伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(37)
「殿下、ご招待いただくことは光栄でございます。しかしながら」
ナターリアがやや大きな声で言いかけた時、コンラートがミフィーユの腕を解いてこちらに来た。
「ナターリア姉様は、僕と会うのが嬉しくないの?」
「コンラート、ミフィーユ嬢のエスコートを続けなさい」
ゲオルクが無作法な弟を叱る。すぐに引き下がると思いきや、コンラートはクロヴィスに命じた。
「イングラム子爵、僕に代わってミフィーユ嬢のエスコートを」
「心得ました。ユア・ハイネス」
空いたミフィーユの手を、思いのほか馴れた手つきでクロヴィスが取った。
「ごめんなさい。オナラブル・ミフィーユ。しばらくクロヴィスの相手をしてあげて」
「承知しました」
ミフィーユの返事を聞くと、コンラートが挑発するように顎を上げて、ゲオルクを見上げた。
ゲオルクは、弟に対してどうするか決めかねているようにコンラートを見下ろす。
「申し訳ありません。レディ・ナターリア。茶話会への出席、毎回の出席は私が強く望んだことです」
いきなりコンラートがその場に膝をついた。
「レディの気持ちや予定を考慮せず、乳兄弟の気安さゆえ、お誘いいたしました。ただ、レディ・ナターリアとイングラム子爵の二人がいると僕、私は、何事にも勇気をもって臨めるのです」
コンラートがひたとナターリアを見つめて言う。
「それは、わが未熟さゆえではありますが、どうか、今しばらくの間、お許しくださらないでしょうか?」
立派な言葉の後に、コンラートの唇が“おねがい”と動いた。
誘うような、甘えるような眼差し。
「コンラートは利発だが、まだ子供だ。大人に囲まれての茶話会に、慣れ親しんだ二人が共にいてくれると心強いらしい。離れて育ったせいか、私はあれの望みに弱い」
ゲオルクがため息をつくように弟に味方をした。
「わかりました。ゲオルク殿下。コンラート殿下」
ナターリアが言ったとたん、コンラートの顔が笑み崩れた。
「ありがとう。ナターリア姉様」
ぱっと立ち上がってコンラートはナターリアの空いている方の手を両手で包み込むようにして、口づけをする。
ナターリアは子供の頃のように叱りつけようとして、慌てて口を噤んだ。
「ごめんなさい」
コンラートが手を離してあやまる。
「殿下は本当に、まだまだ子供なのですわね」
姉としての口調でナターリアは嘆息した。
「コンラート、今回は許すが、ミフィーユ嬢に正しく償うように」
ゲオルクは自分の命を退けた事の許しと、ミフィーユにした無礼についての償いを口にした。
「承知しました」
コンラートがしおらしげに礼をした。再び、ミフィーユの手を取ると彼女に微笑んだ。
「お詫びに、私から、花をお届けしますね。それでお許しいただけますか?」
「もちろんですわ、コンラート殿下」
ミフィーユの声は心持ち上ずって響いた。
その様子を見守っていたナターリアにゲオルクが小さく呟く。
「許せ、先ほども言ったが、私はあれに弱い」
いえ、それは私も同じとナターリアは頭をふる。
ゲオルク殿下の思し召しではなかったのですわね。
ナターリアは胸を撫で下ろしたが、何故か別のざわつきを覚えた。
「だが、そなたの言うことにも一理ある。次の茶話会には、今まで出席した者も、二人ほど招待しよう」
ゲオルクがナターリアの意を汲んでくれた。
それならば、ナターリア達だけが、二度、三度と招待を受けるわけではなくなる。
最初に約束した形にも近づく。
「ご高配、ありがとうございます」
感謝を示すナターリアにゲオルクは笑いを含んだような声をだす。
「わがシャヘラザードに強請られては、な」
今度は、ゲオルクが彼女をアラビアンナイトの姫に例えた。
いや、彼女は姫ではない。王の妻なのだと思い至り、ナターリアの身がわずかに震えた。




