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伯爵令嬢の人格形成はロマンス小説と共に (7)

 バイアール公爵を迎えると言うので、少しだけ屋敷は慌ただしくなった。


 今までもアーサーがゴールディア家を訪問することはあったが、それは父である前バイアール公爵、今はカルプ大公になったウォレスに伴われてのことであり、アーサーが単独で来るのは初めてであった。


 簡単に済ませるいつもの夜の食事ではなく、ディナーになる。

 来客のあるときは子供のナターリアとクロヴィスは別に食事を取るが、今日は婚約の挨拶ということもあり、ナターリア達も一緒だ。


 バイアール公爵家の馬車が着き、アーサーが現れると、あたりが明るくなったような感じになる。


 彼は長めの黒い髪を緑の細いリボンで一つにくくっていた。

 長い前髪が一房だけ顔にかかっている。

 大人の女ならば扇情的と表現するところだが、8歳のナターリアはなんだか格好が良いけれど、食事の時に邪魔にならないかしらと心配した。


 ナターリアといえば、髪に合わせた亜麻色のドレス。差し色に小物で緑をあしらっている。

 これは、レディースメイドのメアリーアンが「公爵様の瞳の色を」と強く推した結果だった。

 髪も緑のリボンでまとめてあった。


 アーサーはゴールディア伯爵夫妻に挨拶をすると、次にナターリアに挨拶をした。

 マデリンをまねた所作でナターリアはアーサーに礼を取った。


「アーサー様、ナターリアをエスコートしてくださいます?」

 ケイトリンがアーサーに微笑む。アーサーは心得たというように首をかたむけ、ナターリアに手を差し出した。

 身長差がだいぶある二人だ。腕をからめることはできない。

 結局、以前と変わらず、手を繋ぐだけだ。


 クロヴィスが羨ましそうに、アーサーとナターリアを見たが、さすがに婚約者のエスコートの最中に、片方が空いているからと言って弟と手はつなげない。


 トコトコと後をついてくるクロヴィスがいじらしい。

 明日はたくさん一緒にあそんであげると、ナターリアは弟に心の中で約束した。


「アーサ様、素敵な薔薇の贈り物ありがとうございます」

「気に入った?」

「ええ、特に鉢植えですから、来年も楽しめますわ」

「ナターリアならそういうと思った」

「本当にアーサー様が早起きをして鉢に移し替えましたの?」

「そうだよ。小さな婚約者への初めての贈り物を他の男に任せるわけにはいかないからね」

「まあ」

 ナターリアはアーサに向かって笑みを浮かべる。


 食事室の扉が従僕によって開かれ、ゴールディア一家とアーサーは中へ入った。


 オフホワイトの壁に、大きな木製のテーブル。

 16人は座れる大きさと長さだ。

 家族だけや、ニ、三人のお客さまだけでの時に使う、こぢんまりとした食事室もあるが、今日はどうしてもというゴールディア伯爵の意見でここになった。


 テーブルの一方の短辺にゴールディア夫妻は並んで座った。

 クロヴィス用の高い椅子はケイトリンのそば、長辺の端。クロヴィスの真向い、ゴールディア伯爵のそばには、ナターリア用の椅子が置かれていた。

 客であるアーサーのカラトリーは、テーブルのもう一方の短辺にセットされていた。


 アーサはくすりと笑いをもらして、エスコートしていた手を離した。

 彼はナターリアを座らせるために椅子をひいた。ナターリアはドレスの裾を持って慎重に腰を下ろした。

 ぴったりなタイミングで椅子が前に出される。

「ありがとうございます」

 アーサーを見上げてナターリアが礼をいうと「どういたしまして」とアーサーが微笑んだ。


 二人のやり取りをケイトリンは穏やかな目で、ゴールディア伯爵は穏やかならざる目で見つめている。

 クロヴィスはニコニコと笑っていた。


 アーサーが席に着くと食前酒が運ばれた。

 大人たちはスパークリングワインだが、子供たちはクランベリージュースを炭酸水で割ったものがグラスに注がれる。

「乾杯。皆が健康であるように」

 ゴールディア伯爵がグラスをあげて一般的な乾杯の言葉を言った。

 ナターリア達もグラスをあげてから一口飲む。


 ナターリアは思ったより喉が渇いていたようで、二口、三口と続けて飲む。

 グラスの中身が半分ほどに減った。

 気が付くと家族もアーサーもグラスを置いている。


 たくさん飲むのはマナー違反かしら。でもおいしかったのですもの。


 ナターリアはアーサーに視線を向けた。彼は大丈夫と軽く頷いてくれる。

 そんな二人の様子にゴールディア伯爵がむっとした顔をしているのをナターリアは気づかない。


「なんで、アーサーしゃまはあんなに遠くにいるの?」

 ジュースを飲んで気分がほぐれたのか、クロヴィスが言い出した。

「私たちはおもてなしをする家族で、バイアール公爵は来賓、偉いお客様だからだ」

 ゴールディア伯爵がクロヴィスに言い聞かせる。

「でも、アーサーしゃまは僕のお兄様になるのでしょ?僕、アーサーしゃまにそばにいてもらいたい」

 ね?とクロヴィスはケイトリンとナターリアに同意を求めた。


「エディ?」

 ケイトリンが伯爵の愛称を呼んだ。ゴールディア伯爵は愛妻家だ。それも、とてもと形容詞がつくほどの。

「バイアール公爵、よろしければ、席を移動していただいても?」

 伯爵が観念してアーサーに尋ねた。

「もちろん、よろこんで」

 従僕が、さっと予備のカラトリーをナターリアの横の席にセットしようとするのをアーサーが止めた。

「席はクロヴィスの隣に」

 心得ましたと従僕がお辞儀をして、改めてクロヴィスの横にアーサーの席が設えられた。


 ゴールディア伯爵のもくろみは身内の裏切りによって潰えた。



 金茶色のスープが出される。

 ナターリアとクロヴィスは大人の半分の量の、ハーフポーション。


 まあるい、皿に注がれたスープは何かを思い出させるとナターリアは感じた。

 一口飲めば、優しく暖かな味が口に広がった。


「コンラート殿下の瞳に似ていますわ」

 唐突に言い出したナターリアにみなは注目した。


「このスープがコンラート殿下の瞳に?」

 アーサーがスープの入った皿とナターリアとに交互に視線を動かす。

 蝋燭の光で、暗い緑の宝石のようにアーサの瞳がきらめいた。

「似ていません?光の加減で金色にも見えるところですとか、優しい感じですとか」

 ナターリアはもう一口スープをすすった。

 つられたようにゴールディア家の者もアーサーもスープを飲む。


「瞳というより、涙かもしれない。塩味がするから」

 アーサーがナターリアの言葉を少し修正した。

「そうかもしれませんわ」

 アーサーの言葉にナターリアも同意する。


「では、はやく(から)にしなくては。涙を湛えさせたままではコンラート殿下がお可哀想だ。臣として涙を拭いて差し上げなければ。おや、クロヴィスの分はもうないね。彼が一番の忠臣だね」

 アーサーは茶目っ気たっぷりにスープを飲んだ。ケイトリンがおかしそうに笑い、ゴールディア伯爵も苦笑する。

「はい」

 ナターリアも笑って美味しいスープをクロヴィスを見習って空にすることにした。



 デザートの最後の一口をナターリアはかみしめた。これで、ディナーはおしまい。


 ナターリア達はベッドに向かう。

 男たちが立ち上がり、それぞれのパートナーを立ち上がらせた。


 ケイトリンは眠そうなクロヴィスの手を取った。

 ゴールディア家には乳母はいない。

「乳母が乳母を雇うなんておかしいでしょ」

 とケイトリンは言ったが、ナターリアもケイトリンの乳を飲み、赤子の頃は父母の部屋で眠っていた。

 そのあたりも王家の乳母に選ばれた理由。タイミングが合えば、ケイトリンは王太子の乳母にもなっていたかもしれない。


 そしたら、ゲオルク殿下とコンラート殿下はもっと仲良くなっていたかしら。

 ナターリアはコンラートのために母が王太子の乳母でないことを少しだけ残念に思った。


 二階に上がる階段の前までアーサーはナターリアをエスコートしてくれた。

「おやすみなさい、アーサしゃま」

「おやすみ、クロヴィス」

「おやすみなさいませ、アーサー様」

 ナターリアは淑女の挨拶をする。アーサーはそんなナターリアの頭に手を伸ばした。


 頭をなでられるのかしら。


 咄嗟にそう思ったが、ナターリアの考えは覆される。

 アーサーは身をかがめてナターリアのリボンに触れた。

「おそろいだね。うれしいよ」

 そして、すばやくナターリアの頭のてっぺんに小さなキスを落とした。

「アーサーさま?」

 見上げるナターリアの目に、驚いた?と言う風に輝くアーサーの緑の瞳が映る。


「アーサー様はいたずらっ子ですのね」

 つんとして言えば、アーサーは心底可笑しそうに声をあげて笑った。


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