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伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(58)

「ごきげんよう、皆さま」

 優雅に一礼して、レディ・エマは自分に見惚れている少年や少女達に微笑みかけた。

「ごきげんよう」

 と声変わりをしたばかり声で返したのは、ナターリアと同時に今年社交界にデビューしたサザランク公爵家のジャステン様だった。

 デビュタントではまだ、ソプラノの声でしたのにとナターリアは思った。


「わたくしと遊んでいただけるのね。嬉しいわ」

 レディ・エマはさりげなくオリヴァーを即して、両手でブリッジを作ろうと手を掲げる。

 オリヴァーはギクシャクとした動作でその手を取った。

「コンラートは、子供達の先頭に」

 ゲオルクがコンラートに指示をした。

「橋を作るより、橋を潜るほうに回りなさい。その方が皆が潜りやすい」

ゲオルクはアーサーの申し出を取り下げて、そう言う。

確かにまだ背の低いコンラートが橋を作るより理にかなっている。

「みんなこちらに」

 コンラートがすばやく兄に従って、子供達を取りまとめて、一列に並ばせる。

 ゲオルクがユージェニーの手を取ってレディ・エマの左横に並んだ。

 アーサーがナターリアに微笑して手を取り、レディ・エマの右に並ぶ。

 最後にウォルターがナターリアの横に並んだ。

 男女が交互になり、片側はユージェニー、オリヴァー、ナターリア、ウォルター、もう片側にゲオルク、レディ・エマ、アーサー、グレイシーが並んだ。


 四人のメジャト達がどうするかと思えば、彼らはナターリア側の後ろに一列になった。


「用意はよろしくて?」

 すっかり、場を仕切るレディ・エマが声をがけをするときに、「お待ちになって」とカルプ大公夫人、フェリシアの声がかかった。


「わたくし達は見ているだけですの?それでは少々退屈ではございません?ヘンリック陛下、マルグリッテ殿下」


 女騎士を思わせる姿で王と王妃を見つめる彼女。かつてアンゲリア一と呼ばれた美貌に円熟味を増していた。


 王太子時代のヘンリックの初恋の相手は彼女であったと言われている。

 もっとも、フェリシアに恋をしていたのは、何もヘンリックだけではなく、宮廷の大半の男達が恋し、女達は憧れの眼差しを送っていた。


 いまは、そのフェリシアに並び立ちえる美しいマルグリッテ王妃を熱愛しているヘンリックだけれど。

「レディ・フェリシアは、いかがしたいのか」

 掛ける声は幾分か甘い。


「わたくし達も童心に帰ってあそびませんこと?」

 いたずらっぽい顔はアーサーに似ていた。

「フェリシア」

 カルプ大公が仕方のない奴だというように諫めたが形ばかりに聞こえた。

「いかがですかしら。マルグリッテ様?」

 フェリシアは夫を一瞬見上げてから、王妃に笑顔を向ける。

「わたくし達がそのまま"ロンディウム橋"を行うには適さない衣装の方がおられましてよ」

 マルグリッテ王妃は裾の膨らんだドレスの貴婦人を一瞥した。

「橋を造らずに、男性と女性が別れて、いくつか二重のサークルをお作りになり、内側のサークルと反対側に音楽に合わせて回っていきます。片手を差し出して、相手の手を叩いていくとより良いですわね。そしてマイ・フェア・レディの所で両手を掴む。夕方から、三時間ほど、舞踏会があるのですわよね?捕まえたお相手とダンスを踊るというのはいかがかしら?」

 フェリシアはヘンリック王とマルグリッテ王妃、それからカルプ大公の目を一つ一つ覗き込んでから、周囲をゆっくりと見回した。


「ファーストダンスは我がイシスと決めているのだが?」

 ヘンリック王は傍らの王妃に見下ろした。

「ファーストダンスではなくて二番目のお相手を決めることになさればいいわ」

 マルグリッテ王妃はフェリシアの提案を受け入れた。


「楽師達!!」

 ビヨンヌ伯爵が、離れたところにいた楽師を呼びよせた。

 ヴァイオリンやビオラを持って楽師が足早に向かってきた。

 王妃と王、カルプ大公夫妻、素早く状況を見て取った一部の人間が輪になる。

 戸惑っていた大人たちも輪を作った。

「こちらはもう定員です」

 王達のいる輪は人数が締め切られた。しかたないと、別の輪を作る人々。

 もちろん、輪に加わらない者もいる。

 フォック卿もその一人だった。


 最初はロンディウム橋の列に加わらなかった子供もコンラート達の後ろに並び始めた、人数は五十人ほどに膨れ上がった。


 今回の園遊会に招待されたのは千五百人あまり。

 四分の一ほどは加わっていないようだが、千人を超える人々が輪になっているのは壮観だった。


「では、皆さま、準備はよろしいでしょうか」

 最後は、屋敷の主であるビヨンヌ伯爵が声をかけた。


「はい」

 子供たちが返事をした。音楽が流れる。

「Londium Bridges is Broken Down ……」


 元気な子供たちの声が、広い庭に満ちた。


 四人のメジャトは歌に合わせて、時々、ナターリア達の陰から、子供たちに向かって顔を出した。

 そのたびに子供たちの笑いが弾ける。

「……Dance Over My fair lady」

 ナターリアとアーサーに捕まったのは、ハドソン男爵家のジョージアナ。ミダルトン家の詩の会でお目にかかったことのある十一歳のお嬢さんだった。

 ナターリアとアーサーの間を首を振って確かめている姿が愛らしい。


 最初に捕まった四人の子供たちがメジャトの名前を呼ぶ。

 一回目は誰もメジャトの名前を当てられなかった。

 けれど、四組の腕に捕らえられた子供は、はしゃいだ声をあげた。

 大人達の輪では、ヘンリック王に当たった貴婦人とマルグリッテ王妃に当たった紳士が喜びの声をあげていた。


 二回目に、ソールズ伯のオードリーがゲオルクの腕の中に捕まる。

 彼女は自信満々に一つの名前をあげた。

 ユージェニーの後ろにいたメジャトがおどけたようにくるりと回る。

「当たりです」

 メジャトの声はユアードだった。

 彼は仮衣を脱ぐ。オードリーが大人達の真似をして小さな手で手伝った。


「まあ」

 オードリーは驚いた声を出して固まる。

 ユアードは腰布、シャンテ一枚しか身につけていないように見えた。

 だが、よくみればぴったりとした肌の色に似せた袖なしの上衣とタイツを着ていた。

 彼はアヌビス神になぞらえて犬の仮面を被っていた。

 ユアードが手を差し出して、列の中からオードリーを連れ出さした。


 オードリーは簡単に彼の名前を当てた。その後も親しげに会話している。

 ユアードは寄宿学校生で平民である。


 どちらでお知り合いに?


 謎がナターリアの好奇心を刺激したが、歌が始まる。謎を追及するのは、すべてのメジャトが仮衣を脱いでから。


 向かいあったアーサーは、ナターリアの両手を掴んで高く掲げた。


 次はまた、全員が外れ。

 四回目にフックJrとジャスティンがピエールとクロヴィスを当てた。

 クロヴィスは例の変な声で「我が名前をよくぞ当てられた」と言いながら、メジャトからアヌビスへと変身する。

 ピエールも同様に。

「どうせなら、可愛らしいレディに当てられたかったですが」

 ませた台詞をクロヴィスが漏らす。


「最後の一人になりましたね」

 謎のメジャト神にクロヴィスは手を振った。


 誰が当てるのか?

 メジャトの下にいるのは誰なのか?


 子供達は楽しそうにナターリア達の腕の下を潜っていく。


 大人達の輪も賑やかで、歌を口ずさむ方も多い。


 ナターリア達の腕が下ろされた。

 ウォルターとグレイシーの腕の中にコンラートがいる。


 コンラートはやった!とばかりに笑い声をあげた。

 笑った顔のまま、彼は最後のメジャトの名前を告げた。


「私を育んで下さった敬愛するレイディ」


 すなわち、ナターリアの母でもある人。


 メジャトの下には無邪気に笑うケイトリン・ゴールディアが隠れていた。


 ケイトリンがコンラートの手を借りて白いメジャトを脱いだ。

 ケイトリンはナターリアにもドレスを秘密にしており、彼女も初めて母の衣裳を見た。


 マデリンとケイトリンが考えたドレスは菫色と白のビーズを使ったドレスだった。

 スカートは膨らませておらず、すっきりとしたシルエット。

 頭には小さな銀のライオン。仮面は動物ではなく、白いレースの物で目元のみを覆うシンプルな形。


 わたくしのデビュタントでは、膨らませたドレスをあんなに勧めていましたのに。



 ビヨンヌ伯爵家のフットマンが近付いて、コンラートからメジャトの仮衣を貰い受けようとした。


 いえ、仮面が違いますわ。

 緑の地に金箔を散らした仮面。

 服も微妙に違って、ウエストコートには、エギュプトの神聖文字の刺繍が細かに施されている。

 ビヨンヌ家のお仕着せに色味こそ似ているが、良く見れば全く別物だった。


「お父様……」


 ナターリアは父であるエドモント・ゴールディア伯爵の姿に軽い目眩を感じていた。

 コンラートから仮衣を受け取ったゴールディア伯爵は布をすばやく器用に畳んでみせた。

 それから今度こそ本物のビヨンヌ家のお仕着せを着たフットマンが近付いて、ゴールディア伯爵が布を渡した。


 ナターリアは彼の顔を見知っていた。

 以前に三ヶ月ほどゴールディア家で臨時に働いていた。

 新大陸の独立戦争の戦費捻出のため、男性の使用人を雇うと税金がかかるようになった。そのため、男性使用人を常時雇用するのではなく、必要に応じて雇う形が増えている。

 それに応じて、働く側もあちこちの屋敷で臨時に働くことを主とする者も出てきていた。

 彼もその一人だ。

 名前は確かエルトンといったと思う。


「マイ・レディ」

 ゴールディア伯爵がケイトリンをエスコートしてヘンリックの前に進み出た。

 最後のメジャトが名前を当てられた時に、大人達の輪も散っていた。


「なかなか派手な登場だな。卿には珍しく」

 ヘンリック王は目を眇め、二人を眺める。

 軽くお辞儀をしてゴールディア伯爵は照れたように笑った。

「たまには羽目を外すことも必要かと存じまして」

 屈託のない顔は清々しく、隣のケイトリンも暖かな微笑みを浮かべている。

「ビヨンヌ伯爵の館の完成のお祝いと、お招きいただいたお礼に、少し興を添えようと思いましたの」

 ケイトリンは邪気無く自慢気に言った。


「興と言うよりは、驚きが勝ったな。マルグリッテも、そうであろう?」

「ええ。驚きました。この事は、バイアールの方々と計画なさったのかしら?」

 王妃の言葉にケイトリンは、いいえ、と答えた。

「わたくしとレディ・エマがメジャトになることは娘のナターリアにも秘密にしておりました」


 さようです。わたくしは何も知らされず、家族に仲間外れにされました。

 そう、ナターリアは主張したくなる。


 ヘンリック王がナターリアに視線を寄越した。

 彼女は気弱な笑顔と共にため息をついて、少し膝を折った。


「コンラートにも秘密にしていたのか?」

「はい。我が息子、クロヴィスがメジャトに扮することはお知らせしていたようですが、我々がメジャトになることはご存知なかったはずでございます」

 ゴールディア伯爵が返答をすると、王はゆっくりと頷いた。

「では、我が二人の息子は、何も知らされず、名前を当てたのだな」

「はい。僭越ながら、お二人とも素晴らしい観察眼をお持ちだと感服しておりました」

 ゴールディア伯爵の心の底からの称賛。

 彼がお世辞を口にしないのは、つとに知られている。

 ヘンリック王の愁眉が開かれ、マルグリッテ王妃の唇も笑みの形になる。


「では、ゲームの勝者達に我が抱擁を与えよう」

 ヘンリック王の言葉に一同は動き始める。


 オリヴァー、ゲオルク、オードリー、フォックJr.、ジャスティン、そして、コンラート。


 王がまず抱擁して、王妃が大人には手への口づけを許し、子供には自らが頬に口づけをする。

 ジャスティンの番でマルグリッテ王妃は、少し悩んでから手を差し出した。

 最後のコンラートへのキスは少し長めだった。


「では、皆様、今度は私の用意した余興をお楽しみください」


 ビヨンヌ伯爵が微かな皮肉を乗せた声で客たちに声をかけた。

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