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伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(43)

 グレイシーから、ゴールディア伯爵家へ共に訪問しないかと誘われた時、ユージェニーは二つ返事で承諾した。

 実際のお返事はカードを使用したので、もっともらしく、定形を外すことはなかったが。

 クロヴィス様とお話ができるかもしれないと、ユージェニーの心は浮き立つ。


 加えて、頭を悩ましていた仮装についての問題が解決する。


 両親や兄は特別な趣向ではなく、フロックコートやドレスにエギュプトの絵を刺繍することにした。


 ユージェニーも今までならば、それで良いと思ったろう。

 けれど、王宮の茶話会に参加してみて、無難ではなく、冒険をしてみたくなった。

 けれど、社交を極力避けてきた自分には、ドレスについてのセンスはなかった。

 こんなときに頼りになる、レディースメイドも、要らないと、雇っていなかった。

 母のレディースメイドはいるけれど、茶話会での、他の令嬢を見るにつけ、少し好みが古い気がする。


 グレイシーの申し出は、たいそうありがたかった。


◇◇◇◇


 伝統と言うものは、こういう事を言うのだろう。

 ゴールディアの屋敷は、全体としてルネサンス様式だが、幾分かゴシックの面影を残している。

 繁る木々に囲まれた屋敷は、壮大とは言えないが、十分に広い。

 ビヨンヌ伯爵が行うような大規模な会は開けないだろうが、ゴールディア家には、そのような社交は必要ないのだ。

 ゴールディア家のロンディウムの屋敷も領地も一度として、他家のものになったことはないのだから。


「ユージェニー様ならこちらの方が喜ばれるのではないかと思いまして」

 ユージェニーとグレイシーが通されたのは、図書室に隣り合った読書室だった。


 濃い茶色の壁板、北からの光が優しく差し込んでいる。

 読書室といいながら、壁の一面にはどっしりとした本棚が並べられていた。


 座り心地の良さそうな寝椅子と一人がけのソファが窓の下におかれている。

 中央にはテーブルと椅子がいくつか。

 背の高いオイルランプもある。

「クロヴィスは自分の部屋より、この読書室にいる方が多いのですのよ」

「クロヴィス様が」

 ユージェニーは寝椅子で本を読んでいるクロヴィスを想像した。

 読み疲れて、うたた寝してしまうこともおありかも。

「ええ。後でご挨拶をしに来ると思いますわ。ちょっと珍しい古書を手にいれたとかで、ユージェニー様にお目にかけたいと言っておりましたから」


 ナターリアの言葉にユージェニーは舞い上がった。

 珍しい古書。

 どんなものなのだろう。


「どうぞ、お楽になさって」

 夢心地で勧められた椅子に座わる。

 テーブルの上にはすでにお茶とお菓子が並べられていた。

 お茶だけなら手袋は脱がないが、お菓子があるので、ユージェニー達は手袋を脱いだ。

 ユージェニーとグレイシーは絹の手袋、ナターリアはレースの手袋だ。

 夏でも革の手袋をとエチケットの本にあるが、暑い日にはやはり薄手のものがよい。


 ミス・マデリンを含めて仮装の内容がつめられていく。

「エギュプトにコルセットは無かったはずですわ」

 ナターリアがマデリンが描いたウェストを絞った絵に注文をつけた。

 ナターリアはコルセットがお嫌いらしい。

 いや、ぎゅうぎゅうと締め付けられるコルセットを好きな淑女がいるだろうか。誰しもコルセットをしたくないのが本音だとユージェニーも思う。

「ヴァッテル料理長の作った料理が出されますのよ?しかも、仮装は古代エギュプトの意匠。なんという好機でしょう」

 ビヨンヌ伯爵家の料理長の腕前は社交界でも有名だった。

「ナターリア様、淑女はそんなに食事をとってはならないものですわ」

 グレイシーが意見したが、ナターリアの目はいたずらっぽく輝く。


「あら、グレイシー様は料理にご興味はないの?そうですわね。全て同じデザインではなく、グレイシー様のドレスはコルセットのラインを活かしたものでも」

「興味がないわけではありませんわ」

 グレイシーは慌てたように否定した。

「コルセットは必要です」

 マデリンが二人の会話に割って入った。

「レディとしての嗜みをお忘れにならないように」

「最近では、家でお客様を迎えるときは、コルセットのないシュミーズドレスが流行りですわ」

 ナターリアが厳格なガヴァネスの表情をみせるマデリンに異を唱えた。


 パリシアの王妃が流行らせたモスリンのシュミーズドレスはアンゲリアでも持て囃されている。

 慎み深いアンゲリアの淑女たちは、アト・ホームの女性同士の集いにのみ着用しているけれど。

 

「公の場ではございません」

「では、いつもより引き締めないでいいようなデザインを考えてちょうだい」

「もとよりそのつもりでおりました」


 こちらをと、マデリンがスケッチブックを広げる。

 ユージェニー達はスケッチブックを一斉に覗きこんだ。

「斬新ですわ」

 グレイシーが感嘆する。

 ユージェニーもマデリンの描いたドレスと仮面に惹き付けられた。

 古典的にして、モダン。

「とても気に入ったわ。やはり、わたくしのマデリンはミューズに愛されているのね」

 ナターリアが開け広げな賛辞を口にする。

 ユージェニー達に対して少し自慢するようでもある。


 “自慢したくなるのも無理はありませんわ”


 満面の笑みを浮かべるナターリアとは対照的にマデリンは、落ち着いた表情でわずかに微笑むだけ。

 けれど、ナターリアへの親愛が感じられる。

 ユージェニーは二人の間の立場を越えた愛情を垣間見た気がした。


◇◇◇◇

 クロヴィス様はまだかしら。


 仮装の詳細もほぼ決まり、お菓子もだいぶ少なくなってきていた。

 ユージェニーはクロヴィスが珍しい古書を携えて現れないかと、扉を気にする。

 そんな様子を察したのか、ナターリアがメイドを呼んで、クロヴィスに読書室に来るように伝言を依頼した。


 ユージェニーは恥じらって、マデリンに話しかけた。

「ミス・マデリンは水彩画をよくお描きになるのですよね。よろしければ、お作を拝見したいわ」

「そうですわ。マデリン、先日のアーサーの絵を見せて差し上げたら?」

 答えたのはマデリンではなく、ナターリアだった。

「バイアール公爵の絵ですか」

 ナターリアはユージェニーに向かってふふと笑った。

「アーサー様だけれど、違うの。ね、マデリン、お願いよ」

 主にして教え子のナターリアに頼まれたマデリンは、一度首を傾けてから、わかりましたと部屋を出た。


「ユージェニー様はジャンブル・セールでミス・マデリンの絵はご覧にならなかったの?」

 マデリンが部屋を出てから、グレイシーが問いかけてきた。

「ええ、ミス・マデリンの絵はわたくしが着いた時にはすでに無くなっていましたし、似顔絵を描いてらしたところは行列でしたから」

「ミス・マデリンの絵はジャンブル・セールでは毎年好評ですもの」

「そんなに素敵なら、いつかグレイシー様が詩集をお出しになる時には、挿絵を描いていただいたら?」

 ユージェニーが提案すると、グレイシーはとんでもないと頭を振った。

「わたくしが詩集を出すなんて。……もし、そうなったら素敵ですけれど」

「そんな事おっしゃらないで。夢は大きく、女性初の桂冠詩人をおめざしになって」

 ナターリアが笑い含みで言うと、グレイシーは少し真顔になった。

「女のわたくしが桂冠詩人になるのは青い薔薇を咲かせるのと同じことでしょうけれど、詩集を出すのは、志を持てば実現できるかもしれませんわね」


 グレイシー様は不可能を表すのにやはり詩的な表現をなさいますのね。


 ユージェニーは、グレイシーの言葉を頼もしく思う。同時にユージェニーの口からは応援がほとばしった。

「きっと叶いますわ」

「楽しみにしております」

 ナターリアも力強く言う。

 二人は友を信じ、その未来を信じていた。


 ◇◇◇◇


 扉の向こうから笑い声が聞こえる。

 姉であるナターリアとその友人達の声だった。

 嬉し気な笑い声はいいものだ。聞く人にも幸せを感じさせる。

 途中で一緒になったマデリンを見上げれば、彼女も嬉しそうだ。それがクロヴィスを余計に幸福な気持ちにさせた。

 師でもあるマデリンはクロヴィスにとって尊敬すべき女性であり、憧れの人でもあった。

 ラテン語を必死で習い覚えたのは、彼女に褒めてもらいたい一心からだった。今では、ラテン語だけでなく、様々な言語に興味を覚えて、マデリンが知らない言語は別に教師を招いているけれど、彼女は言語への道に導いてくれた最初の人だった。


「姉上、よろしいですか」

 どうぞと(いら)えを聞いて、クロヴィスとマデリンは中に入った。


 マデリンが広げた絵はブリトーンに伝わるアーサー王伝説にまつわるものだった。

 その絵は明らかにモデルが判る。

「僕の絵がないです」

 コンラートがあるのに、クロヴィスがモデルの絵はない。

「パーシヴァルかガウェインかがよろしいかと思ったですが」

 コンラートが聖杯の騎士である ガラハドなので、マデリンはクロヴィスに同じ聖杯の騎士をと思ったのだろう。

「それは遠慮しておきたいな。希望が通るなら、ケイ卿かタリエシンが良いな」

 アーサー王の兄弟であるケイ卿かアーサー王の宮廷詩人であるタリエシンの名をクロヴィスはあげた。


「タリエシンは詩人ですもの。グレイシー様がよいわ」

 ナターリアが思いがけないことを口に登らせた。

「タリエシンは男性ですよ」

 クロヴィスが反論すると、ナターリアは紫紺の瞳に散る金を煌めかせて皆を見回す。

「モデルですもの。それに宮廷詩人のタリエシンが女性的な風貌をしていてもかまわないのではなくて?」

 クロヴィスが姉の友人である二人の令嬢に目を向けると、グレイシーは恥ずかしげに、ユージェニーは顔を輝かせた。

「そうですわ。いっそのこと、タリエシンは男装の乙女にしてしまうのはどうでしょうか。アーサー王を導く、四人めの乙女に」

 ユージェニーの男装の詩人という発案にナターリアも「ロマンチックです」と賛同した。

「面白いかもしれませんわね」

 マデリンまで、まんざらでもない様子である。


「では、クロヴィスはケイ卿で決まりですわ」

 ナターリアの断言にクロヴィス苦笑を漏らして「そうなりますね」と返す。

「ケイ卿は、ランスロ卿と違い、アーサー王伝説が文献に現れ始めた頃から登場していますしね」

「湖の騎士ランスロは、最初はいませんでしたの?」

 姉の質問にクロヴィスは頷く。


「そうですよ。ランスロはパリシアの詩人がアーサー王伝説に触発されて、後から付随された人物です。アーサー王の伝説は、アンゲリアで生まれ、パリシアで発展して、またアンゲリアの詩人の手で再構築されました。奇遇ですが、今日、ユージェニー嬢にお見せしたい古書もアーサー王伝説に関わる本です」

 クロヴィスは立ち上がって一冊の本を取り出した。

 大きな白い革の本を取り出した。

 羊皮紙で造られた本は、典雅な装飾文字

「ネニウスの枝の白写本です」


◇◇◇◇


 九世紀に、ネニウスという人物が、ラテン語で書いた“ブリトーンの歴史”という書物がある。

 “ブリトーンの歴史”はアーサー王伝説(アーサリアーナ)について文献として書かれた最古のものだった。

 アーサーは、アルトゥウスという表記されていた。


 正本は失われているが、“ブリトーンの歴史”の写本は、40点あまりが残されている。



 それに、さらに伝承や伝説を加えて、ネニウスの枝は書かれた。

 本は、白、赤、茶、黒の、四つの装丁の本があり、それぞれに内容が異なる。


 ネニウスの枝は、世紀をまたいで、修道院で写本され続けてきたが、十六世紀に、旧教からの分離により、修道院が閉鎖をされて以後は、羊皮紙による写本は行われていない。


 白の写本では、ブリトーンの王の一人であるレオデスが、一人娘の王女グエンフィルの婿取りのための物語が中心だ。

 レオデス王は求婚者たちに三つの試しを課す。

 失敗したものは、自分の財産の半分を差し出さなければならない。

 騎士見習いのアーサーのアーサーは運試しに三つの試しに挑戦した。

 ひとつめの試しに成功したアーサーだが、次の試しを課される時、悪い知らせが届く。

 三つの試しに失敗したメルワスという王にグエンフィル姫が拐われたのだ。


 アーサーの出される二つ目の試しは、拐われたグエンフィルを助け出すことにされる。

 アーサーは、魔術師マリーンの助力によって王女を救い出す。

「そして、王が出した最後の試しはなんだと思います?」

 クロヴィスのあとを取るようにユージェニーが

「石に突き刺さった聖剣カリヴァーを抜くことですわ」

 ユージェニが云った。

 カリヴァー抜くことによって、彼がブリトーンに約束された、王の中の王と証明されるのだ。


「ですけれど、拐われた姫君は不名誉な評判を立てられることにはならないかと心配になりますの」

 グレイシーがふと小さく呟いた。

「竜や妖精に拐われたのなら、種族が違うのでと納得がいきますけれど」

 ナターリアも改めて言われて不思議そうにした。


 僕はまるで男とは思われていないらしい。


 クロヴィスは内心苦笑した。


「王女の純潔については特に書かれていませんが、魔法かなにかで、身体的な危害からは守られていたのではないでしょうか」

 だいたい白の写本には、アーサーがどうやってグエンフィルを救ったのか、具体的な記述はないのだ。


「では、鞘では?聖剣カリヴァーの鞘が王女の身を守っているのはどうでしょうか」

 ユージェニーが少し身を乗り出して話だした。

「聖剣カリヴァーを引き抜けない限り、グエンフィル王女を娶ることは出来ないとすれば。

 グエンフィルは鞘、アーサが剣、二人がひとつになるべき存在だと表されますわ。先程、クロヴィス様は、グエンフィル王妃と騎士ランスロの物語は、後からパリシアで付け加えられたとおっしゃいましたよね」

「そうです。“ブリトーンの歴史”のアーサー王には、グエンフィルは名前のみしか出てきません。

 その後、幾人かの手によってアーサー王について(しょ)が記されます。

 話が膨らみ、アーサー王は海の向こうの大陸にも領土を持つようになり、ラーム帝国の皇帝と覇を競い、その戦いのため、アーサーは、甥、もしくは庶子のメルドレドに王妃グエンフィルと共同で統治をするよう命じて大陸に渡ります」

「グエンフィル王妃に統治を任せますの?」

 グレイシーが尋ねるのに、クロヴィスは、「はい」と答える。


「詳しくは書かれていませんが、僕は、本来王権を持っていたのは、グエンフィルでははないかと思います。最初期にアルトゥルウスと記されていた時は、軍事の司令官とされていますから」

「エギュプトと似ていますわね。第一王女が継承権を持ち、その配偶者が王となる」

 ナターリアはエギュプトの王の選定方法との類似性をあげた。


「話を膨らませてとクロヴィス様がおっしゃっていましたが、アーサー王が異父姉であるモルゴースと契り、メルトレドを儲けたというエピソードも、それを踏まえて継ぎ足されたのかもしれませんわね」

 ユージェニーはアーサー王の過ちについて触れた。

「“ブリトーンの歴史”には、アルトゥルウスは息子を殺して埋めたとありますから、そこから派生したのでしょう。話をランスロに戻しますね」

 クロヴィスはランスロがアーサー王伝説に現れた経緯を話す。


「ランスロが円卓の騎士として書物に現れたのは南パリシアで吟遊詩人として名を馳せていた人物が韻文で書いたものが最初です。

 その中で、従来はアーサー王の手柄とされていたグエンフィルの誘拐と奪還をランスロが行っています。

 同じ吟遊詩人が書いた聖杯探索譚が、後代の書き手により、ランスロと組み合わされて、さらに話が増えた結果、ランスロはアーサー王をしのぐ人気を得ました。これを決定づけたのは、十五世紀に書かれた詩“アーサー王の死”と物語として書かれた“アーサー王と高貴な円卓の騎士 ”です」

この二つの作品で、ランスロにまつわる話は拡大されている。

これは、物語“アーサー王と高貴な円卓の騎士 ”の作者が、たびたび投獄をされている人物であること。また、当時アンゲリアの内戦や世情が関連しているとクロヴィスは考えていた。


◇◇◇◇


「ランスロが初めて円卓の騎士としてデビューした頃のパリシア、特に南パリシアでは、貴婦人尊崇、宮廷恋愛が流行していて、グエンフィルとランスロの恋愛はとある貴婦人の要望で書かれたそうです」

 クロヴィスは、ランスロ登場の背景を説明する。


「貴婦人尊崇ならば、不義にまでしなくても良かったのではありませんこと?」

 グレイシーの意見は未婚の清らかな淑女らしい。


 クロヴィスもそう思うが、当時の大人はそうは思わなかったのだろう。

 最初に依頼された詩人は途中で書くのを止めている。

 その詩人は、結婚での恋愛を書くのを得意とし、また、騎士道の理想と信仰的な敬虔さを優雅な韻文で綴っている。


 クロヴィスがそう説明するとマデリンがそっと言葉を漏らした。

「ランスロとグエンフィルの関係は物語の起伏と奥行きをもたらしたとも言えます。恋は本人の預かり知らぬところで育ち、気がつけば倫理と熱情の間で苦しむ。その揺れが読む人の心に訴えかけるのでしょう」


 さすがにマデリンは、感性が違うとクロヴィスは思う。


 政略で婚姻するのが当たり前の貴族、それも深窓の令嬢が、恋に目覚めるのは、結婚後である例は多いと書物にも書いてある。

 幸いにして、クロヴィスの両親は相愛だが、王宮で育ち、また早熟なクロヴィスは、大人の恋愛の話も見聞きしている。


「でも、それで一人の貴婦人が不義を働いたとされてしまったのですわ。わたくしなら、ランスロとグエンフィルが惹かれあっても、不義にまでいたしません。ランスロが奪還したのは、カリヴァーの鞘、そう、グエンフィルが盗まれてしまった鞘を取り戻すことにします。そして、悪臣、いいえ、アーサー王の敵の間者としても良いですわね。その悪人がアーサー王にランスロとグエンフィルの不義をしていると、偽りの密告をするのです。その真実を明らかにするため、円卓の騎士達は聖杯を探す旅に出る」

 ユージェニーが、物語の二人が不義にならない話を作り出そうとした。


「ですけれど、そうしますと、ランスロの息子である聖杯の騎士、ガラハドの出番がなくなるのではなくて?」

 グレイシーは、マデリンの描いたコンラートの姿を借りたガラハドの絵を持ち上げた。


「ランスロはアストラットの乙女を偽り、死に追いやった罪で聖杯を手にできなくなるのです。ランスロの物語には、エイレンが二人出てきますけれど、紛らわしいので、一人に纏めてしまいます。

 騎馬試合に参加するランスロは、身分を隠すために、漁夫王の孫娘エイレンに愛の証たるハンカチーフ借り、トーナメントで勝利しますが、その時の傷で、記憶が混乱して、エイレンを自分が愛を捧げた貴婦人と思い込み、結婚します。

 けれど、子供が生まれる前にグネヴィアのことを思いだし、エイレンを置いてキャメロットに戻ります。悲嘆にくれたエイレンは子供を生むと同時に亡くなります。

 子供も息をしておらず、身内が子供と共にエイレンの亡骸を川に流しましたが、子供は途中で妖精に救われ、妖精の国で育ちます。母のエイレンの亡骸はキャメロットへ流れ着き、ランスロは己の罪深さを悔いるのです。

 数年後、キャメロットに一人の若い騎士が現れ、いくつかの試練を経て、円卓の騎士に迎えられます。それは、時間の流れの違う妖精の国で育ったランスロの息子、ガラハドだったという筋書きはいかがでしょう?」

 一気呵成という勢いで、ユージェニーがストーリーを語る。

 それは、数々のアーサー王伝説を踏まえたものだったが。


「凄いですわ。ユージェニー様は物語を組み立てる才能がおありなのね。わたくし、ユージェニー様の書いた物語が読んでみたいですわ」

 体全身から沸きだしたような称賛をナターリアがユージェニーに投げ掛けた。

 投げ掛けられたユージェニーはナターリアの勢いに瞼を瞬かせている。

「グレイシー様もクロヴィスも、マデリンもそう思うでしょう?」

 眩しいほどの笑いと共にナターリアはクロヴィスたちに同意を求めた。

「ミス・マデリンの挿し絵だとなお素敵ですわね」

 グレイシーはマデリンに視線を向ける。

「そうですね。僕も興味をそそられました」

 クロヴィスも言うとユージェニーは、はにかんで少し俯いた。


 その様子は年上なのに可愛らしいとクロヴィスは感じる。


「けれど、わたくし、韻文で長い物語を書くなんて出来ません」

 ユージェニーが自信がないと言う。

「韻文でなく、散文で書けばよろしいのではありませんこと?ユージェニー様が創る物語は、ロマンス小説より、ロマンチックでドラマチックになりそうで、心が踊ります」

 ナターリアの言葉に、そうでしょうかとユージェニーは呟く。


 クロヴィスは実に、らしい言葉だと姉を眺め、ユージェニーに困った姉で申し訳ないと笑顔を向けた。

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