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伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(41)

 コンラートの元から不思議な物が届いた。


 猫の耳がついたボンネットである。


「これはどういう謎かけかしら?」

 同じ年頃の弟にナターリアは尋ねてみた。

 図書室で本を読んでいた彼は、ナターリアがわざわざ持ってきたボンネットを一目見て溜め息をつく。

「仮装園遊会にそれをつけて欲しいということでしょう」

 黒いボンネットについた耳はふわふわと柔らかい。

 無意識にそれを撫でながら、ナターリアはクロヴィスの言葉を、まさかと否定した。


「エギュプトにゆかりがある意匠でというお話よ?」

 ナターリアは細身のドレスをエギュプト風に仕立て直すつもりでいた。

 クロヴィスなどは、持っているフロックコートを着て、包帯で顔を巻こうか。などと言って、やや、なおざりだ。

 母のケイトリンだけが張り切って、ああでもない、こうでもないと着ていくドレスを考えていた。


「エギュプトには猫の女神がいるでしょう。それに扮装して欲しいということですよ」

 猫の女神、。バステト。古代のエギュプトで猫の女神が崇められ、本物の猫も愛されていたらしいのは知っていたけれど。


「でも、これはあり得ませんわね?」

 頭をすっぽりと布で被い、首の下で紐やリボンで結ぶその帽子は、婦人の昼の外出にはポピュラーなものだったが、これは、たっぷりとしたヒダが顔の周りを取り巻く。

 そして、二つの猫の耳。デビュタントを果たしたナターリアは子供すぎる。


 ホンネットは可愛いけど。可愛いけれど。


「一人で被るのがお嫌なら、どなたかご友人の令嬢とお揃いにしたらどうですか」

 クロヴィスの態度はあからさまに不承不承だ。


 しかし、提案はしてくれる。


 何人かで同じ衣裳を着る。


 それは仮装舞踏会ならではの面白さだ。普通の園遊会や舞踏会ではあり得ないが、試してみるのも良いかもしれない。


 グレイシーなら背丈もサイズもほぼ一緒だった。

「ありがとう。検討をしてみるわ」

 ナターリアはさっそくグレイシーに相談をしようと図書室を出ていった。



 幸い、今日は、グレイシーのアト・ホームの日だった。

 上流階級ではお互いを訪問しあうが、わざわざ、事前に訪問を知らせなくても、お客を受け入れる”家にいる日”を設けることが習慣化している。

 時間は昼食と午後のお茶の間。訪問時間は長くて三十分ほどだ。

 このところ、王子達の茶話会に参加していたので、すっかりご無沙汰している。

 グレイシーとの話がすんだら、二、三の家を訪問しようとナターリアは考えていた。


「ユージェニーにも声をかけていただけません?」

 三人でバステートの仮装をしようとグレイシーは提案をし返してきた。

「ユージェニーが仮装について悩んでいるようですの」

 ユージェニーはめったに夜会に出て来ないが、これは断れない誘いだ。

「前よりは、人慣れしましたが、離宮の茶話会は特殊でございましょう?」

 話題は学術的なことばかりで、余計な社交辞令や追従がない分、ユージェニーにとっては話しやすい環境なのだそうだ。


 幼なじみと言っていい、グレイシーとユージェニーだが、グレイシーは社交嫌いの彼女を以前から心配していたとナターリアに打ち明ける。

「同じ仮装をしていたら、園遊会でも話題になりますし、わたくし達と一緒にいれば、心強いでしょうから」

「まるで姉妹のように心配をなさいますのね。」

 グレイシーに気遣われるユージェニーが少し羨ましくなる。


「ナターリア様のことも、僭越かも知れませんが、心配もしておりましてよ」

 グレイシーの言葉は優しく、瞳にはナターリアを案じる色が見えた。

「わたくし、グレイシー様に心配をかけるようなことをしたかしら?」

 ちょっぴりおどけたように、ナターリアは首を傾げた。

「思い過ごしなら、よいのですけれど。ゲオルク殿下と距離が近すぎるような気がしましたの。フロランス様も少し気にかけていらっしゃいましたわ」


 アーサー様とのことではないのですわね。


 ナターリアは相手を安心させるように、声を出して笑う。


「ゲオルク殿下は、コンラート殿下の乳姉弟に、多少の親しみを感じて下さっているようですわ。わたくしとクロヴィスとご自分が親しくしていると、コンラート殿下が喜ぶと思っていらっしゃるのです。やっと自由に会えるようになったコンラート殿下が可愛くて仕方ないご様子です」


 実際、コンラート殿下は可愛らしいから、無理もありませんけれど。


「そのコンラート殿下とゲオルク殿下の間が、貴女が原因で不和になるかもしれないとはお考えになりません?」

「どういう、意味でしょう?」

「貴女を巡る恋の鞘当てが起こってしまいましたら、どうなさいます?」

 ナターリアは今度は本当に笑ってしまう。

 ロマンス小説の中では、ありそうな筋立てだが、自分の身の上には起こるわけはない。

 彼女は手にしたボンネットを友に差し出してみせる。

「この贈り物は、きっとゲオルク殿下も知っていらっしゃると思いますの。

 恋する相手に贈る品だと思いまして?」

 猫の耳の付いたボンネットは愛らしいが、その愛らしさは、子供にこそ似つかわしい。


 グレイシーが、つっと手を伸ばして、ボンネットを触った。

黒貂(セーブル)でしてよ」

 巧妙に造られた猫の耳は、最高級の毛皮で出来ている。


 ナターリアは試しにボンネットを被ってみて。

 いかが?とグレイシーに尋ねた。


「お似合いですわ」

 神妙にグレイシーは褒めようとしたが、笑いだす一歩手前の顔だ。

「おっしゃる通り、ありえませんわね」

 とも付け加える。


「でしょう?園遊会では、さすがに、被れませんわ。でも、せっかくのコンラート殿下からの贈り物ですもの。何か工夫をいたします」


 ボンネットを脱ぎながら、両王子の趣味を少しばかり疑うナターリアだった。


 ボンネット帽のことで、お互い笑いあってから、グレイシーはマデリンにドレスのデザインを頼めないかと頼んできた。


 彼女はナターリアがデビュタントで着たドレスをとても気に入っていた。

 マデリンがデザインをしたのだと教えると、グレイシーは、素敵なガヴァネスと巡り合えて、羨ましいと言っていた。


 グレイシーは、初老のガヴァネスに教わっていた。

 デビュタントを機にそのガヴァネスは、ロンディウム郊外の生まれた家に戻った。

「今は、教わる方がいませんの。ですから、ゲオルク殿下とコンラート殿下の茶話会は貴重な時間です」

 フロランスは、学問は、ウォルターの家庭教師に教わっている。

 レディとしての嗜みは、シャペロンのご婦人が担っているようだ。


「ユージェニー様はかなり博識とお見受けしましたけれど」

「ユージェニー様の二人の兄上が、彼女が幼い頃から、学問の基礎を代わる代わる教えていたようですわ。特に二番目の兄上が。その後は、ほとんど独学です。彼女は、暇さえあれば、読書をしていますもの」

「ユージェニー様は、ロマンス小説なぞ、読まないのでしょうね」

 自分の愛読書を省みて、ナターリアは嘆息する。

 上流階級の貴婦人令嬢が、嬉々として読むべき本ではないとされているのは、ナターリアも解っていた。


 グレイシーは微妙な表情を作る。

「読んではいらっしゃるわ。ユージェニーは本なら何でも読みますもの」

「なら、わたくしがロマンス小説の話をしても大丈夫かしら?」

「もちろんですわ」

 グレイシーは、ロマンス小説を読むことは読むが、詩の方がもっとロマンチックと言っていた。

 ナターリアも詩に溢れるロマンは感じているけれど、波乱万丈な甘いときめきをくれるロマンス小説をより好んでしまう。


「グレイシー様は恋愛詩は、お書きにならないの?」

「書けるほどの恋愛をしておりませんもの」

 グレイシーは否定したが、ナターリアは彼女が密かなため息をついている事を知っていた。

 そんな彼女を見つめる殿方の目も。

 そう遠くない未来に、二人は気がつくだろう。

 愛がそこにあることを。

 ナターリアはそれまで沈黙を守る。

 二人が、自分の恋心を秘していたいと思っているようだから。

 真実の愛のお手本は、身近にある。


「そこは想像力ですわ。グレイシー様。詩の翼に乗って、恋の詩を創作してみてはいかがかしら」

 でも、彼が気がつくきっかけを作るくらいは、友として、許されるだろう。

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