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伯爵令嬢の禍福得喪は舞踏会の音楽と共に(34)

 選考が終わるまでの間、ナターリアは一人、気をもんでいた。

 共にメンフィス碑文の見学会に参加した友人達の誰かが、殿下達からの招待が来なかったらと、急に不安にかられたのだ。

 友人たちの教養、見識は高い。

 回廊ギャラリーでの会話でも、それは如実に示されていた。

 誰かしらは選考に入るとは思っている。

 けれど、選ばれなかった人の気持ちは?


 レポートを書いている時に、選考に入りたいと強く思っていた自分を思い返して、考えてしまう。

 何人かが選考漏れになるならば、問題は少ない。

 でも、たった一人だけ招待状が来なかったら。

 レポートを書き上げた時には、自分に招待状が来なかったら、恥ずかしいと思っていたけれど、今は一人だけ選ばれないのなら、どうか自分を、とナターリアは祈っていた。




「ナターリア様、王宮からでございます」

 次席バトラーのロバートが恭し気にそれを運んできた。

「そちらに置いて」

 何気なさを装ってナターリアは指示をしたが、すぐに、こう聞かずにはおられなかった。

「クロヴィスには?」

「もちろん、届いております」

「そう」

 何故か、胸を張るロバートの様子にナターリアは顔をほころばせた。

 するとロバートもわずかに口角を上げた。領地のカントリー・ハウスを差配する家令のアーノルドが表情を動かさないのを常としているためか、ロバートもそれに倣っていた。

 ナターリアは、もう少し表情を豊かにしても良いと思っているが、両人とも、何やらこだわりがあるようだった。

 こんな風にロバートが主人一家の前で感情を顕わにすることが珍しく、彼女は貴重なものを見た気持ちになる。

「ありがとう。ロバート。さがっていいわ」

 感謝の言葉は、半分以上が彼の笑顔に対してだった。


 一人になるとナターリアは、机の上の封筒をしばらく睨んでから、取り上げた。

 ゲオルクの紋章の封蝋。上質な紙の手触り。

 ナターリアは手ずから封を開ける。


 “親愛なるナターリア・ゴールディア嬢


 貴女のネメフィス碑文のレポートを両殿下におかれましては興味深く拝見されたとのことでございます。

 両殿下はレポートの内容について王宮にて親しく話を交えたいとご希望なさっております。

 つきましては、○年○月○日 午後三時に 西の離宮にて茶話会を開きますので、ご参加をお願い申し上げます。

 なお、お召し物につきましては王宮に相応しきものをご着用いただきたく……


 文末に直筆で、ナターリアが言及した聖書の記述についての考察が特に興味深かったと書かれてあった。

 最後に、ゲオルク殿下のサイン。


 招待状とは別に、もう一枚の用紙が同封されていた。

 そこには、今回、王宮に呼ばれることになった十九名の一覧があった。

 ナターリアは名を確認して、幼子のように飛び跳ねて喜びを表したくなった。一緒に見学会に参加した全員の名が綴られていた。

 飛び跳ねる代わりに、用紙に口づけする真似をする。


「姉様、よろしいですか?」

 扉の外からクロヴィスの声がかかった。

「どうぞ」

 すました声でナターリアは応じる。中に入ってくるクロヴィスもどこか、すまし顔だ。

 けれど、目が笑っている。たぶん、ナターリアも同じ。

 お互いに、招待状が届いたことを報告しあい、友人たち全てが選ばれたことを祝う。


「茶話会は何回かに分けて行われるのですね。ゲオルク殿下のご意向かな」

 クロヴィスが選ばれた者たちが、一同に会さない理由を推測した。


 最初にした約束。ナターリアの友人を連れて行くことになった時も、ゲオルクは少人数でと希望されていた。

 社交界にデビューするまで、ほとんど表に出なかった方である。

 その方がご自身の負担が少ないのでしょうとナターリアも同意した。


 回廊ギャラリーでは、一時は忌憚なく話されていたが、思い返せば、ナターリア、クロヴィス、レディ・エマ、それから年の近い男性のウォルターへの反応が多かった。


 王太子として、堂々と、申し分ない振る舞いをしていらっしゃるけれど、ミフィーユ様と同じに存外、人見知りをする質なのかもしれません。だとしたら、デビュタントのファースト・ダンスの相手に自分が選ばれた訳が解かりますわ。

 コンラート殿下と一緒に暮らしていた時、年に数えるほどではありますけれども、顔をお合わせしましたもの。


「ユアードとピエールに王宮での礼儀作法を教えておかなきゃ」

 クロヴィスが楽し気に友の名前を口にした。


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