討伐作戦を練る。
栄養バランスを整えた料理を提供した結果、山でも川でも海でも元気な野戦部隊に成長した。
食材狩りとアウトドア料理を楽しんだ結果、山でも川でも海でも敵将をどけてたら出世した。
「『騎士団の料理係』が『野戦場のパン職人』で『戦意を鍋で煮る男』って、変な渾名の騎士がいると聞いてたが、やっぱりお前か!」
「海賊討伐の時、捕った鮭は幻の『時不知』だったんだ~カルパッチョやケークサレにしたら彼女が喜んでくれたんだ~」
「一本釣りした翌日には、討伐報告書片手に王城まで単騎で駆けてきた。氷漬けの巨大鮭を背負う騎乗は初めて見た。」
「なぁ…上司は止めなかったのか…?」
「お姉さまが美味しいと喜ぶのに止める必要あるか?」
上司となる部隊長、その上の本部隊長、統括の団長・副長・各機関長他、一人くらい「けしからん。まじめにやれ。」と小言を寄越すと思ってたが、「ウン。問題ナイヨー。第一王女様ノ笑顔ハ最優先ミッションダヨー」と死んだ魚の目で首をカクカクさせていた。
「…第五おぅ」と呟いたら「やめてえええ!」「嫁盗り侍女がぁ!」「地下室こわい!」と阿鼻叫喚。あ、察し。
趣味が料理の僕が堂々と王城に持っていき、その場で調理した料理は、まだ熟成は不足してたし、塩加減も上出来ではなかったものの、彼女は全部食べてくれた。
「おいしぃ~」ともぐもぐと動くほっぺと、幸せそうな顔といったら…!女神!
魂を掴まれた瞬間である。
「…高スペック搭載なのに、空気よりも軽い存在で、ずっと片想い疑惑…」
「回答を差し控えさせてもらいます…!!」
「これまでの上演作が恋愛劇じゃなくて喜劇で悲劇…」
「批評も差し控えさせてもらいます…!!」
「ふむ。悲鳴の音色が美しい青年歌劇。おかわりぃ」
諸君に一言申し上げておきたい。
ラブコメはラブありありのコメディだ。
多少は少だし、リスザルはサルだし、カレーライスはライスだ。ウミネコはカモメだけど。
僕と彼女は、ほんのり甘いラブなコメ…どこかの白米主義者になった気がする。パン食なのに。
◇◇◇
「ということで、彼女の笑顔はかわいいんです!異論はあるか?認めんがな!」
「支持する。お姉さまの笑顔はたまらんです!極上パラダイス!譲らんがな!」
「あらあら。うふふ。うれしいわぁ~」
「なぁ…なんで姉姫さんまでいるんだ?城抜けてきて平気か?」
未飲酒で雰囲気酔いな僕と妹君の頭をなでなでする彼女。きもちいい。
残念通り越して手遅れ感漂う顔の友は、酔い覚ましの水を頼んでくれる。やさしい。
「ブロさんが『旦那が楽しいことになってるからおいで』って仰いまして。」
「疾風のブロか?!隠密界の生きる伝説と言われてる…?!」
「お魚さんに似てるけど風なんですね。かわいいですわぁ~」
店の端から僅かに体を揺する気配がした。照れたブロさんだろう。
水をごくごくと飲む妹君は無反応だし、遅れを取る程、軟な鍛練はしてきてない。
それこそ妹君が出した結婚のお許し試験『ブロさんから一本奪取』で、102回目のチャレンジにて「貴様なら認めてやろう。」という言葉を貰った時は、床に這いつくばりながら万歳した。
「コイツの腕はいいが…もし俺が悪党だったらどうする?」
「まぁまぁ。妹が同じ卓に就いてる時点で合格ですのよ?気に入った人としか話しませんから。」
「そんな王族で大丈夫か?」
「一流王族は相手を選ぶのだ。二流三流に裂く時間があるのなら、お姉さま宛ての屑官僚を奪った方が楽しい。」
「妹君が外交相手を上手くかわして牽制する人材に仕込むんだ。後は彼女が片付け号令を出せば綺麗に掃除完了という流れ。」
「適材適所…か?」
納得したようなそうでもないような友を見る。
王族と相対するとき並の人間は尻込みする。彼にそれがないのは、歴戦の経験から成る豪胆さか、『メンドい』とS級取得しない性格か。
「うふふ。ありがとう。今日はお願いがあって来たのだけど、いいかしら?」
「珍しいね。君が『お願い』なんて。」
「はぁーい。 ハッピーチャンス!秘密のツボ★ どや!」
「ゴッフーーー!!」
会話の流れをぶった切った妹君(覚醒)が、いきなり傭兵を沈めた。
スキル鑑定眼からのカウンターの魔改造なツボ★押しってやつだ。
カウンターが『先制攻撃』もできるようになったと聞いてたが、目の前でそれを披露されるとは…彼女に「すごいわぁ~」と褒められてる。羨ましい。
あと、それもうカウンターじゃない…
妹君のスキルは国家レベルの秘密兵器か。
制御者が姉である彼女だけという点が、妹君の今後を考えると心配だ。人生はどんな場面があるかわからない。下僕は多いものの、実力があって立場抜きで相談できるような対等な人物が欲し…
ってまさか。
「お願いがありますの。今夜から城に泊まってくださいな?」
「あふ…ん…」
この日、A級ランカーの傭兵が未成年の妹姫君にお持ち帰りされるという謎の事件が勃発した。
◇
翌日、用意された友の部屋に赴けば、腕を回したり膝を屈伸させたり、念入りにチェックする友と医師の姿が。
「おはよう。どうした?何か不調か?」
「はよ。いんや?むしろ逆だな。傷の痛みが消えたし体も軽いし頭もすっきりしてる。」
「あ?あ!あー…」
昨夜、妹君は「ハッピーチャンス」と唱えた。つまり、あのツボ★襲撃で魔改造を発動させ、傷の痛み諸々取り除いたようだ。
「たぶん、魔改造スキルが発動されたかと…」
「ふーん、これが噂の。実はこの前負った痛みが酷くてな。休業も考えてた。」
「君が言うってことは相当だな?そんな素振りもなかったが…」
「炊き立てほかほか新米夫婦に水を差すか?ベチョベチョになるだけだろ。
俺はお前の惚気話を気に入ってるぞ?毎回妹姫に花形を取られて面白い。」
「上げて落とすのヤメテー!」
彼女が経過観察を命じたのだろう、医師は不調はないか診察に来たらしい。
いつも妹君が仕込みで仕返し担当で、彼女が配置やフォローを担当する。
食堂でいうなら、料理人が妹君。それ以外の店の事全般、特に雇用や清掃やお得意様対応等が彼女の役割だ。
下僕達に『お片付け名人』として崇められてる。
彼女の必殺技は国家レベルの大掃除だ。
さて。彼女が『お願い』したのだから、そろそろやって来るだろう。友として先に労っておく。
両肩をガシっと掴み、正面から真面目な顔で神妙な声で、アドバイスする。
「悪いことは言わない。大人しく『YES』と答えておけ。」
「は?」
「朝餉の席で妹君の後ろにBL護衛官がいた。ヤられるぞ。」
「はぁ?!」
「せめてもの情けだ。君の秘密の性癖は心に仕舞っておこう。」
「はぁーーー?!!」
「健闘を祈る。」
舌舐めずりする護衛官と壮絶なるぱんつ取り試合をした彼が、ドラゴン戦よりも緊迫感に包まれ、S級ランカー候補の底力を発揮したのは言うまでもない。
◇◇◇
妹君にも臆さない希少種の友がそれからどうなったかというと、しばらくして僕の側近に任命された。
「妹の『カウンター』は、対象者が妹と私しか適用されませんの。」
「本音は?」
「妹と一緒に手加減なしで遊んでくれる相手が欲しいわぁ~」
困り笑顔の彼女に、面倒なお客様おもてなし要員と高度な遊び相手をお願いされた訳だ。
今もオラオラ系の不届き者を拘束して、彼女と妹君に報告する。
「王女様、これいります?」
「この、未熟者が!」
妹君の鑑定に『不要』マークが付いてたようだ。
しかし、どう見極めればいいのか。鑑定眼が無い以上、判断基準が経験しかないが若輩者はそこが弱い。
「あらあら。『料理男子』スキルを使うのはいかがかしら?人も物も『素材』でしょう?」
城全体を『厨房』、人や物を『食材』『調理器具』と見立ててスキルを発動。
手元に拘束中の『カビすぎた腐敗貴族』から、友が退路を塞いでる『熟れすぎた野心役人』に、騒ぎに駆け付けた『育成中の青い武官』に、怯える『食べ頃メイド』を連れて行こうとする『メイドを舐りたい骨抜き侍女』…
「そこ、ちょっと待とうか!」
後日、『騎士団の料理係』他、『次期女王の隠し包丁』『腐敗貴族のかつら剥き選手権』『姉姫のまな板』と呼ばれたり呼ばれたり。
『姉姫のまな板』だけは、別の意味で認識した妹君がお仕置きしてた。それは仕方ないよね。僕の出番を持ってかれたけど。
◇
余談だが、下僕達(主に野郎)の間でぱんつ取り試合、通称『秘密の薔薇園』が定期開催されるようになった。
くんずほぐれつ組み合う特大キングサイズベッドの戦いに、招待制の有料観戦にも関わらず、毎回完売御礼。
諸君に一言申し上げておきたい。
ぱんつ取り試合はあくまで組手試合だ。
武器無し防具無しで相手を無力化する訓練が目的だし、試合場なのも不安定な場を想定してだし、やましいことはぱんつを取られる以外はない。
たまに門を開いて入っちゃう人がいるだけで…
貴婦人達の熱がすさまじく、プラチナチケットを求めて突撃してくる顧客を妹君と友が捌く。
友は早くも環境に順応したらしい。
誰だよ、勝者の証が敗者から奪ったぱんつなんてルール決めたヤツ…
彼女だった。
誰だよ、試合場を特注ベッド(もう皇帝サイズと呼ぼう)にしたヤツ…
彼女だった。
誰だよ、複数の人気メンバーにポーズをリクできるファンクラブを作ったヤツ…
やっぱり彼女だったー!!
足繁く通う貴腐人達の『秘密の薔薇FC』という強大なネットワークを、ピンクな侍女がまとめ上げて各種情報を吸収する。そつがない。
今も妹君に嵌められ試合場に上げられるS級ランカー(取得した!)の友を眺めつつ、小休憩。
「王…んん。ママさん、これいります?」
「うふふふ。パパさん、くださいな。あーん。」
白熱する試合と黄色い歓声を尻目に、おなかの僅かなふくらみを撫でながら、そよ風のように微笑む彼女。
フォークに刺した自家製マンドラゴラの白夜漬を差し出せば、ぱくりと食べる。
「おいしぃ~」ともぐもぐする彼女は、幸せそうな笑顔だ。
★お姉さまの『あらあら。ちゃんとクリアできたかしら?』チェック★
超軽量 →ヒーローがふわふわで主役として没個性(救えなかった)
こいばな →新キャラの方が濃い話(救えなかった)
大団円 →クリアできたか微妙(救えなかった)
これ締まった…か?
※小話…(・ω・)b え。