伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(66)
紳士と淑女達が最後のステップを踏んだ。
昼過ぎから始まった仮装園遊会もこれでおしまい。
フロランスは踊り終わった兄とグレイシーを見つめた。
喜ばしいことに、この舞踏会で兄とグレイシーの距離は大きく近づいた。
ローエ氏にユージェニーの兄オリヴァー。二人の出現におくての兄も、グレイシーは彼と何の約束もしていないことに気が付いたらしい。
彼女は最後のダンスをナターリアと一緒に眺めていた。
舞踏会の途中で気分が優れなくなったナターリアが心配だったから。
彼女のいう通り、コルセットを緩めたら、血色が良くなったけれど、瞳がうるんでいで、もしかしたら微熱があるのかもしれないと思った。
ゲオルクはナターリアのガヴァネス、マデリンとも踊った。
きっと、その事はこの園遊会についての語り草になる。
ミス・マデリンがジェントリ階級の出身だとはガヴァネスをしているのでわかっていたけれど、父君がオールドミンスター教区の主教様だったと聞いて、驚きと共に納得した。
あの少し硬質な雰囲気は教会の静謐さに通じるものがある。
きっと亡くなられた父上も優秀な方だっただろうと、マデリンを見ていて解かる。
ひょっとしたら、そのまま長生きなされば、二つの大主教のいずれかになっていたかもしれませんわね。
そうすれば、貴族に匹敵する身分。いえ、慣例から言って、王より叙爵されでしょうに。
音楽堂の中央でゲオルク殿下とレディ・エマがお互いにお辞儀をした。
お美しいお二人に回りから称賛があがる。
そういえば、ゲオルク殿下はナターリアと踊っていない。
わたくしにはお申し込みになりましたのに。
ナターリアが途中で席をはずしたり、具合が悪くなって休憩したりしていらっしゃったから、申し込むのを取りやめたのでしょうでれど。
なんとなく物足りなく思うフロランスだった。
バイアール公爵がマルグリッテ殿下を陛下にお返しになった。
ヘンリック陛下が、ダンスの相手をバイアール公爵に譲られたのだ。
陛下はフロランス達と同じようにラスト・ダンスに参加されなかった。
けれど、その瞳は炯々と輝いて、ダンスの間中、周りの臣下達と会話をしていた。
やんごとない方たちが、退出されていく。王家の方々とカルプ大公夫妻、ゲオルク殿下の視線がフロランスの隣、ナターリアに向けられ、彼女に歩み寄った。
「次に王宮に来るときには、健やかな顔を見せて欲しい。私もコンラートもそなたの晴れやかな笑顔を好ましく思っている」
誰憚ることなく、ゲオルク殿下はナターリアに好意を告げた。