伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(63)
何でアーサーがミス・マデリンと踊っている?
オースティンは目の前で鮮やかなターンをした二人に驚き、友人の婚約者であるナターリアを見つけようと視線を巡らせた。
彼女はコンラート殿下と隣り合って座り、踊る人々を眺めている。
時おり、コンラート殿下と会話を交わしている。
踊っていない招待客達がちらちらと二人を気にしていた。
それは、殿下とナターリアはしっかりと手を繋いでいるからだ。
まったく、何をしてるんだ。
二人、いや、四人の行為は迂闊だ。
成人前とはいえ、コンラート殿下は男であり、ナターリアにはアーサーというれっきとした婚約者がいる。
そのアーサーはナターリアのガヴァネスと堂々と踊っている。
マデリンの素性を知っている人間は案外多い。
彼女はナターリアが幼い頃から常に付き添って王宮にも出入りしているし、何より、彼女は若く美しい。
その秀でた容姿と立ち居振るまいが、彼女を目立たせていた。
今も、注目の的だ。
マデリンは、年頃もナターリアよりアーサーに近く、お似合いといえる。
こんな所で、踊って、アーサーとマデリンが、ナターリア公認の愛人だと思われでもしたら、どうするのだ。
そして、結婚した後は、ナターリアはコンラート殿下の愛人になる。
むろん四人は、そんな下卑た考えは欠片も想像していないだろう。
しかし、家のための政略結婚が当たり前の上流社会では、結婚後に愛人を持つ人間が少なからずいるのは、公然の秘密であり、夫と妻がお互いの愛人を認めあうという事も、十分あり得ることなのだ。
仲がいい夫婦の子供である四人には、縁のない話なのだろうな。
オースティンの父には時おり女の影が差していたし、母は浮気はしなくても、見目良い俳優を後援し、他の人間に紹介するという名目で、共に夜会に出席したりしている。
レディ・ナターリアとコンラート殿下が子供席にいるのが救いだな。
コンラート殿下は、まだまだ子供なのだという名目が通用するからだ。
「はっ」
オースティンは、息をついてアーサーとマデリンが踊り終えるとすぐに、二人に近づいた。
「アーサー、俺のために彼女を連れてきてくれたのだね」
大きめの声でいい放ち、オースティンはやや強引にマデリンの腕を取った。
「オースティン」
アーサーが非難の声をあげかけるが、オースティンは片目をつぶってみせてから、ナターリア達へ視線を流した。
マデリンがオースティンに腕を絡めてきた。
察しの良い女性だ。
オースティンは役得とばかりにマデリンを強く引き寄せた。
しなやかな肢体がオースティンの体にピタリと寄り添った。
マデリンは一時体を固くしたが、すぐに柔らかく溶ける。
「お前はお役御免だ」
アーサーにいい放ち、オースティンはマデリンの額に唇がつかんばかりの距離でステップを踏み出した。
「何故、君がここに?」
オースティンはマデリンの耳元近くで問いかけた。
「アーサー様にレディ・ナターリア私を捜しているとお聞きしたからです」
「だが、アーサーはナターリア嬢を探しに行ったはずだが?」
「先にアーサー様と図書館でお会いして、図書館の窓から、音楽堂に戻られるレディ・ナターリアをお見かけしたので、追いかけて参りました」
「アーサーと二人で?」
「クロヴィス様も三人連れで図書室にいらっしゃいました」
「まあ、いい。だが、アーサーと踊る必要はなかったはずだ」
「レディ・ナターリアがお望みになったのです」
「彼女が……」
「はい。アーサー様と私が踊れば、まるでロマンス小説のようだとおっしゃって。可愛らしい方なのです」
可愛らしすぎるだろう。
アーサーはその可愛いお願いに逆らえなかったわけだ。
マデリンと密接する機会を逃したくないという、男の欲が掠めなかったとは言い切れないが。
オースティンは自分を棚にあげてアーサーの心境を推察した。
近づいてきた男女一組を避けながら、ナターリア達を目で捕捉する。
アーサーの姿がない。
何をやっているんだ、奴は。
ああ、ヘンリック陛下とマルグリッテ王妃に捕まっていやがる。
いささか乱暴な調子でオースティンは、内心で毒づいた。