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伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(65)

 ゲオルクとマデリンが踊り終えると、子供達が、席を離れた。

 屋敷に用意された部屋に子供達のための夕食とデザートが用意されている。

 夜の九時半にもうすぐなる。

 舞踏会が始まって二時間は立つ。

 あと、一時間もしたら、今日の園遊会もお開きになる。


 わたくしも子供達と一緒に行きたい。


 ゲオルクを迎えるために、王と王妃が動いた。

 アーサーがナターリアの隣に来て、気遣わしげに口を開く。


「やはり顔色が悪い。少し休ませていただこう」

 ヘンリック王が少し振り返り、「そうするがよい」と許可をした。

 このように王と王妃の間近で退席するのは、礼を失する振る舞いだが、ナターリアはこの場にいるのが苦痛だっだ。


 アーサーがエスコートしようとするのをナターリアは首を振って拒否をする。


「公は残ってくださいませ」

「だが、婚約者を放ってはおけない」

「仮初めのですわ」

 不意にナターリアの口から言葉が溢れた。

「婚約破棄を前提にした婚約です。最初の約束ではそうでございました」

 音楽が休止している中で、ナターリアの声はかなりの範囲で響いた。

 皆が耳をそばだてたのを彼女は感じた。

「子供達のところにいたからでしょうか、昔を思い出しましたの」

 必死に笑みを作る。


「そのようなお話は聞いてましたけれど、本当でしたの?」

 マルグリッテ王妃の関心をひいてしまった。

「はい。小さな頃、わたくしは、物語に影響されて、"婚約破棄"の後に真実の愛が訪れると信じていました」

「今は?」

「まだ、半ばくらいは、そう思っております」

「まあ。世界覇者も、彼女の心までは、完全に征服出来ていないということね」

 意味ありげにマルグリッテ王妃はアーサーに視線を投げた。

「男が完全に女性を征服できるなど考えてもおりません。どちらか言えば征服されるのは男のほうかと」

 アーサーが落ち着いて答えた。

「我が君。貴方もそうかしら?」

「公のいう通り。そなたは我が心の王国に君臨しておる」

「わたくしの心の王国も貴方に捧げられておりましてよ」

 王と王妃は言葉で戯れる。


「もし、仮に、別の誰かに真実の愛を見たらいかがする?」

 ふと、ゲオルクがナターリアに訊ねた。

「婚約破棄をいたします」

 ナターリアは即答した。

「公は約束を違える方ではありませんもの。もちろん、わたくしも」

「マイ・レディ」

 アーサーが驚いたようにナターリアを見つめた。しかし、次の瞬間、彼はマデリンに目をやった。


 ああ、やはり。


「ナターリ……、レディは公をお好きでしょう?」

 コンラートが戸惑ったように問いかける。

「はい。幼い頃から、親愛しております。でも、覚えていらっしゃいます?わたくしが最初に婚約を申し込んだのは、あなた様でした」


 コンラートが口を空けて驚く。

 幼い時から変わらないその表情にナターリアも和んだ。

「そうだね。でも、僕は破棄する婚約など嫌だと答えた」

「あなた様は幼い頃から賢者でございました」

 ナターリアとコンラートは親密に笑いあった。


「では、私は、王の息子たる方と違い、愚か者というわけですね。私の女神は手厳しい」

 アーサーが苦笑を洩らしてナターリアを引き寄せる。

 今度はナターリアも拒否を出来なかった。


「ですが、例え愚かでも、真実の愛が手に入るなら、これに勝る喜びはないでしょう。神々の王と王妃たるオシリスとイシスと同じく」

 アーサーがヘンリック王とマルグリッテ王妃の関係を称えるがごとく、会釈をした。


 回りから賛同の声が上がる。

 ナターリアも軽く礼をして、音楽堂から離れるべく歩を進めた。

 マデリンが後に従う。

「公、お待ちになって。娘にはわたくしが付き添います」

 ケイトリンがアーサーを留め、ナターリアに寄り添った。

「お母様」


「ですが」

「引くことも覚えなければ。征王様」

 軽やかな調子でアーサーをいなして、ケイトリンはナターリアに慈愛の笑みをくれる。


「では、不調法ではございますが、少し休んで参ります」


 アーサーてマデリンが一緒のところを、今はこれ以上見ていたくなかったナターリアはケイトリンの申し出にほっと息を洩らした。


 ゆっくりと音楽堂から去るナターリア達に人々の視線の糸が絡みついていた。


◇◇◇◇


 レディ達のために設けられた休憩用の部屋はかなり大きかったが、人気はない。

「コルセットを少し緩めましょうか?」

 マデリンが親身な様子で尋ねてきた。

「よくってよ」

 ナターリアは力なく首を振って、部屋の寝椅子に座った。

「マデリン、メアリーアンを呼んできてちょうだい」

 ナターリアはマデリンに命じた。諮詢するマデリンにケイトリンが声をかける。

「わたくしが付いているわ」

「かしこまりました」

 マデリンが部屋を出て行くとケイトリンがナターリアの横に腰かけた。

「話を聞いた方がよいのかしら?それとも、黙ってそばにいてほしい?」

 黙ってと言いかけて、ナターリアは思い直す。


「見てはいけないものを見てしまいましたの」

「まあ」

「オランジェリーへ行ったら、中で、その、男性と女性が……」

 それはけして嘘ではなかった。絡みつくように寄り添う男女がオランジェリーの中にもいたのだから。


「それで、ねんねのわたくしの娘はショックを受けたというわけね。良かったわ」

 えっと、ナターリアは耳を疑う。

「誰かに不埒なことをされたのかと心配してしまったわ」

「そんなことはありません」

 音楽堂にいた人々はそう思ったのだろうか。急にナターリアは心配になる。

「コンラート殿下と笑っている貴女を見ていたら、そんなはずはないとは思ったけれど」

「お母様」

 ナターリアが軽く睨むと、ケイトリンが真顔になった。

「でも、貴女は少し軽率だったわ。一人で庭を歩くなんて」

「ほんの十五分か二十分ほどですわ」

 実際、アーサーとマデリンの会話を聞いていた時間は五分に満たない。

 ナターリアの姿が完全に他の人に見えなくなったのは、それに三分ほど加えたくらいだろう。

 現に、アーサーとマデリンも庭を戻るナターリアを室内から目撃している。

「真実の愛がどうこういうから、何事かと思ったけれど、安心したわ」

 ケイトリンはナターリアの頭を抱えて額を突き合わせるようにした。まるで子供の頃のようだ。

「デビュタントの前に言ったことを覚えていて?」

「はい」


 “貴女の大好きなロマンス小説のヒロインの勇気を持って進みなさい”

 そう、これはロマンス小説なのだ。


 わたくしは悲劇の主人公ではない。


「顔色が少しは良くなったわね」

「ありがとう。お母様」


 ナターリアが母に礼を言っていると、グレイシー達が様子を伺いにやってきた。

 とたんに、部屋がにぎやかになる。

「ナターリア、大丈夫なの?」

 フロランスがとても心配そうにしている。もう、平気よとナターリアは笑った。

「コルセットが許す以上に少しばかり食べ過ぎただけですわ。そのうえ、踊って、歩いたから」


 ナターリアは立ち上がってみせる。お揃いの衣装が揺れる。


 マデリンがわたくしが美しく見えるようにと考えてくれたドレス。

 彼女はわたくしに忠実だ。


「メアリーアンが来たら、少しコルセットを緩めてもらおうと思っていますの」

「それなら、わたくしも緩めたいわ」

 ユージェニーがほっとした様子で、自分の胴を見下ろした。


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