伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(39)
王家の乳母を任されたレディ・ケイトリンの縁故によって、優遇されている貴族の令息と令嬢。
それが、世の中におけるイングラム子爵クロヴィスとレディ・ナターリアへの負のイメージだ。
負があるということは、正もあるということで、クロヴィスは年の割に優秀であるとか、ナターリアは美しく、晴れやかな性格であるとも言われている。
王子の茶話会に彼らは必ず呼ばれていた。
初めは、面白からぬ想いもあった。
さらには、彼らのグループは皆、茶話会に呼ばれていた。
しかし、その誰もが優秀であることはすぐにわかった。
態度、弁舌。
品が良いと言うのは、こういうことを言うのだと、蛮行を名誉と見なす風潮の軍人とは違うとビーチャムは痛感した。
中でもゴールディア姉弟には、王子達へのおもねりがない。
「ゴールディアの黄金の心か」
ビーテャム氏はゴールディア家にまつわる話を知ってはいた。
おとぎ話と言っていい逸話である。
その昔、まだ、彼らの一族がゴールディアを名のっていなかった頃、彼らの一族が住む土地に貧者がやってきた。
彼らの土地は貧しい上に、凶作に喘いでいた。
貧者は言う。近隣の他の部族に施しを求めたが、棒をもって追い出された。
もはや、どこへ行くこともできない。どうかわずかでもいいから、施しをと、一族の長に願った。
一族の長は、常の時ではない、我らも、飢えに苦しんでいると、断ろうとした。
しかし、彼の娘が言った。
わが糧を半分与えましょう。すべてを差し上げたくはありますが、今は一人身ではなきゆえ、それが精一杯。
そのとき、娘は身ごもっていた。
その夫が言う。妻の分を受けぬのであれば、七日分のわが糧のすべてを差し上げよう。
差し出されたのは、椀一杯の麦。
大の男の七日の糧がただそれだけしかないほど、飢饉は酷かった。
貧者は、麦を押しいただくとこう言った。
「誉れあれ、心清きひと。あなたの住まう土地が黄金で満ちますように」
すると、椀の麦は黄金へと変わった。
「さあ、受け取りなさい。幸いなる二人よ」
差し返された黄金を二人は受け取らなかった。
「それは、あなた差し上げたもの。どうぞそのままにて」
と夫が言えば妻たる娘も言う。
「黄金は貴く美しかれど、一粒の麦に勝るとは思えず」
すると貧者とみえる、賢人は言った。
「一粒の麦よ。地の黄金よ。ここに栄えよ。黄金の心、ここに在れかし」
賢人の椀から麦が一粒落ち、実りをもった。残りの黄金は、娘と夫の中に吸い込まれた。
二人の子はゴールディアと呼ばれ、以来、ゴールディアの土地では、作物が枯れることは無くなったという。
事実、ゴールディア家の領地は豊かな穀倉地帯であり、また、領民の反乱が一度として起きたことのない稀有の土地である。
アンゲリアを幾度となく襲った戦いも、ゴールディアの治める地には、影響は少なかった。
代々の当主はその篤実な性格で、王朝の交代を乗り越えてきた。
そんな一家がアンゲリアにある。
二人の王子の傍らに、寄り添うようにクロヴィスとナターリアがいることは、悪くないとビーチャムは思えてきた。




